59. そうだ、京都行こう
■そうだ、京都行こう
父親の四十九日を終えて、小文吾はこれからどこに行くべきか考えました。
小文吾「道節や信乃達はもともと信濃の方向に行くって言ってたけど、今さら追いかけても仕方がなさそうだな… 曳手さんと単節さんも、どこに行けば見つかりそうか、もう見当もつかない。今はまず、例の犬阪毛野を探すのがいい気がする。あの場では確認できなかったけど、名前が『犬阪』で、あの武勇と頭のキレ具合だろ。オレの勘では、たぶんあいつ、仲間の犬士だと思うんだよ」
小文吾「たしか、あいつは母親の墓が鎌倉にあるって言った。もしかしたらまだそこにいるんじゃないかな。少なくとも消息くらいは残しているだろうし」
こう思い立つとすぐに小文吾は出発し、翌日の夜にはもう、行徳から鎌倉に着きました。
茶店や酒屋をウロウロして、そこらの人に「なあなあ、ここらへんに、田楽師の旦開野って女がいるんだろ。オレ、ファンでさ。どこにいったら会えるのか知らないか」と聞いてまわりました。不思議なことに、みんなその名前を聞くと表情を固くして「知らないよ」と答えます。
小文吾があきらめずに同じことを尋ねてまわっていると、ひとりの老人が「そのことはあまり口に出さない方がいい」と小声で教えてくれました。
小文吾「なんで?」
老人「あんたはウワサを聞いていないのか。彼女は、千葉家の城で、復讐のためにたくさんの人を殺したそうだ。しかもなんと、あいつは女じゃなくて男だったのだと。千葉家は管領の同盟なので、ここでも旦開野は指名手配になっているんだよ。ここではあんまりその名前を出しちゃいけない。自分まで捕まるぞ」
小文吾「そ、そうなのか。注意するよ。ありがとうジイさん…」
小文吾は宿に帰って、考えました。
小文吾「毛野が指名手配ってことは、俺だってあそこで名前が知られていたんだし、鎌倉にとどまっているのは危険、か… いよいよ、これからどこに行けばよいか分からなくなってきた」
信乃、荘助、現八、道節、毛野、曳手、単節。みんな今どこにいるのか…
小文吾「いや、オレはバカなんだし、深く考えたって仕方がない。行動あるのみ。日本全国を巡り歩いて探し出すまでだ。広いったって、限りはあるさ」
そうひとりごちると、翌朝、小文吾は意気揚々と旅立ちました…
ここで場面は、荒芽山の戦いでちりぢりになった人々のうちの、犬飼現八の話に移ります。
彼もまた、戦いから落ち延びたときにすっかりはぐれてしまいました。誰がどこに行ったかはわかりません。しかし、小文吾が女子たちを連れて行徳に戻るはずであることだけは覚えていました。
現八「まずは行徳に行って、あいつらの様子を確認しよう」
しかし、行徳には誰も戻っていませんでした。小文吾はもちろん、オヤジの文五兵衛までも安房に行ったとかで帰っておらず、古那屋の宿は空き家になっていました。市川の犬江屋にも行ってみましたが、こちらもカラッポです。妙真は安房に行って、さらに、ここの子供の大八(親兵衛)は神隠しにあったらしいなんていうウワサまで流れています。現八は非常に驚き、また落胆しました。
現八「ここらには、俺の探すやつらは誰もいないのか… しかし、何とかなっていると信じよう。じゃあ、信乃がもともと向かう予定だった、信濃の方向に行ってみるか」
こうして信濃に向かい、さらにそこから向こうの木曽のあたりまで進みました。
現八「ここまで来たら、京にも行ってみようか。応仁の乱以来ひどく荒れているだろうが、それでも人がたくさん集まる場所だ、何かの手がかりがあるかもしれない」
現八はしばらく京都に滞在して、ちまたのウワサを探りました。そのうちカネが乏しくなってきましたので、何かして日銭を稼ぎながら捜索を続けることにしました。
現八「オレにできることっていったら、武芸くらいかな。道場でも開いてみるか」
この道場は大ヒットし、最初は二三人しかいなかった教え子は数えきれないほどに増えました。現八は乞われるままに方々で武芸を教え、ふと気が付けば三年も経ってしまっていました。
現八「あれっ、そうじゃないよ。俺はこんなことがしたかったわけじゃない」
現八はあわてて道場を閉じると、彼を慕って残念がる弟子たちに「ゴメンゴメン」と言って京を出ました。中山道を通って、関東方面に再度進んでいきました。途中、荒芽山にも寄りましたが、かつての音音たちの家の跡には草がぼうぼうと茂っているのみでした。
現八は、そこから鎌倉方向に進むか、下野の方向に進むか迷いましたが、「犬士は割と都会がニガテ」の法則(現八が適当に考えた)にしたがって下野方向に進んでみることにしました。途中に寄った茶店で、現八は、店の中に鉄砲が一丁と弓がたくさんぶらさがっているのに気づきました。
現八「店主、どうしてこんな武器がぶら下がっているんだい」
店主のモズ平「ここから進むと、庚申山のふもとを通ります。あそこは、出るんですよ」
現八「何が」
モズ平「盗賊、猛獣、妖怪、いろいろ出ます」
現八「昼間でも?」
モズ平「昼間でもです。だから、用心に弓と矢を求める人が多いんです。または、私を道案内に雇う人もいますな。私はもと猟師で、あの鉄砲が使えるんです」
現八「ふーん。俺は今まで似たような場所を歩き回ってきたけど、そんなものには出会ったことがないな」
モズ平「庚申山は本当、ヤバいんですよ」
そういって、モズ平は庚申山にまつわる、少し長い話をはじめました。
「庚申山の入口には、『胎内くぐり』と呼ばれている天然の山門があります。そこから中に入ると、これもかなり複雑な天然のダンジョンになっており、最奥部の『奥の院』に行くまでに非常に危険な場所をいくつも過ぎる必要があるそうです。かつてこの山は神々をまつった場所だったそうですが、今はそこかしこに妖怪が巣くっているのです。ですからふもとを通り過ぎるだけでも用心が必要なのですよ」
「17年ほど前、この庚申山を探検して、奥の院までたどり着いた猛者がいます。赤岩一角武遠という男で、今も存命です。彼は、『胎内くぐり』から『奥の院』までを単身踏破して詳しいマッピングに成功した英雄です。もっとも、マップがあるからといって、今でも相変わらず、滅多に人が行く場所ではありませんが」
「一角には息子が二人いて、最初の妻・正香との子が角太郎、次の妻・窓井との子は牙二郎といいます。一角が探検に成功したときには正香は病気ですでに死んでおり、窓井もその後、牙二郎を生んでからかなり早くに急死してしまいました。一角はその後何度も嫁を取ったのですが、みな半年くらいするとなぜか逃げてしまい、長続きしません。今は船虫という女と結婚しており、これは割と長くつづいているようですな」
「そういえば、一角の息子の角太郎というのが、なかなか気の毒な男なのです。かつては父である一角に非常に可愛がられていたのに、庚申山の探検以来、なぜか、どなる、叩くなどの虐待をうけるようになり、伯父の犬村儀清がこれを気の毒がって養子にもらいました」
「角太郎は儀清のもとで勉学をかさねてやがて成人し、犬村角太郎礼儀と名乗るようになりました。さらに、儀清の娘である雛衣を妻にもらい、誰もがうらやむ立派な夫婦となりました」
「のちに犬村儀清の夫婦は病死し、角太郎・雛衣の夫婦と、一角・船虫の夫婦(+牙二郎)が残るだけとなりました」
「しかしこの船虫というのがずいぶん悪い女らしくて、角太郎夫婦の財産をいろいろと策を使って奪い、そしてさらに、悪いウワサをこしらえると、身重の雛衣を角太郎から離縁させてしまったそうです。角太郎は今ではひとり、返璧とかいう田舎に引っ込んで、出家同然に寂しく暮らしているそうですよ」
現八「(どうも途中から、庚申山よりも赤岩一角たちのゴシップの話になってきた気がするな…)」