64. 現八、玉のアラーム機能に助けられる
■現八、玉のアラーム機能に助けられる
犬飼現八は、挑んできた四人の内弟子と籠山をそれぞれ簡単に撃ち伏せました。しかし主の赤岩一角はこれに一向に怒る気配もなく、むしろ犬飼をほめたたえました。そして機嫌よくどんどん酒を飲ませました。
現八「もう飲めません。まことに楽しい宴をありがとうございました」
一角「ではそろそろお開きにするか。客人の寝床を用意させよう」
こうして現八は客間に戻っていきました。一角の息子の牙二郎は、父が最後まで現八と戦わなかったことが悔しくてなりません。
牙二郎「父上、なんであの男と戦わせてくれなかったのです。また、父上だったらあんな男ひとひねりにできたでしょうに」
一角「牙二郎、お前がもし出て行って負ければ、ワシが出て行かざるを得なくなる。たとえそれであの男を倒したにしても、さすがに本格的に戦うから、負傷者がたくさん出たかも知れん。だから別の作戦でヤツを倒すことにしたのだよ。すなわち、寝首をかくのだ」
牙二郎「(パアアッ)なるほど、さすがは父上!」
船虫が隠れていた屏風から姿をあらわしました。
船虫「さすが我が夫。考え方がスマートだわ。さあさあみんな、準備にかかりましょう」
縁連「よし、万一逃げても仕留められるように、出口にも待ち伏せを置こう」
内弟子「よし、やつの部屋の縁側に障害物をたくさん置いて、転ぶようにしてやろう」
船虫「庭には縄を張って、動きにくくしてやりましょう。ここまでやれば万全ね、オホホホ」
牙二郎「どうやって襲ってやろうか。こっそり忍び寄って殺すか、大騒ぎして起こして、慌てたところをやっつけるか」
一角「さっき寝首とは言ったが、さすがに今晩は警戒して寝ていないだろう。強盗が来た、といって騒いで、どさくさ紛れに奴を殺そう」
これで大体の計画が決まりました。縁連はお供につれてきた手下から二人、尾江内と墓内を選び出して、襲撃チームに加えました。
縁連「これで男が八人になった。たとえ犬飼が三面六臂の強さでも、八人相手ではさすがにもつまい。一角さま」
一角「なんだ」
縁連「犬飼を殺したら、私にヤツの首をくださいませ。さっき失くした刀のことですが、あいつが盗んだってことにして、主君に報告したいんです」
一角「なるほどな」
縁連「刀は賊に盗られたけど、敵の首領だけはやっつけた、ってことにします。それなら罰もちょっとは軽くなりますから」
場面は変わって、現八は、客間のふとんに入っても、さっきのことを考えています。
現八「あの一角が化け猫なことは間違いない。左目が潰れてたもんな。オレが射たところと同じだ。しかし、今晩俺があの一角を殺してしまうのはダメなんだよな。そういうのは角太郎にやらせないといけないんだし、そもそも今はガードの連中が多すぎる。これからどうするかな。少なくとも、眠るのだけは危険だ」
しかし、現八は今までの疲れが出たのか、ついウトウトとまどろんでしまいました。
…
パキーン!
現八は、何かが砕ける音を聞いてハッと目を覚ましました。「何だ、何の音だ。まるで俺の持っている『玉』が砕けたような…」
守り袋の中を確認すると、玉は砕けていません。
現八「もしかして、俺に危険を知らせるために、玉が音をたててくれたのかな。便利だな。しかし、そうだとすれば、用心が必要だぞ…」
現八は、まずそっと障子を開けて縁側を見てみました。ガラクタがいっぱい置いてありました。「ははーん、これは、オレをつまづかせるための仕掛けか…」
現八は刀を腰におびると、障子でなく雨戸のほうを外して庭に降り立ってみました。「縄がそこらへんに張ってある。これもワナだな…」
現八は、縄をそっとまたぎ越しながら南の小門が開くかを試し、それを半分だけ開けておきました。それからまた部屋にこっそり戻ると、なにもかも元通りにしてから、あらためて立木の裏に隠れました。たいへんな度胸がなくてはできない仕事といえるでしょう。
丑三つの鐘が鳴りました。
八人の男たちが、「盗賊だ」と叫んで、現八の部屋を襲撃しました。槍でふとんをグサグサと刺しましたが、手ごたえがありません。「俺たちの襲撃に気づいて逃げたのだ、追え!」と二、三人が縁側に出ましたが、自分たちが置いた障害物で転んで、持っていた刀で体や顔に傷をつけました。
船虫はふとんの中に手を突っ込んで、「まだ暖かい。遠くには逃げていないよ」と叫びました。
尾江内と墓内が現八を探すために勇んで庭に出ましたが、自分たちが張った縄に引っかかって転びました。そこに現八が飛び出して二人を斬り殺しました。
次に牙二郎と四人の内弟子たちが刀を振るって現八に襲いかかりました。まず飛伴太が槍の先を切り落とされて、ひるんだところで腕を斬られました。次に潑太郎が大袈裟に斬られて倒れました。
ここで縁側から縁連が弓矢で加勢しました。現八は、残りの三人と刀で戦いながら、飛んでくる矢も叩き落して対応します。さすがにこのままだと危いので、現八はスキをついて、さっき半分開けてあった門にすばやく手をかけると、外に飛び出しました。飛び出すとすぐに戸を閉めて、近くの大石をひきずって据え、戸が開かないようにしました。
追っ手たち「うおお、開かねえぞ! 逃がすな」
このスキに現八は、角太郎のいる返璧の庵を目指して走りました。明け方の空は暗く曇っており、方向がはっきりわかりませんでしたが、現八を導くように鬼火がチラチラと行く先にゆらめいて、現八の道案内をしました。
牙二郎と縁連が、遅れて現八を追いました。(内弟子たちは負傷者の世話に残りました。)二人は走りに走って、ついに、現八が角太郎の庵に飛び込んだところを目撃しました。
牙二郎「ハア、ハア、見たぞ。あいつは兄の角太郎の仲間だっだんた。やったぞ、もう逃がさねえ」
角太郎と雛衣は、昨夜、現八が心配で一睡もできませんでした。そこに、返り血に濡れた現八があわただしく転がり込んできました。「どうなさった、犬飼どの!」
現八「ハア、ハア。いやー、なかなか柔軟には行かなかったよ。向こうで戦いになってしまってな、何人か死傷者を出してしまった。しかし一角どのと牙二郎は傷つけていないよ」
現八は、一角の道場で起こったことを角太郎にひととおり知らせました。
現八「あなたたちを巻き添えにするつもりはないから、オレは今からもっと先に逃げるよ」
角太郎「とんでもない、私のために命をかけてくれた友を放ってはおかない。ちょっと窮屈で済まないが、上の戸棚に入って隠れてくれ」
現八は戸棚にのぼって中に入り、戸をしめました。少し待つと、外に牙二郎と縁連が数人の手下を連れて現れました。
角太郎「やあ、ひさしぶりだな牙二郎。何の用だ」
牙二郎「とぼけるな。盗人をかくまっているはずだ。出せ」
角太郎「意味がわからんな。盗人などいない」
牙二郎「ハハハ、ばかめ。ここに入るところをちゃんと見たんだよ」
縁連「あいつは、私が鑑定依頼のために持ってきた刀を盗んだのだぞ。盗人をかくまうのが仏の教えか、え。まあいいさ、無理にでも家探しするまでだ」
こういうと二人はズカズカと庵の中に立ち入ろうとしました。そこに雛衣が立ちはだかります。
雛衣「たとえ小さな庵でも、主人にとっては城も同じ。無断でそこを踏み荒らして、泥棒とやらがいなかったときはどうするつもり」
角太郎「よく言った雛衣。犬飼どのを盗人呼ばわりとはセコイ話じゃないか。知っているぞ、お前ら、試合に負けた恨みで彼を追ってるだけなんだろう」
牙二郎「ハッ、語るに落ちやがったな。もう間違いない。犬飼はここにいる。お前を斬ってでも奥に進むぞ」
一触即発の空気が流れました。
外にとまったカゴから、「牙二郎、逸東太、やめろ」と叱る声がしました。
ほかでもない、赤岩一角です。牙二郎と縁連は隅に退いてかしこまりました。角太郎と雛衣も驚いて顔を見合わせると、同様にヒザをついてかしこまりました。
もうひとつのカゴからは、船虫が出てきました。ふたりそろって、ゆっくりと庵に向かって歩いてきます。角太郎と雛衣は畏れのあまり声も出せません。
一角「盗人を追ったという牙二郎と逸東太が心配で、病気の身ながら、カゴを出して様子を見に来たのだ。で、いたのか、盗人は」
牙二郎「はっ、盗人はこの家に…」
一角「本当か。証拠はあるのか」
牙二郎「角太郎が、昨晩のことを知っているのです。これが証拠です」
一角「ふむ、それが本当かは、ワシが調べることにしよう。逸東太、お前は道場に帰って待っておれ」
縁連「えっ、わたしだけ帰るのですか」
船虫「大丈夫よ、悪いようにはしないから」
縁連は、納得いかないという表情をしましたが、しかたなく手下を連れて去っていきました。
面も上げずにかしこまる角太郎と雛衣、そしてそれを見下ろす赤岩一角と船虫、そして牙二郎がこの庵の中に残りました。