里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

65. 雛衣ジェットアタック

前:64. 現八、玉のアラーム機能に助けられる

雛衣(ひなきぬ)ジェットアタック

赤岩(あかいわ)一角(いっかく)角太郎(かくたろう)夫婦をしばらく黙って見つめましたが、やがてため息をつき、顔色を和げると

一角「犬飼(いぬかい)現八(げんはち)が盗人でないことは知っておる。あいつはウチで練習試合をし、塾生をみんな負かした。それで逸東太(いっとうた)が逆恨みして、盗賊呼ばわりしはじめたというだけだ。まったく、バカなやつだよ。この話は忘れてくれ」

一角「しかし、こんな機会でもなければ、私はここに来られなかった。私は今までお前からの誤解を解きたいと思っていたのだが、お前をひどい目にあわせ、雛衣(ひなきぬ)と離縁までさせてしまって、今さらどんな顔で会いに行ったものか、悩んでいたのだ」

一角「お前たち夫婦を私のところに呼び返したい。雛衣ももちろん角太郎と復縁して、子をたくさん生んで幸せになってもらいたい。これが私の望みだ。このことだけをお前たちに伝えたくて来た」

角太郎夫婦は、思いがけなかったこれらの言葉に、うれしさの涙を流します。

角太郎「そんなふうに私を気遣っていてくださったとは気づかず、今までとんでもない不孝をしておりました。今さらなにも申しあげることはございません。我々を許してくださるのでしたら、今後とも、命を捨ててでも親に仕える覚悟です」
雛衣「わたくしもです。私に直すべきことがあれば、なんなりとお叱りください」

船虫「ホホホ、これですべてが丸くおさまったわね。私がずっと願っていたことがやっと叶いました。ほら牙二郎(がじろう)も謝りなさい。兄を泥棒呼ばわりなんかして」
牙二郎「兄者、すいませんでした」

一角「よしよし、家族五人が元に戻った。めでたいことだ。(さかづき)をかわしてこれを祝おう」

一角たちは持ってきた盃に酒を酌むと、これをまわし飲んで今日という日を喜びました。


一角「さて、さっそくなのだが、お前たちに頼みたいことがあるのだ。ちょっと欲しいものがあるのだよ。きっと断らないと思うが、どうだ、くれるか。おまえたちが秘蔵しているものを」
角太郎・雛衣「別に秘蔵というほどのものは持っていませんが、どうぞ、なんなりと」
一角「ありがとう。船虫と牙二郎が、今の一言の証人だ。私が欲しいものはな、雛衣(ひなきぬ)の胎児なのだ」

まさかの要求に、角太郎と雛衣は驚いて言葉がありません。

一角「すまん、驚かせたな。もちろんこれには理由があるのだ。私のこの左目を見よ。道場での事故で、潰れてしまった。何人か医者に診てもらったところ、ひとりの名医が、これを治す方法を教えてくれた」

一角「すなわち、地面に百年間埋めたマタタビ、そして四カ月以上の胎児の肝、そしてその母の心臓の血。これらを練り合わせて薬を作り、それを服用すればよいのだそうだ」

一角「そんなものは簡単に手に入るわけがないのであきらめていたのだが… 先日、全くの偶然で、百年間は地面に埋まっていたと(おぼ)しいマタタビを発見してしまった。これだけを少し服用してみたところ、目の傷の痛みがウソのように消えた。きっとあの医者の処方は本物だ」

一角「そして、目の前には妊娠した嫁がいる。これは運命なのだと思わずにいられない。私は嬉しいと同時に、悲しい。親孝行なお前たちがから、それが不憫で悲しい」

一角と船虫は、ウソ泣きの涙をぬぐいます。

船虫「これぞ究極の親孝行ね、グスン」
牙二郎「お母さま泣かないでください。兄者たちにとっては喜ぶべきことなのに。ウウッ」

角太郎は答えかねて、天をあおいで数度ため息をつきました。そして声を絞り出します。

角太郎「…これが私の身のことなら、喜んで八つ裂きにでもなりましょう… …しかし雛衣(ひなきぬ)は… …妊娠かどうかさえ、まだ定かではないのです… …もし妊娠でないのなら、腹を裂くのはただの犬死に… …こればかりは、ちょっと…」

一角は急に怒り出します。「なんだ、さっき誓ったのはウソなのか」

角太郎「いや、しかし、これはまともな話ではありません。父親が(じん)ならざる行いをするのを、私は止めなくてはいけません」

一角「ああそうか、お前の孝行とやらはそんなもんか。俺より自分の妻が大事か。俺は武人だ。この目が見えなくては、命なんてないも同然だ。いっそここで切腹でもすればせいせいするよ。死んでやるよ(刀を抜きかける)」

船虫「やめてください、わが夫! ほら角太郎、これでいいと思うのですか」
牙二郎「兄者はけっきょく口ばかりなんだな。ガッカリしたよ」

角太郎は弱りはてました。雛衣(ひなきぬ)が、キッと覚悟をきめた表情になりました。

雛衣(ひなきぬ)「わかりました、死にましょう」
角太郎「おい雛衣(ひなきぬ)
雛衣(ひなきぬ)「このお腹ですもの、妊娠と思われるのももっともです。もし中に子がいるなら父上が救われます。いないならいないで、私の潔白を証明することもできるのです。親孝行のためなら、命は惜しくありません。…ただ、角太郎さまとほんの少ししか一緒にいられなったことだけが心残りです。ちょっとだけ先にあの世に行って、お迎えの(はす)の葉の上で、席を半分空けて待っていますね」

角太郎「待て、お前をみすみす死なしては、死んだ養父になんと言えばいい」
船虫「ほらほら、雛衣が決めたんですもの、決まりよ、決まり」

一角「しかし、不憫で、とても私自身の手ではお前の命を奪えない」

一角は、抜き身の短刀を差し出しました。

一角「先日土の中から掘り出されたのはこれだ。(つか)(さや)もマタタビでできた、珍しい刀だ。(さや)のほうは、もう私が砕いて服用してしまったから残っていない。この刀で切腹せよ」

雛衣(ひなきぬ)「はい、私も武士の娘、みごとに果てて見せましょう」

角太郎はもう声もありません。拳をにぎりしめ、目をひらいたまま涙をぼろぼろ流すのみです。雛衣は角太郎と目をあわせ、無言のうちに別れの言葉以上のものをかわしました。

一角「さあ、はやく」
船虫「はやく」
牙二郎「はやく」
一角・船虫・牙二郎「はやく!」

雛衣(ひなきぬ)はついに刀を胸の下に刺し入れ、ぐっと引きめぐらせました。


すると、雛衣(ひなきぬ)の傷から、何かがすさまじい速さで飛び出し、正面の赤岩一角のあばら骨を砕きました。誤って飲み込んでしまって以来、ずっと体の中に残っていた『玉』です。一角はあっと叫ぶと、手足をつっぱって倒れてしまいました。

船虫・牙二郎「あっ、夫が(父上が)死んだ! おのれお前ら、(はか)ったな。この親不孝者! 親不孝者! ケダモノ!」

船虫と牙二郎はそれぞれ懐剣を抜いて、角太郎に襲い掛かりました。角太郎はこれを刀ので受け流します。

角太郎「待ってくれ二人とも。私にもわけが分からない。私が親を殺すようなことをするものか」

しかし二人の狂ったような攻撃はやみません。角太郎は、右手の(ひじ)をすこし斬られました。血がダラダラと(したた)ります。

そこに一発の手裏剣が飛んできました。戸棚の中にいた現八が放ったのです。手裏剣は牙二郎の胸を貫きました。船虫はとっさに逃げ出しましたが、戸棚から飛び降りた現八がすかさずこれを捕まえて投げたので、火鉢で胸を打って気絶しました。

角太郎「おい犬飼現八、なんということをした。頼みもしないのに助太刀して、俺をさらに親不孝に陥れるのか。たとえ友でも許せない」

角太郎は刀のを抜き捨てて振りかぶりました。現八は角太郎の刀以上の間合いに飛び込んで攻撃を避けると、血を流している右ヒジを手で支え、懐から取り出した頭蓋骨にその血をそそぎました。

現八「犬村どの、落ち着け! このドクロを見ろ。お前の血を吸いこんで一滴もこぼさない、このドクロを。?」

角太郎「?????」

現八「このドクロこそが、お前のということじゃないか?」

角太郎はやや落ち着くと、刀をさやに納めました。「意味がわからん。あそこに倒れているのがとでも言いたいのか。犬飼どの、説明してくれ」

今こそが、犬飼(いぬかい)現八(げんぱち)赤岩(あかいわ)一角(いっかく)の亡霊に予言された「タイミング」なのでしょう。

現八「ああ、雛衣(ひなきぬ)どの、かわいそうに! 犬村どの、今こそすべてを話そう。あそこに倒れている男は、庚申(こうしん)山の化け猫だ。牙二郎(がじろう)も化け猫の子。おまえの実の父は、17年前に庚申(こうしん)山であの化け猫に殺されていたのだ。私は庚申(こうしん)山でお前の父の亡霊に会い、真相を聞いていたんだ」

角太郎「…証拠はあるのか!」

現八「俺は、あの山で化け猫に会い、そいつの左目を射て追い払った。このニセ一角の左目が潰れているのが証拠だ。17年前から、ニセ一角は執拗にお前を嫌っただろう? それも証拠と言えるだろう」

角太郎「知っていて、なぜ今まで黙っていたんだ」

現八「お前は親孝行だ。俺なんかが普通にこんな話をしたって、絶対に信じなかっただろう。お前の親父の亡霊に、ドンピシャのタイミングでのみ真実を話してやってくれ、と念を押されて、ドクロと形見の短刀を受け取っていたんだ」

さらに現八は、伏姫が八人の犬士を生み出した由来から始まって、それから今までの出来事をかいつまんで説明しました。もちろん、角太郎が八人の犬士(けんし)のひとりで、里見家を助けてともに戦う運命をもつこともです。

現八「化け猫には、しかるべき天罰が下ったようだな。さっきのは、雛衣どのの徳のパワーがなした奇跡なのだろう。これが運命なのだろうが、彼女のことは痛ましいかぎりだ… ほら、犬村どの、この短刀は、父上の亡霊から受け取ったものだ。ドクロといっしょにお前に返すぞ」

犬村角太郎は、愕然として目がさめました。17年も父をかたる妖怪に騙され続けた怒り、それを知らなかった情けなさ、雛衣(ひなきぬ)を失った悲しみ、それらがすべて混じった感情の大きさのあまり、涙が泉のごとく湧いて流れ、短刀を受け取る手もわななきました。


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