里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

75. 謎のマッサージ師

前:74. 船虫再々登場

■謎のマッサージ師

※ネタバレ:謎のマッサージ師は船虫です

小文吾に贈られた品物を無理に運んで帰る途中、磯九郎(いそくろう)は盗賊カップルに殺されてしまいました。めったに手にできないようなお宝を目にして舞い上がってしまったのが、磯九郎(いそくろう)の運の尽きだったといえましょう。

盗賊カップルのうち、女の方は「船虫(ふなむし)」と呼ばれました。もちろん、船虫です。どうして船虫がこんなところにいたのでしょうか。

船虫は、庚申(こうしん)山の化け猫事件ののち、籠山(こみやま)逸東太(いっとうだ)に白井の城まで護送されるところでした。その途中、色仕掛けの技で籠山(こみやま)をだますと、金を盗んでそこからまんまと逃げだしました。その後、あてどなく逃亡しているうちに越後の国に着きました。

この地で、船虫は追い剥ぎに遭ってしまいます。船虫は籠山(こみやま)から例の短刀「マタタビ丸」も盗んでいましたから、勇ましくもこの追い剥ぎと戦いました。しかし所詮は女の力、結局は刀を叩き落されてしまいます。(悪役とはいえ、船虫のガッツはすごいですねえ)

ちなみに、今回磯九郎にとどめを刺したのも、このマタタビ丸です。

追い剥ぎは、船虫の意外な勇ましさに感心します。「なかなかやるではないか。どうしてお前はこんなところを一人旅している」

船虫「近頃、夫に死なれたので、親戚をあてにしてここまで旅してきたんだよ。そしたらここにはもういないってさ。あとは、遠い縁者が陸奥(みちのく)にいるから、そこまで行きたいんだ。その金、せめて三分の一だけでも返しておくれよ。お願いだよ。鬼の目にも涙っていうだろう…」

追い剥ぎ「ほう。俺も最近、嫁に死なれてよ。家事のできるやつがいなくて困っていたんだ。お前、トシは40ってところか。俺と同じくらいだ。おい、俺と一緒になれよ。楽に暮らさせてやるぜ」

船虫は、これを断ったら殺されるだろうと考えて、「いいわよ。かわいがってくれるんならね」と答えました。まあ、楽させてもらえるんなら、案外悪い話でもないという打算もありました。

こんなわけで、ここに一組の強盗夫婦ができあがったのでした。男の名前は酒顚二(しゅてんじ)といいました。荒れた山寺をたまり場に、泥棒や追い剥ぎに精を出す暮らしに船虫も参加して、悪のリア充生活をそれなりにエンジョイしていたのでした。そして今夜は、獲物にターゲッティングした磯九郎を見事仕留(しと)めて、なかなかよい稼ぎをゲットしました。


小文吾は、先に出て行った磯九郎を追いかけて、深夜の道をひた走っていました。(須本太郎(すぽたろう)の手下たちも、息を切らしながら着いてきました。)ついに、道の上に誰かが倒れているのを見つけてドキリとしましたが… それは磯九郎ではありませんでした。しかし、この人もまた、小文吾になじみの深い顔です。

小文吾「次団太(じだんだ)さん! どうしたんです、大丈夫ですか」

石亀屋(小文吾の滞在している宿屋です)の次団太(じだんだ)は、意識を取り戻すと、苦しそうに上体を起こしました。

次団太(じだんだ)「む… あんたは小文吾さんか。あんたこそ、こんな夜中にどうした」

小文吾は事情を簡単に説明しました。すなわち、磯九郎が酔っぱらって、引出物(プレゼント)をかついで一人で小千谷(おじや)に帰ろうとしていたこと、それをあとで知って追いかけてきたこと、をです。そして、次団太(じだんだ)こそなぜここにいるのかと聞きました。

次団太(じだんだ)「何って、お前たちが帰ってこないから、心配で迎えに行こうとしたんだよ。特に磯九郎(いそくろう)は酒が入るとちょっとダメな奴になるので、そこもまた心配でな」

小文吾「じゃあ、少なくとも次団太(じだんだ)さんは、家からここまで磯九郎に会ってないんですね。どういうことだろう」

次団太(じだんだ)「それに関係あるかわからんが、さっき追い剥ぎのような連中に出会った。大きな風呂敷を持ってたぜ。しかも、服に血がついているようだった。俺はそいつに職務質問しようとして殴られて、今まで気絶していたんだ。まさか、磯九郎に何かあったのではないか」

こういうわけで、提灯(ちょうちん)をぶらさげて付近を捜索してみると、果たして、血に濡れた竹槍と、に荷物を結び付けていたヒモが落ちているのが発見されました。そのあたりをさらに調べると、地面の横にどけられた雪に穴が掘られており、その中からは、棒と、磯九郎の変わり果てた姿が見つかりました。

最悪の事態が起こってしまったことを嘆いていると、やがて、虫亀村の方向から、須本太郎(すぽたろう)がカゴに乗って追いついてきました。

須本太郎(すぽたろう)「おお、犬田どの。みんなも。私も心配で追いかけてきたのだが、こんなところでどうなすった」

小文吾「かくかく、しかじか」

須本太郎(すぽたろう)「なんということだ。あのとき、私たちがもっと無理にも彼を止めていればよかったのだ。大体、もとはといえば、うちの須本太(すぽんた)牛が暴走したのがキッカケだったのだから、私のせいのようなものだ…」

小文吾「人のいうことを聞かずにみすみす死地に飛び込んだのは、磯九郎なんです。仕方がありません。気にしないでください」

次団太(じだんだ)「(ため息)そうさ、結局は、こいつの自業自得なんでさ。ここは相川村だから、ここの村長にさっそく届け出なくては。特に、殺人事件だからな…」

須本太郎(すぽたろう)「相川村の村長には私が顔が利くから、そこらへんの手続きは任せてもらおう。犬田どのとオヤジ様は、磯九郎さんの遺体を小千谷(おじや)まで連れて帰って葬ってやってください。私の乗ってきたカゴを使うといい」

次団太(じだんだ)「まだ新しいカゴじゃありませんか。死体を乗せたらもう使えなくなりますよ」

須本太郎(すぽたろう)「そんなことはいいのですよ」

次団太(じだんだ)と小文吾は、須本太郎(すぽたろう)の気遣いに感謝すると、殺人の証拠の品を須本太郎(すぽたろう)に託してから、カゴに遺体を乗せて小千谷(おじや)に帰り、やがて磯九郎の葬式をとり行いました。


さて、その後、次団太(じだんだ)はしばらく元気がありませんでした。小文吾も、このまま旅に戻るのは気がひけるので、何かなぐさめになればと思い、しばらく石亀屋の宿に滞在していました。このころから、小文吾は目の奥が痛くなってきて、やがて、とても目を開いていられなくなりました。

小文吾「去年ごろ、相当長い間、海風にさらされたからなあ。こんなときにダメージがぶり返してきたか。このまま失明してしまったら、犬士(とか、曳手(ひくて)単節(ひとよ)さんとか)を見つけるどころじゃなくなってしまう。困った…」

次団太(じだんだ)はこれに深く同情し、いろいろな目薬を試させたり、医者に診てもらったりしました。小文吾は、目を閉じている間は平気になってきましたが、目を開くと激痛を感じるのは相変わらずです。

須本太郎(すぽたろう)も小文吾の容態を心配して見舞いに行こうとしましたが、自分自身がひどい中風(ちゅうぶう)にかかってしまって、ままなりませんでした。須本太郎(すぽたろう)は、このまま数年(わずら)い続け、結局死んでしまいました。あまり話の本筋に関係ないですが)

次団太(じだんだ)「ふーむ、薬の効きはイマイチだな… ちょっと視点を変えて、マッサージをしてもらうのはどうだ。肩コリが眼病の原因になることもある、と、この前医者が言っていた」

小文吾「なるほど、それでは、それも試してみましょうか…」

次団太(じだんだ)「ちょうどな、最近、流しのマッサージ師を名乗る女が、ここら辺をうろついているんだ。なかなか評判もいいと聞く。さっそく呼んでやろう」

その日の夕方、例のマッサージ師が呼ばれました。その女は、小文吾と二人きりになって治療に集中すると言って、ほかのものをすべて部屋から追い払いました。

女「さあ、うつ伏せになってリラックスしてください。まずは肩のコリをじゅうぶん揉みほぐしてから、そのあと針を打ちましょう」

小文吾「よろしくたのむ」

さて、実は、この女の正体は船虫でした。船虫は、さきの牛相撲の日に、暴れる須本太(すぽんた)牛を抑えつけてヒーローになった小文吾の姿を目撃していたのでした。そのとき以来、なんとかして去る日の恨みを返してやろうと様子をうかがっていました。(恨みもなにも、逆恨みなんですが)

船虫は、マッサージ師に身を(ふん)して、小文吾の滞在する宿の近所を嗅ぎまわっていました。ユーキャンの通信講座でマッサージを勉強しましたので、腕がよいと評判になっていました。そのおかげで、今回のように、次団太(じだんだ)に信用され、ついに願ってもないチャンスを手にしたのです。おまけに小文吾はロクに目が見えません。船虫はうれしさにニヤニヤしています。

船虫「あとは、このマタタビ丸を、どこでもよいからこの男の急所にぶち込んでやるだけ… 背中か、首か、どこにしてやろう」

小文吾は、船虫がマッサージする指先から、いきなり強い痛みを感じました。

小文吾「痛い! もうちょっとゆるくやってくれないか」

船虫「はて? 別に強くやってませんよ(ふところから刀をそっと取り出す)」

小文吾「いや、どうも痛くて我慢がならん! もういい、やめてくれ。やめろ」

船虫は、小文吾のこの痛がりようを不思議に思いました。「(なんだ、私の殺気でも感じたのか? ええい、やるなら今だ)」

船虫はマタタビ丸を振り上げました。小文吾は、痛みを訴えて振り向いたところで、目の端に刀の光がひらめくのをはっきり感じました。すかさずその手を捕まえます。

小文吾「さては曲者か。目が見えないからといって、たやすく殺される俺ではないぞ」

小文吾は、船虫のその手をつかんだまま、床に投げ打ちました。

次団太(じだんだ)「どうした、小文吾さん!」

この音を怪しんで、次団太(じだんだ)が部屋に突入してきました。さすがに武芸に覚えのある次団太(じだんだ)は、短刀を振り回して暴れる船虫を、たちまち捕らえて縛り上げました。


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