83. ワンパターンって言うな
■ワンパターンって言うな
犬飼現八と犬村大角は、泥棒の残していった衣装箱と同じところにいたという理由で、これを盗んだ当事者だと誤解され、村人たちに包囲されました。
大角「みなさん、勘違いなさるな。私たちはただの旅人ですよ」
若い男が、手に棒を構えて、キッと二人を睨み据えています。
男「そんな言いワケが通るものか。その箱を持っているのが動かぬ証拠じゃないか。おとなしく縄にかかれ。さもなくば痛い目にあうぞ」
大角はつとめて平静を保って話します。
大角「私も泥棒にあって、そいつを追っていたのです。泥棒たちは、この箱を残して逃げて行きました。私の荷物は盗られたままですが、せめてこの箱は持ち主を見つけて返してやろうと思っていたのですよ」
現八「そういうことだ。ここまで言って分からないんなら、俺たちもこれ以上おとなしくしていないぜ。濡れ衣を着せられて黙ってはおれん。(刀に手をやる)え、どうなんだ」
村人たちは、これを聞くと、内輪でヒソヒソと相談しました。やがて、年配の村人がひとり、進み出てきました。
村人「私は世智介と申します。さっきの若い者は、小才二。早とちりをして、とんだ無礼をいたしました」
現八「誤解を解いてくれたか。それならよい」
村人「もちろんでございます。なにせその衣装箱は、我々の親方のものですので、必死だったのですよ」
現八「なるほどな。では我々は旅に戻らせてもらう。箱は、その親方とやらに返してやれ」
村人「それでですね、今の話を、親方にも改めてしてくださいませんか」
現八「なぜ?」
村人「このまま箱だけ持って帰ると、親方は、もしかしたら我々が盗んだんじゃないかと疑うかもしれません。親方は、このあたり一帯を仕切る氷垣残三夏行という方で、すごくコワいお人なのです」
現八「ふーん。まあ、話をするのは別にいいが、それにしても、どうして真昼間にこんなモノを盗まれるんだ」
村人「親方に言いつけられて、我々は倉の修繕をしていたんですよ。それで、一時的に中身を外に出しておいたら、そこに付け入られたのです」
現八「なるほどな…」
現八は、大角と相談して、その「親方」に会って、さっきの泥棒の話をしてやろうと決めました。
大角「私の目撃した情報が、なにか捜査の手がかりになるかもしれませんしね」
現八「よし、一緒に行ってやろう。案内してくれ。ところで、一応聞くんだけど、この箱がその親方のものだっていう証拠はあるのか」
村人「はい。その箱にはアゲハ蝶の絵が描いてあるはずですが、それは氷垣の家紋です。また、箱はとても重いはずですが、その中身は鎖かたびら・小手・脛あてといった武器類だからです」
これで二犬士はすっかりナットクいったので、箱を運ぶ村人たちに連れられて、氷垣の屋敷まで歩いていきました。
立派な門を過ぎ、そして、屋敷の裏口に案内されました。
大角「ん、表の玄関から入るんじゃないのかな」
大角がそう思うのとほぼ同時に、二人の足元がガクンと抜けました。落とし穴です。足場をとられてしまった二犬士に若者たちが一斉にとびかかり、まんまと縄でぐるぐる巻きに縛ってしまいました。
世智介「おお、引っかかったわ。あらかじめ若いのを急いで帰らせて、準備したかいがあった」
現八「きたねえぞ!」
小才二「ハハハ、なにが汚いもんか。刀を持ったやつとまともに戦ってられるか。図々しい悪人どもめ」
大角「おい、これでは話にならん。ここの主人に会わせろ」
世智介「頼まれずとも、このまま会わせてやるとも。そしてそこで、親方直々に手討ちにされるがいい」
二人はさっそく、腰の刀を奪われ、屋敷の主人である氷垣残三の前に連れていかれました。かなりの老人のようですが、背はしゃんとして、歯もすっかり揃っており、頑健そのものといった感じの印象です。そして、目はつりあがって眼光鋭く、普通の人だったら恐れて縮み上がってしまうこと間違いなしです。
氷垣「わしの武器を盗んだのはこいつらか」
世智介「ははっ。千住川のほとりで捕えました」
氷垣「でかしたぞ。それにしても、ワシの仕切る土地で盗みを働くものがいるとは、今までは考えられんことだったわ。質実剛健の気風がしっかり行きわたり、農民たちも武芸に通じ、そのおかげでここらの治安は日本中で一番だったのにのう。だからこそ、なお許しがたい」
現八「ちょっと、俺たちの話を聞い…」
氷垣「だ ま れ!!! 一見、真人間のような顔をしておるくせに、そのツラで平気で盗みを働いているのかと思うと何ッ倍も腹が立つわ」
大角「いやだから、ちょっとは話を…」
氷垣「だ ま れ!!! カスどもが。今までの余罪も残らず白状させてから、首を打ち落としてくれる」
どうもこのジイさん、正義の心は強いのですが、思い込みが激しいようです。
大角「ともかく聞いてください! 手下の人々がちょっとくらい誤解するのは仕方なくても、主人であるあなたは正しい判断をすべきでしょう。泥棒は別にいて、私たちは置き残された箱を見つけただけです」
氷垣「そんな話で言い逃れできると思うか。それではこの証拠はどう説明するのだ!」
氷垣老人は、襦袢の袖を取り出して、大角に突きつけました。
氷垣「お前の襦袢は袖が破れているようだな。この袖は、倉のそばの木の枝に引っかかっていたものだ。お前が盗みに入った時に破れたのだろう」
大角「わたしの袖は、河原で泥棒と戦った時に破れたのですよ。それはきっと別のものです」
氷垣「苦しい言い訳はもう聞き飽きた。あとは拷問にかけて、何もかも吐かせてやる!」
そろそろ、何を言ってもダメな気がしてきました。二人の犬士は縄をつけられたままスックと立ち上がり、驚く世智介と小才二を蹴り飛ばしました。まわりの手下たちがひるみました。
氷垣「悪あがきをするな。縛られたままでは、それ以上の抵抗は無駄だ。私の刃をかわすことはできんぞ。覚悟せよ」
氷垣老人がいよいよ手にした刀を抜こうしたその時、屏風の後ろから「お待ちください」という女の声が聞こえました。
氷垣「重戸か」
重戸「女の身で口を挟んですみません。でも、父上がすごく大声なので、私の部屋にも聞こえてきてしまったんです。私にはあのお二人がどうしても悪人に見えません。もしも無実の罪だったとしたら、ここで殺してしまっては大変な後悔をすることになりましょう」
氷垣「娘よ、かかる大事に女が口を出すでない。証拠は明らかなのだぞ。奴らの顔がどう見えようが関係ない」
重戸「それはそうかもしれませんが… お忘れですか、今日は母上の命日ですよ」
氷垣「むっ。確かにそうだが」
重戸「せめてお二人を責めるのを明日にしてはいかがです。また、私の夫、余乃七どのも外出中です。彼にも確認してもらって決めるべきではないんですか」
大角と現八は、自分たちのことを理解してくれる人が現れたので、いったん暴れるのをやめました。
氷垣「確かに、今は家のことを任せているのは婿の余乃七だしな。ワシが独断で色々するのはよくない。 …わかった。そうしよう。明日にするよ。こんなことで泣くなよ重戸よ。今回だけはお前の意見を聞いてやる」
重戸が涙ながらに頼むので、氷垣老人はしかたなく、二人の取り調べを明日に延ばすことにしました。現八と大角は植木用の温室に閉じ込められ、多くの見張りがつけられました。
現八「これからどうなるかな」
大角「うーん。まあ、なるようになるんじゃないでしょうか」
犬士たちの運命やいかに。
ここで、この話の原作者である曲亭馬琴センセイから、読者のみなさまに一言あるそうです。
馬琴「今回のエピソードが、小文吾と荘助が捕まった、前回の方貝の展開になんだかソックリだなあ、と思っている人はいないか。いるんだろ。ワシをバカにするなよ。全然似てないだろ。勇者ってのは、たいていこんな感じの苦難に会うものなんじゃ。だからこんな展開になるのはごく自然なんじゃ。違うからな、この話は前のとは違うからな!」
だそうです。今後の展開に乞うご期待。