里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

117. 親兵衛、天に昇る白竜を見る

前:116. 九尾の狐、千の善行

親兵衛(しんべえ)、天に昇る白竜を見る

政木(まさき)に化けた狐(以後、政木(まさき)(ぎつね))は、犬江親兵衛に、安房で異変が起こっていることを教えました。以前反乱を起こした素藤(もとふじ)(親兵衛が一度は懲らしめた)が再起して、館山城を奪取したというのです。

親兵衛「も、もっと詳しく!」

政木狐「信頼できる情報筋によると… あなたが里見義成どのに遠ざけられたのは、妙椿(みょうちん)という妖術使いが彼をたぶらかしたからだったそうですよ。もっとも、今は義成どのはタネに気づいて、いたく反省しています。ですから、あなたを呼び戻すための使いが市川(いちかわ)穂北(ほきた)に向けられました」

親兵衛「妖術… 妙椿(みょうちん)… そうか、妖術使いがからんでいるとは知らなかった。殿が誤解を解いてくださったのはありがたい。これなら帰れるぞ。素藤(もとふじ)め、今度という今度は、もはや許すことはできん… 孝嗣(たかつぐ)どの」
孝嗣(たかつぐ)「はいっ」
親兵衛「私はこんなワケで安房に戻ります。一緒に来て力をあわせてくれますか」
孝嗣(たかつぐ)「もちろん。親兵衛どのといっしょに、火の中でも、水の中でも!」

政木狐「ちょっとお待ちください。親兵衛どのなら、素藤たちをやっつけることは前のように簡単でしょう。しかし、妙椿(みょうちん)はちょっと厄介ですよ。あれを取り逃がしてしまったら、また同じようなことが起こります」
親兵衛「うーん、確かに。ブン殴ってすむ相手なら簡単だけど、幽霊みたいに消えちゃったりするのでは困るよなあ。どうすればいいのかな」

政木狐「私なら、対策を授けてあげられます。しかしまず、妙椿(みょうちん)の正体を教えてあげましょう」
親兵衛・孝嗣「そんなこと知ってるの?」
政木狐「私も妙椿も、ある意味では似たような存在。(じゃ)の道は(へび)、と申しますよ…」

そして政木狐は語りだしました。

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八犬士を生む因縁のもととなった、八房(やつふさ)という犬がどこで生まれて育ったのか、ご存知ですか。

安房の犬懸(いぬかけ)村に技平という百姓がいました。彼が飼っていた犬が、子を産みました。親犬はその後すぐオオカミに殺されてしまったため、仔犬もまた、庭の隅に放置されて衰弱死を待つばかりでした。しかし、富山(とやま)に住むメスのタヌキが、夜ごとにこの仔犬のもとに通って乳を与えたので、仔犬の命は助かりました。

この仔犬がやがて里見にもらわれていき、体のブチ模様をもとに、八房(やつふさ)という名をつけられたのです。八房がその後どのように八犬士の誕生に関わって行ったかは、ここで改めて説明するまでもないでしょう。

しかし、タヌキのほうはあれからどうなったか。彼女もまた、八犬士の誕生に一役買ったという名誉が与えられるべきではなかったでしょうか?

現実には、犬のほうばかりが注目され、彼女のためには、(ほこら)ひとつ建ててはもらえませんでした。

タヌキ『私を無視する里見が憎い!』

タヌキは安房を去り、上総は普善(ふぜ)村の古いクスノキのに住みつき、里見への恨みを増幅させつづけました。玉梓(たまづさ)の怨念の一部がこれに取り付いて力を与えたので、ついにこのタヌキは妙椿という妖術使いになったのです。

妙椿ダヌキは、素藤(もとふじ)というおあつらえ向きの不良を見いだすと、それに肩入れして、里見を弱らせるための色々な策略を実行したというわけです。自分自身は直接全面に出てこないというのがズルくていますね。結局は、伏姫の力が怖いのですよ。

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親兵衛「なるほど、そいつはタヌキなのか」
政木狐「そう、タヌキ。所詮、犬には勝てない運命です」
親兵衛「それで、そいつをどうやって破ればよい?」
政木狐「正面からは立ち向かいなさるな。館山の城には、外から入るための古いトンネルがあります。大きな石で隠されていますから、今は誰も知らないことです。この石をどかす秘密の方法を教えてあげましょう。ヒソヒソ…」
親兵衛「へえー」
政木狐「そして、ここを通ってこっそり城に潜入したら、こうこう、こうやって妙椿を無力にしてしまいなさい。ヒソヒソ…」
親兵衛「なるほど、あなたの知恵は大したものだ。これで間違いなく勝てる!」

政木狐「もうひとつ、妙椿の持っている、甕襲(みかそ)の玉に注意なさい。この玉は、風を自在に起こす力を持っています。後々役に立ちますから、この機会に彼女から奪ってしまうとよろしい」
親兵衛「そんなものを持っているのか」
政木狐「もともとは日本書紀にも書いてあるような宝なのですが、長い時を経て、いつしかその存在が忘れられてしまったものなのです。どこかの遺跡から妙椿が掘り出したのでしょう。そもそもこの玉は、(むじな)が犬にかみ殺されたときに、腹の中から出てきたのですってね。(むじな)もタヌキも似たようなもの。再び『犬』こと犬江どのがこれを奪い取るのも、名前に似合っていますよ」
親兵衛「なるほど」


孝嗣(たかつぐ)「よし、見事勝利して、また報告に来るよ、政木」

政木狐は少し寂しそうな顔になりました。「…私は、1000の善行が認められて、今から竜として昇天するのですよ。孝嗣(たかつぐ)どのに再びお目にかかることはできないんです」

孝嗣(たかつぐ)「えっ、そんな」

親兵衛「キツネが竜になれるものなのか?」
政木狐「竜のように昇天して、雲を呼んだり雨を降らしたりはしますが、正確にはホントの竜ではありません。狐竜(こりゅう)といいます。天に昇って三年たったら、死んでしまう程度のものです」

孝嗣(たかつぐ)「三年で死ぬだって? よしてくれ、行かないでくれ」

政木狐「坊ちゃま、女々しいことをお言いではありませんよ。あなたはこれから親兵衛どのをはじめとして八人の犬士たちと友垣をむすび、世にもまれな名君に仕えることになるのです。寂しがることは、何一つありません」

政木狐「親兵衛どの、坊ちゃまをビシビシ鍛えてやってくださいね」
親兵衛「ああ。私もさびしいな」
政木狐「…さあ、時が来たようです。おふたりとも、さらば!」

政木狐は、涙を振り切って池のほとりに駆けていくと、そのまま水の中にザブンと飛び込みました。その瞬間、猛烈な雷鳴がとどろいて雨風をまきおこし、あたりが真っ暗闇になりました。池の水面から天に放たれる閃光があり、それを追って空を見上げると、雲の切れ目に白い竜が現れるのが一瞬だけ確認できました。その後、巻き上げられた池の水があたりにドシャドシャと落ちてきて、蓮の葉や、小さな魚も陸にまき散らされました。しかし不思議と、孝嗣(たかつぐ)と親兵衛にだけは一滴も水がかかりませんでした。

そして、何もなかったかのように空が再び晴れ渡りました。


二人は、政木狐の思い出を胸に、安房に戻る旅をはじめました。一刻も早く、里見を困らせる素藤と妙椿を退治しなければいけません。

親兵衛「両国から船に乗ろう」

この日の夕方には、もう両国の河原に着くことができました。そこで船を探しましたが…

船長(ふなおさ)「なに、上総(かずさ)に行きたいと。もちろんよいが、この時間だと潮の流れがちょっと悪い。真夜中になれば追い風になるし、それまで待ちなよ」

誰に聞いてもみな同意見で、今すぐは船を出してくれそうにありません。

孝嗣(たかつぐ)「まあ、待つのがいいでしょうね。しばらくあたりを散歩でもして時間を潰しますか」
親兵衛「そうだね、仕方ない」

この土地には、三観鼻(みつみのはな)と呼ばれる岬がありました。ここの付近を二人が通ると、かなりたくさんの人が集まってガヤガヤしています。

親兵衛「なんだろ」

そこでは、60代と20代の二人組の男が、地面に書いた土俵の絵の上でパフォーマンスをはじめようとしていました。看板があたりに立てまくられており、「相撲の開祖、野見(のみの)宿祢(すくね)秘伝、打ち身、ねんざ、すり傷の薬」と書かれています。

親兵衛・孝嗣「行商かな?」

60代「わたくし荻野(おぎの)上風(うわかぜ)と!」
20代「わたくし萩野(はぎの)下露(したつゆ)が!」
60代・20代「たのしい相撲のパフォーマンスをごらんにいれまする!」

妙に必死な二人です。彼らの正体やいかに。


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