119. 次団太は八犬士全員に助けられた
■次団太は八犬士全員に助けられた
両国で親兵衛に会った次団太(と鮒三)が、今までどうしてきたのかを語っています。ここからは、次団太視点の語りで進めるよりは、普通の調子で行きましょう。
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片貝の牢から釈放された次団太は、その日のうちに、裏切り者である鳴呼善と土丈二を発見し、雨の夜にこの二人(と、もう一人の供人)を瀕死の状態に追い詰めました。
次団太は、鳴呼善の上に土丈二をドサッと重ねて足で踏み据えました。
次団太「おい鳴呼善、お前はもともとウチにメシ炊きとして置いてやっていた女だったな。親も兄弟もなかったお前に、手に職をつけさせようと色々世話してやったオレの前妻の恩を忘れたか」
鳴呼善「あう、あう」
次団太「その妻が死んだとき、お前はオレに生涯仕えて恩を返したいと言ってくれたから、お前を後妻に迎えて、一人前に所帯を持たせてやった。そうだったな」
鳴呼善「あ、あう」
次団太「おい、土丈二。みなし児だったお前を内弟子にして、番付に載るほどの相撲取りにまで育ててやったのは誰だ」
土丈二「あう、あう」
次団太「それがお前ら、こっそり密通するどころか、オレを亡き者にしようとして嘘の訴えまでしようとは、これ以上の罪があろうか。天に代わってオレが罰を与えるものと心得よ。覚悟はよいか、念仏でもしろ」
鳴呼善・土丈二「お、おゆるし」
次団太は最後の訴えを聞かず、二人を一度に串刺しにしてとどめを刺しました。次に、離れた場所で、頭を割られて瀕死になっている鮠八のもとに歩み寄りました。
次団太「お前も、チンピラだったのをウチで預かったのだったな。立派に更生させたかったのだが、あんな二人の片棒を担ぐようになったんじゃあ、もうだめだな。別にとどめも刺さねえが、どうせ生きてはおれまい。これも天罰だぞ」
次団太と鮒三は、これら三人からすべての金を奪い取りました。十両ほどでした。
鮒三「小千谷の屋敷に戻れば、もうちょっと金があると思いますが」
次団太「俺たちは領外追放になったんだ。あそこはもうオレの家じゃねえ。金を取りに行ったら、もはや泥棒だ。お天道様に顔向けできるのは、このくらいが限度だ。このまま去ろうぜ」
鮒三「わかりました」
こうして、次団太たちは会津のあたりに逃げていきました。鳴呼善たちの死体は翌朝に発見されましたが、片貝では「おおかた、次団太の仕業だな。恨みを返したくなるのももっともだ。ま、これは放っておいてやろう」という感じで、まともに立件はされませんでしたとさ。
会津に着いた二人は、生活のために、薬を調合して売ることを思いつきました。相撲の心得がある人は、打ち身やすり傷の薬が調合できるものなのです。次団太が師匠から伝授された薬のレシピは優れており、効能には自信がありました。しかし、売るのはあまりうまくありませんでしたので、収支は赤字で、路用の十両はだんだん減っていきました。
次団太「このままジリ貧になって乞食にでもなってしまうよりは、ちょっと危険だけど、関東に行こうか。そこで、犬田どのや犬川どのに会えたら、二人が無事だったお祝いを申し上げたい。また、オレを間接的に助けてくれたという、犬阪毛野どのにも会えたらいいなと思うんだ。礼も言えずにのたれ死ぬのは無念じゃないか」
鮒三「そうですね」
こうして二人は関東に戻ってきて、三人の犬士たちを探してウロウロしたあげく、ここ両国でついに路用が尽きてしまったのです。
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次団太「と、まあ、こんな具合で、今晩、あそこで必死の商いをしていたというわけですな。あれで薬が売れなければ破産という覚悟でしたから」
親兵衛「大層色々あったんですね。今日、ここで会えて本当によかった。次団太さんが裏切り者にみごとに天罰を示したこと、まことにアッパレです。また、鮒三さんの忠義ぶりにも感動しました」
次団太・鮒三「いや、なあに…」
親兵衛「実はですね、次団太さんを救ったのは、犬阪毛野どのだけじゃないんですよ。ほかの六犬士(信乃、現八、小文吾、荘助、道節、大角)もあなたを助けたことになるんです」
次団太「えっ!」
親兵衛「私が姫神さまに聞いたところでは、あの六犬士たちが、船虫という悪女を退治して、彼女の背中に罪状をつぶさに書き記したんですって」
次団太「ははあ」
親兵衛「そのおかげで、マタタビ丸を盗んだ真犯人が分かって、次団太さんの無実が明らかになったというわけですよ」
次団太「そうだったんですか。ではワシは、親兵衛どのを含めて、八人の犬士たちがいて初めて命を長らえることができたワケですな。なんというかたじけなさ」
鮒三「脇役ながら、わたしも感激です!」
ここまで隔てのない間柄になっては、親兵衛はその他の色々なことを秘密にしておく必要はないと判断しました。一緒にいる河鯉孝嗣の素性や政木狐のこと、また、今から館山に行くのは、一度はやっつけた蟇田素藤が妖魔の助けで再起したためであること、これらを余さず語って聞かせました。
次団太「なんと、蟹目前と同時に亡くなった、河鯉守如どのの息子様であったとは。これは色々とご無礼なことを申し上げてしまった」
孝嗣「いえ、いいんですよ」
次団太「親兵衛どの、その素藤討伐戦、私どもも連れて行ってください! 何かの役に立ちたい」
親兵衛「それは頼もしい言葉だけど、次団太さんが真っ先にすべきことは、犬田・犬川・犬阪に会ってお礼を言うことですよ。彼らがどこにいるのかは大体知っているんです。結城の大法要というプロジェクトのために、丶大法師と一緒に結城の古戦場にいるか、または穂北の荘園にいるはずですよ。私もできるだけ間に合わせますから、一足先にそちらに行ってあげてくださいよ」
次団太「そ、それはそうですが、親兵衛さまのほうが緊急だ。このご恩に応えたい!」
ここまで会話をした瞬間に、真夜中を知らせる鐘の音が鳴りました。
親兵衛「むっ、約束の時間だ。風はどうなったかな。船は出せるかな。すぐ船長に聞かなきゃ。時間を無駄にできないんです」
???「その前に、私の話も聞いてもらいましょう」
謎の声が、隣の部屋から聞こえました。