135. 親兵衛、お使いを完了する
■親兵衛、お使いを完了する
苛子で親兵衛たちと分かれて安房行きの船にのった紀二六は、三日ほどで無事に安房の洲崎に着き、船には待っていてくれるように頼んで、滝田の七犬士たちにまず会いに行きました。
道節「ほう、代四郎はでかしたな。そんなに活躍をしたか!」
主にみなの賞賛の対象になったのはやはり、親兵衛の危機を救って敵たちとよく戦った、姥雪代四郎です。ただの密航ジジイではありませんでした。
紀二六「照文さまの屋敷はこの近くですから、今からそこにも報告に行ってきます」
荘助「あっ、私も一緒に行きたいです」
紀二六が照文の奥さんに手紙を渡しにいくのに、荘助もついていきました。(蜑崎家は、荘助の親戚ですしね。)もちろん奥さんも今回の話にビックリして、その後大いに喜びました。また、この場にはたまたま、義実の近習である小湊目と東峰萌三も、照文の留守を見舞って訪ねてきていました。
目・萌三「おお、そんなことがあったとは。これもまた伏姫さまの霊の守りだ!」
荘助は、ちょうどいいのでこの二人に相談します。
荘助「ええと、これは親兵衛くんからの内々のお願いなんですが… 今回の代四郎さんの無茶は、こういう手柄があったことですし、改めて許してもらえるようお計らいを、と…」
目・萌三「ははは。照文どのからの手紙にも同じお願いが書いてあったよ。わかった、大殿にうまく言ってみます。まあ、前にも改めて『不問にする』とは言ってくれていますけどね」
荘助たちが犬士たちのもとに帰ると、そこには妙真と音音も呼ばれて来ていました。二人とも親兵衛たちのニュース(特に、代四郎活躍のニュース)に喜んで、やがて「曳手と単節にも教えてあげよっと」と、宿舎に戻っていきました。
小文吾「しかし、親兵衛が泳げないとは知らなかったなあ。これを代四郎さんが助けることになろうとは、実に不思議な縁だ」
現八「そうだな。あと、今回の親兵衛からの手紙を読んで、オレは別の部分にも感心したぜ。うっかり天狗になっていたことを認め、実に正直に反省しているじゃないか。あいつはやはり大物だなあ」
大角「そうですね、過ちを認められるというのは強いものですね。かの孔子も『ダメ出ししてもらえない人間になったら終わり』と言っているくらいですからねえ」
犬士たちがこんな雑談をしているうちに、目と萌三が義実の返事を伝えにきました。
目「大殿も今回の件に感心して、代四郎さんのことを『全然許す』って言ってくれましたよ。あと、代四郎さんがそもそも密航で着いていったことは、最後まで義成さまには内緒にしておいてくれるそうです」
七犬士「ほんと、大殿は、そびえる山のように高い徳をもった方だ… 感謝カンゲキ!」
翌日は、紀二六は稲村に行き、義成にも同じ報告をします。その場には、小文吾と道節もついていくことになりました。道中、紀二六が二人に頼みます。
紀二六「今回のお使いが終わったら、私は京に行って親兵衛さまたちに追いつき、引き続いてお供をしたいんです。道節さま、小文吾さま、殿にうまくお願いしてもらえませんか」
道節・小文吾「まあ、うまく言ってみるよ」
義成と二人の重臣(荒川と東)は、紀二六の伝えるニュースに同じように驚き、感動しました。一応、滝田からの速報という形でニュースの概要は受け取っていましたが、やはり事件の当事者である紀二六から話を聞くのは、臨場感が違います。
義成「うーん、代四郎の働きはピカイチだったね。おおいに褒美をつかわさなくては。照文と紀二六の活躍ももちろん評価する。紀二六が引き続き京に行きたいというなら、それは任せるよ。今回、送ってきてくれた船にもお礼を払っておこうね」
道節・小文吾「ははっ!」
こんな感じで何もかもスムーズに済み、やがて紀二六は、殿やみんなからの手紙を預かると、待たせておいた船にもう一度乗せてもらいました。そして、一旦苛子に行き、奥郡の城にも寄って里見からの好を伝えると、そのまま同じ船で京の近くの尼之崎まで無事に連れて行ってもらうことができたのでした。
さて、あれからの親兵衛たちはというと、これも特段の支障なく、浪速に着くことができていました。しばらくはみんな船の中に寝泊まりし、代四郎がひとりで京の様子を偵察していました。
代四郎「ただいま、みなさん。いろいろと情報を仕入れてきましたよ」
親兵衛・照文「おお、詳しく聞かせて下さい」
代四郎は、現在の京の荒れ具合をくわしく報告しました。後に「応仁の乱」として知られる、将軍の後継者争いをきっかけに始まった大規模な内乱は、京とその周辺を焼け野原にして、しばらく前にやっと終結していましたが、これに巻き込まれたすべての勢力はすっかり疲弊しきっていました。その後に将軍として政務を指揮しているのは足利義尚(この人はけっこう優秀)ですが、前将軍の義政は隠居したくせにダラダラと権力を手放さず、カネを湯水のように使いまくります。これもまた、財政上の大きな負担ということでした。
代四郎「結局のところ、公家も武家も、みんなカネがなくてあえいでいます。たくさんお金を貢いだ者は、おおいに歓迎されること間違いなしです。天子への奏聞だって同様でしょう」
親兵衛「なるほど、よく分かりました。いま最も実力のある人物は誰かなあ」
代四郎「管領・細川政元。この人が断然の実力者です。この人に口をきいてもらえば、かなわない願いはないでしょう」
親兵衛「ありがとう、じゃあ作戦は決まった!」
翌日、親兵衛たちは、五百両の金銀を詰め込んだアタッシュケースを積み上げて、細川政元の屋敷を訪ねました。迎えに出たのは、腹心の香西復六です。
復六「(カネを見て)ほほう…」
親兵衛「用件の概要は、かくかく、しかじかの通りです。これが、贈り物の目録と、わが殿からの手紙です」
復六「ん、よしよし」
復六はさっそく主人の政元にこの件を伝えに行き、やがて返事をもって戻ってきました。
復六「よろしい、指定の宿に滞在して、知らせを待ちなさい」
親兵衛たちは、将軍への貢ぎ物、前将軍への貢ぎ物、朝廷への貢ぎ物、他の管領への貢ぎ物、などをすっかり準備して、知らせを待ちました。
花の御所では、将軍義尚や前将軍義政のもと、今回の里見からの願いを聞き入れるかどうかの議論がありました。
義政「おお、いいねえ。なかなか豪勢な貢ぎ物だ。忠臣だ。もちろん願いを聞いてやろう」
別の家臣「ちょっと待って、里見が姓を変えたいんじゃなくて、里見の家臣の姓ですって? そんなの前例がないですよ」
関白「いや、姓を与えるのはあくまで里見にであって、里見が家臣にそれを授けたって問題ないだろう」
政元「まあ、ともかく、あれらのカネを持って帰られたくなければ、許すしかないでしょうな…」
みんな「うんうん、カネカネ」
こんな感じで、最終的にはカネのパワーで結論が出たようなものです。里見の願いは天子に届けられ、やがて一通の勅詔が発行されました。
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金鋺の氏、宿祢の姓を
名乗っていいよん
みかど(サイン)
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政元はこれらの経緯を親兵衛たちに知らせました。「勅許出たよ。オッケーだったよ。あとは、将軍たちに見参して、公式に儀式をこなして書類を受け取りなさい」
親兵衛・照文「ほっ」
さっそく翌日に、親兵衛たちは花の御所に見参しました。将軍義尚を目の前にして、親兵衛の立ち振る舞いは一点の非もなく、まわりの重臣たちはひそかに舌を巻きました。「あいつ、若いのに、カンペキだなあ」
東山殿(義政)への見参も同様です。また、その次の日には、政元と一緒に皇居の階下にも参上して、すべての儀式を無事に終えることができました。
用事はすべて済みました。何もかも実にスムーズでした。今回は、ひたすらスムーズにいった話ばかりですねえ。
あとは帰るだけ…
香西復六「あ、ちょっと」
親兵衛「はい?」
復六「明日また、政元さまの屋敷に来てほしいんだよ。いいかな」
親兵衛「?」