139. わんぱく武芸大会
■わんぱく武芸大会
紀二六は、モチに手紙を入れて親兵衛に渡すことで、今回の軟禁の理由など、見知ったことを伝えることができました。
それから少しの間、いつものようにモチを売って(屋敷には、もう3日に一度しか行きません。太平記読みも自重しています)、帰り道に五条大橋の上をトボトボと通っていたある日の夕方、紀二六は反対方向から来る代四郎と不意にすれ違いました。
代四郎「あっ、紀二六!」
紀二六「代四郎さん、久しぶりです!」
代四郎「久しぶり、じゃないよ! あれからどこで何をしているのか、ちっとも知らせないとはどういうことだ。パスカードもないから、親兵衛さまの様子を見に行けないし。最近はひたすらに京をウロウロして、誰でもいいから会いたいと焦りまくっていたのだぞ。ホントひどいじゃないか」
紀二六「いや、すみませんでした。私の正体をすっかり秘密にしておくために、代四郎さんの宿に寄ることさえ控えていたんですよ。親兵衛さまの指示なんです。今までにいろいろと成果がありましたよ。かくかく、しかじか…」
代四郎「ほ、ほう! 今回の件には、あの毛だらけ坊主の徳用が関わっておったのか。管領の内輪だったとは。あいつはもちろん、親兵衛さまをひどく憎んでいることじゃろう。心配だ…」
紀二六「でも、管領の様子では、今のところは大丈夫そうです。武芸大会で親兵衛さまの腕試しをすることになったようですが、無理に殺してやろうという悪意はなさそうでした」
代四郎「武芸に関する限り、親兵衛さまは負けないだろうな。そこはまあ安心じゃ。しかし、もうひとつ心配があってな」
紀二六「?」
代四郎「その… 細川政元は、女色を絶っているというウワサを聞いたんじゃ。これって、反対に言えば、男色が好み、ということでは…」
紀二六「えー(顔をしかめる)」
代四郎「万一、親兵衛さまを気に入ってしまったら… 言っちゃあなんだが、あの方は、9歳児のハダじゃ。すべすべじゃ。まあ、手籠めにされることこそなかろうが、いよいよ簡単に手放してもらえなくなるのでは…」
紀二六「あ、あんまり聞きたくなかった話ですね…」
代四郎「まあ、心配してもはじまらんか。さしあたりは、成り行きを見守るまでじゃ。ところで紀二六よ、お前はずいぶん賢い男だったのだな」
紀二六「そうですか?」
代四郎「賢いとも。太平記の暗唱に、モチのトリックだろ。親兵衛さまと阿吽の呼吸で作戦を遂行するなんて、すごいじゃないか。親兵衛さまはそれも見抜いて、お前にこの役を与えたのかな」
紀二六「それは分かりませんが… 実は私は、照文さまの甥なんです」
代四郎「えっ! そんなに高い身分の出なのか」
紀二六「両親は早く死んでしまって、12のときに、常陸から安房の叔父を訪ねてきました。照文さまは、私に里見の『パシリ道』を叩き込んでやる、と約束してくれました」
代四郎「それは大変な見込まれようだ。きっとお主なら、照文どのを継ぐ立派なパシリマスターになれるじゃろう」
二人はこうして情報を交換して、この場での再会を約束すると、また別れてそれぞれの宿に戻っていきました。
さて、親兵衛のほうはというと、紀二六から受け取った手紙を一読し、それを火鉢にくべて燃やしていました。
親兵衛「なるほど、敵は徳用だったのか。武芸大会ねえ。まあ、事情さえ分かれば、モヤモヤすることもなくて安心だ。成り行きにまかせてやってみるだけさ…」
それから10日ほど経ちました。秋も深まりかけたある日の朝、親兵衛はやっと「政元さまが会ってくださる」との知らせを受けて、広間に呼ばれました。
香西復六「みんな集まったな。それでは…(ふすまをサラリと開く。向こう側には政元)」
政元「やあ犬江どの、長らく待たせたな。今まで、将軍のスケジュールを合わせようとがんばっておったのだが、多忙でうまくいかん。なので、私が内輪で武芸大会を開き、お主の武芸をまず見定めよ、ということになった」
親兵衛「なるほど」
政元「お主の隣に並んでおる5人、これが今回のチャレンジャー達だ。色々な種類の達人を集めたぞ。復六、順に紹介せよ」
復六「ははっ」
親兵衛に紹介された達人たちのプロフィールはこんな感じです:
○ 無敵斎経緯。体術名人。
○ 鞍馬海伝真賢。剣術名人。
○ 澄月香車介直道。ヤリ名人。
○ 種子嶋中太正告。鉄砲名人。
○ 秋篠将曹広当。弓の名人。
政元「そして、最後に、棒術名人である、この僧侶。これらがお主の相手をつかまつる」
政元の後ろに控えていたその僧侶は、例の徳用でした。さっきから、ものすごい剣幕で親兵衛をにらみ続けています。
政元「基本的に、刀は木刀、ヤリは穂先を抜くものとする。しかし、これら名人揃いであるから、急所に当たれば死んでも不思議はない。みんな、ここにある誓約書に、それぞれ捺印してくれ」
書類には、「死んでも恨まないです」という趣旨の文章が記されています。全員がこれに血判を押しました。
政元「それでは、競技は本日正午から始めるものとする。おのおの、準備をしてくれ。どうだ犬江どの、自信のほどは」
親兵衛「とても自信はありませんが、武士ですから逃げるわけにも参りません。がんばってみるだけです…」
このように謙遜しながらも、闘志いっぱいの気配は隠せないのでした。政元はこれを快いと感じ、ニヤリとしました。「ギロギロとガン飛ばしてる徳用よりも、こっちのほうが強そうだな」
そして間もなく、万国旗はためく秋空の下、「政元杯 武芸コンクール」開催の太鼓が響き渡りました。まわりは護衛や見学たちで混雑しており、出場者はみな、とっておきの豪華な武具に身をつつんでいます。
桟敷の中央には、家臣を左右に従えた政元が腰掛けています。
「それでは第一試合を」
東からは、犬江親兵衛。西から真っ先に名乗りをあげて進み出たのは、剣術名人、鞍馬海伝。
アシスタント「親兵衛さま、この木刀をお取りください」
親兵衛「いや、いいです。私はこの鉄扇で行きます」
海伝「なにを、なめているのか。それでは勝負にならんわ、とっとと木刀を取って構えろ」
親兵衛「これが慣れてて使いやすいんです。得物が長けりゃいいってもんじゃない。まあ、かかってきなさいよ」
そして、試合開始の太鼓。
海伝「思い知らせてやる」
怒りで真っ赤になった海伝は、銅鑼のような声で吠えると、親兵衛の眉間を狙って猛然と飛びかかりました。親兵衛は、身をかわし、扇で払い、雨あられのような攻撃をこともなげに次々と受け止めます。飛ぶ鳥の影ばかり見えて形が見えないのと同様、親兵衛の動きは目にもとまらぬ電光石火。
海伝「くそっ、どこに打ち込んでも当たる気がしない」
やがて、海伝が連続技に疲れ果てて一瞬よろめいたところに、親兵衛の鉄扇がビシリと鋭く当たり、手の骨が砕けました。そして木刀を取り落としたところに、脇腹への蹴りを受けて、海伝は回転しながら吹っ飛び、そして気絶しました。救護班がむらがりました。
アシスタント「い、犬江どの、どうぞ、水でござる」
親兵衛「ありがと。(口をかるくゆすいで、ブクブク、ぺっ) …さ、次」
会場、シーン。
二人目は、体術名人、無敵斎経緯です。彼は棒も得意なので、今回は六尺の棒を構えています。
無敵斎「オレは棒で行くぞっ」
親兵衛「棒には、この鉄扇ではちと相性が悪いですな。しからば私も同じ六尺棒で」
親兵衛はアシスタントから棒を受け取ると、おもむろに構えました。
無敵斎は、棒を曲げたりしごいたりして落ち着きがありません。エイ、エイと途中で気合いを入れてみたり、棒をブンブンと振り回したりしますが、なかなか打ちかかることができません。海伝同様、どこに打ち込んでも当たるイメージが持てないのです。
無敵斎「参るぞおっ、ヤアアッ」
観客「(声だけじゃん)」
無敵斎は、さらにしばらく親兵衛をにらみ続けましたが、突然苦しそうな顔をつくると、「ムム、持病の神経痛が急にはげしくなった。勝負は後日とすべきだな。今日は不戦勝をゆずってさしあげる」と堂々と発言しました。
会場中からブーイングが沸き、無敵斎には石が投げつけられました。
親兵衛「次」
次は、馬に乗っての勝負です。ヤリの先にぽんぽんをつけたものを両者が持ち、親兵衛と澄月香車介がそれぞれの馬にまたがって向かい合いました。
香車介「審判よ、提案がござる」
審判「何?」
香車介「犬江親兵衛は、まさに一騎当千の勇士と認めざるをえない。五分の勝負とするために、ひとつハンデをいただきたい」
審判「どんな?」
香車介「すなわち、私の側は二組の騎馬でのぞみたい」
親兵衛「えー、ずるいなー」
香車介「戦場においては、一対一の勝負とは限らんのだ。ずるいも何もない」
親兵衛「まあ、そりゃそうだね」
香車介の援護に急遽現れたのは、紀内鬼平五景紀と名乗る、蟹のような顔面をした男でした。
鬼平五「ツブテ第一のこの鬼平五が、必ず(二人がかりで)犬江を打ち倒してみせる!」
政元が口をはさみました。「おいおい、援軍に飛び道具ってのはどうだろう。有利すぎないか? …おーい犬江どの、これでもやれるのか」
親兵衛「ちょっとキビシイですねえ。でも戦場なら、そんなことも言ってられないです。やってみましょう」
第三戦の開始を告げる太鼓が鳴りました。