里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

139. わんぱく武芸大会

前:138. 紀二六、モチを使って手紙を渡す

■わんぱく武芸大会

紀二六(きじろく)は、モチに手紙を入れて親兵衛に渡すことで、今回の軟禁の理由など、見知ったことを伝えることができました。

それから少しの間、いつものようにモチを売って(屋敷には、もう3日に一度しか行きません。太平記読みも自重しています)、帰り道に五条大橋の上をトボトボと通っていたある日の夕方、紀二六は反対方向から来る代四郎と不意にすれ違いました。

代四郎「あっ、紀二六!」
紀二六「代四郎さん、久しぶりです!」
代四郎「久しぶり、じゃないよ! あれからどこで何をしているのか、ちっとも知らせないとはどういうことだ。パスカードもないから、親兵衛さまの様子を見に行けないし。最近はひたすらに京をウロウロして、誰でもいいから会いたいと焦りまくっていたのだぞ。ホントひどいじゃないか」

紀二六「いや、すみませんでした。私の正体をすっかり秘密にしておくために、代四郎さんの宿に寄ることさえ控えていたんですよ。親兵衛さまの指示なんです。今までにいろいろと成果がありましたよ。かくかく、しかじか…」

代四郎「ほ、ほう! 今回の件には、あの毛だらけ坊主の徳用(とくよう)が関わっておったのか。管領の内輪だったとは。あいつはもちろん、親兵衛さまをひどく憎んでいることじゃろう。心配だ…」

紀二六「でも、管領の様子では、今のところは大丈夫そうです。武芸大会で親兵衛さまの腕試しをすることになったようですが、無理に殺してやろうという悪意はなさそうでした」

代四郎「武芸に関する限り、親兵衛さまは負けないだろうな。そこはまあ安心じゃ。しかし、もうひとつ心配があってな」

紀二六「?」

代四郎「その… 細川(ほそかわ)政元(まさもと)は、女色(にょしょく)を絶っているというウワサを聞いたんじゃ。これって、反対に言えば、男色(なんしょく)が好み、ということでは…」

紀二六「えー(顔をしかめる)」

代四郎「万一、親兵衛さまを気に入ってしまったら… 言っちゃあなんだが、あの方は、9歳児のハダじゃ。すべすべじゃ。まあ、にされることこそなかろうが、いよいよ簡単に手放してもらえなくなるのでは…」

紀二六「あ、あんまり聞きたくなかった話ですね…」

代四郎「まあ、心配してもはじまらんか。さしあたりは、成り行きを見守るまでじゃ。ところで紀二六(きじろく)よ、お前はずいぶん賢い男だったのだな」

紀二六「そうですか?」

代四郎「賢いとも。太平記の暗唱に、モチのトリックだろ。親兵衛さまと阿吽(あうん)の呼吸で作戦を遂行するなんて、すごいじゃないか。親兵衛さまはそれも見抜いて、お前にこの役を与えたのかな」

紀二六「それは分かりませんが… 実は私は、照文さまの甥なんです」
代四郎「えっ! そんなに高い身分の出なのか」
紀二六「両親は早く死んでしまって、12のときに、常陸(ひたち)から安房の叔父を訪ねてきました。照文さまは、私に里見の『パシリ(どう)』を叩き込んでやる、と約束してくれました」
代四郎「それは大変な見込まれようだ。きっとお主なら、照文どのを継ぐ立派なパシリマスターになれるじゃろう」

二人はこうして情報を交換して、この場での再会を約束すると、また別れてそれぞれの宿に戻っていきました。


さて、親兵衛のほうはというと、紀二六から受け取った手紙を一読し、それを火鉢にくべて燃やしていました。

親兵衛「なるほど、敵は徳用だったのか。武芸大会ねえ。まあ、事情さえ分かれば、モヤモヤすることもなくて安心だ。成り行きにまかせてやってみるだけさ…」


それから10日ほど経ちました。秋も深まりかけたある日の朝、親兵衛はやっと「政元さまが会ってくださる」との知らせを受けて、広間に呼ばれました。

香西(こうさい)復六(またろく)「みんな集まったな。それでは…(ふすまをサラリと開く。向こう側には政元)」

政元「やあ犬江どの、長らく待たせたな。今まで、将軍のスケジュールを合わせようとがんばっておったのだが、多忙でうまくいかん。なので、私が内輪で武芸大会を開き、お主の武芸をまず見定めよ、ということになった」

親兵衛「なるほど」

政元「お主の隣に並んでおる5人、これが今回のチャレンジャー達だ。色々な種類の達人を集めたぞ。復六(またろく)、順に紹介せよ」

復六(またろく)「ははっ」

親兵衛に紹介された達人たちのプロフィールはこんな感じです:

○ 無敵斎(むてきさい)経緯(たてぬき)。体術名人。
○ 鞍馬(くらま)海伝(かいでん)真賢(さねかた)。剣術名人。
○ 澄月(すづき)香車介(きょうしゃのすけ)直道(なおみち)。ヤリ名人。
○ 種子嶋(たねこしま)中太(ちゅうた)正告(まさのり)。鉄砲名人。
○ 秋篠(あきしのの)将曹(しょうそう)広当(ひろまさ)。弓の名人。

政元「そして、最後に、棒術名人である、この僧侶。これらがお主の相手をつかまつる」

政元の後ろに控えていたその僧侶は、例の徳用(とくよう)でした。さっきから、ものすごい剣幕で親兵衛をにらみ続けています。

政元「基本的に、刀は木刀、ヤリは穂先を抜くものとする。しかし、これら名人揃いであるから、急所に当たれば死んでも不思議はない。みんな、ここにある誓約(せいやく)書に、それぞれ捺印(なついん)してくれ」

書類には、「死んでも恨まないです」という趣旨の文章が記されています。全員がこれに血判を押しました。

政元「それでは、競技は本日正午から始めるものとする。おのおの、準備をしてくれ。どうだ犬江どの、自信のほどは」

親兵衛「とても自信はありませんが、武士ですから逃げるわけにも参りません。がんばってみるだけです…」

このように謙遜しながらも、闘志いっぱいの気配は隠せないのでした。政元はこれを快いと感じ、ニヤリとしました。「ギロギロとガン飛ばしてる徳用よりも、こっちのほうが強そうだな」


そして間もなく、万国旗はためく秋空の下、「政元杯 武芸コンクール」開催の太鼓が響き渡りました。まわりは護衛や見学たちで混雑しており、出場者はみな、とっておきの豪華な武具に身をつつんでいます。

桟敷(さじき)の中央には、家臣を左右に従えた政元が腰掛けています。

「それでは第一試合を」

東からは、犬江親兵衛。西から真っ先に名乗りをあげて進み出たのは、剣術名人、鞍馬(くらま)海伝(かいでん)

アシスタント「親兵衛さま、この木刀をお取りください」
親兵衛「いや、いいです。私はこの鉄扇(てっせん)で行きます」

海伝(かいでん)「なにを、なめているのか。それでは勝負にならんわ、とっとと木刀を取って構えろ」

親兵衛「これが慣れてて使いやすいんです。得物が長けりゃいいってもんじゃない。まあ、かかってきなさいよ」

そして、試合開始の太鼓。

海伝(かいでん)「思い知らせてやる」

怒りで真っ赤になった海伝(かいでん)は、銅鑼(どら)のような声で吠えると、親兵衛の眉間を狙って猛然と飛びかかりました。親兵衛は、身をかわし、扇で払い、雨あられのような攻撃をこともなげに次々と受け止めます。飛ぶ鳥の影ばかり見えて形が見えないのと同様、親兵衛の動きは目にもとまらぬ電光石火。

海伝(かいでん)「くそっ、どこに打ち込んでも当たる気がしない」

やがて、海伝(かいでん)が連続技に疲れ果てて一瞬よろめいたところに、親兵衛の鉄扇がビシリと鋭く当たり、手の骨が砕けました。そして木刀を取り落としたところに、脇腹への蹴りを受けて、海伝(かいでん)は回転しながら吹っ飛び、そして気絶しました。救護班がむらがりました。

アシスタント「い、犬江どの、どうぞ、水でござる」
親兵衛「ありがと。(口をかるくゆすいで、ブクブク、ぺっ) …さ、次」

会場、シーン。

二人目は、体術名人、無敵斎(むてきさい)経緯(たてぬき)です。彼は棒も得意なので、今回は六尺の棒を構えています。

無敵斎(むてきさい)「オレは棒で行くぞっ」

親兵衛「棒には、この鉄扇ではちと相性が悪いですな。しからば私も同じ六尺棒で」

親兵衛はアシスタントから棒を受け取ると、おもむろに構えました。

無敵斎(むてきさい)は、棒を曲げたりしごいたりして落ち着きがありません。エイ、エイと途中で気合いを入れてみたり、棒をブンブンと振り回したりしますが、なかなか打ちかかることができません。海伝(かいでん)同様、どこに打ち込んでも当たるイメージが持てないのです。

無敵斎(むてきさい)「参るぞおっ、ヤアアッ」

観客「(声だけじゃん)」

無敵斎(むてきさい)は、さらにしばらく親兵衛をにらみ続けましたが、突然苦しそうな顔をつくると、「ムム、持病の神経痛が急にはげしくなった。勝負は後日とすべきだな。今日は不戦勝をゆずってさしあげる」と堂々と発言しました。

会場中からブーイングが沸き、無敵斎(むてきさい)には石が投げつけられました。

親兵衛「次」

次は、馬に乗っての勝負です。ヤリの先にをつけたものを両者が持ち、親兵衛と澄月(すづき)香車介(きょうしゃのすけ)がそれぞれの馬にまたがって向かい合いました。

香車介(きょうしゃのすけ)「審判よ、提案がござる」
審判「何?」
香車介(きょうしゃのすけ)「犬江親兵衛は、まさに一騎当千の勇士と認めざるをえない。五分の勝負とするために、ひとつハンデをいただきたい」
審判「どんな?」
香車介(きょうしゃのすけ)「すなわち、私の側は二組の騎馬でのぞみたい」

親兵衛「えー、ずるいなー」
香車介(きょうしゃのすけ)「戦場においては、一対一の勝負とは限らんのだ。ずるいも何もない」
親兵衛「まあ、そりゃそうだね」

香車介(きょうしゃのすけ)の援護に急遽(きゅうきょ)現れたのは、紀内(きのうち)鬼平五(きへいご)景紀(かげとし)と名乗る、蟹のような顔面をした男でした。

鬼平五(きへいご)「ツブテ第一のこの鬼平五(きへいご)が、必ず(二人がかりで)犬江を打ち倒してみせる!」

政元が口をはさみました。「おいおい、援軍に飛び道具ってのはどうだろう。有利すぎないか? …おーい犬江どの、これでもやれるのか」

親兵衛「ちょっとキビシイですねえ。でも戦場なら、そんなことも言ってられないです。やってみましょう」


第三戦の開始を告げる太鼓が鳴りました。


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