里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

140. 京の管領、親兵衛に恋をする

前:139. わんぱく武芸大会

■京の管領(かんれい)親兵衛(しんべえ)に恋をする

管領・細川(ほそかわ)政元(まさもと)の主催で行われている武芸大会も、すでに3戦目です。しかし今回は、親兵衛の対戦相手の勝手な言い分が通ってしまい、同時に二騎を相手にすることになってしまいました。

ヤリ一番の名手、香車介(きょうしゃのすけ)直道(なおみち)は、全身黒ずくめの装備でこの対戦に臨んでいます。さっそく親兵衛と一上一下にヤリを繰り出しあいますが、ヤリ先のにつけたチョークの粉が香車介(きょうしゃのすけ)のヨロイにだけどんどんついていき、やがてほとんど白黒マダラの模様になってしまいました。

ギャラリー「おいおい、本物のヤリなら、もう穴だらけじゃないのか」

その親兵衛の背後に、二騎目の敵が遠巻きに回り込みました。ツブテの名手、鬼平五(きへいご)です。

鬼平五(きへいご)「これを受けてみよ」

鬼平五(きへいご)が後頭部に向けてハタと投げつけた石コロを、親兵衛は香車介(きょうしゃのすけ)とヤリを交わしあったまま、体を斜めに傾けて紙一重で避けました。ツブテは香車介(きょうしゃのすけ)の眉間に当たり、彼は血しぶきを上げて落馬してしまいました。

鬼平五(きへいご)「おのれ、もう一発」

親兵衛はフトコロから石ころをひとつ取り出すと、後ろを振り向くが早いか、みずからもツブテを鬼平五(きへいご)に投げつけました。こちらのほうが一瞬早かったので、鬼平五(きへいご)もまたヒタイを割られて、馬上からとんぼ返りに落下しました。ピクリとも動きません。

親兵衛「フー。次」

ギャラリー「あいつはバケモノかよ…」


次は馬上での鉄砲勝負です。はじめは的を撃って得点を競う予定でしたが、種子嶋(たねがしま)中太(ちゅうた)がルールの変更を提案します。

中太(ちゅうた)「止まっている的を撃ったって、リアルの状況にはほど遠い。お互いが的をつけた笠をかぶり、それを狙って撃ち合う勝負に変えないか」

これを止めたのは、政元です。

政元「おいおい、それはやめておけ。お互いにも危険だし、ギャラリーにも流れ弾が当たるかもしれん」

中太(ちゅうた)は実は、事故を装って親兵衛を射殺するつもりだったのです。政元もきっと賛成してくれるだろうと彼は期待していたのですが、政元のほうはというと、だんだん、親兵衛を殺したくない気持ちに傾いていたのでした。「こんなすごい奴を、みすみす死なせる手があろうか」

ふと、頭上に(かり)の群れが飛来しました。

政元「動くものが撃ちたいなら、(雁を指して)あれにするがよい。弓の広当(ひろまさ)も一度にやるがいい。はい、スタート」

親兵衛がまず進み出ました。「ではまず私が」

親兵衛はまず鉄砲を頭上に撃ちました。ただし弾は込めません。空砲です。雁の群れは音に驚き、列を乱して高度を落としました。

親兵衛は鉄砲を捨ててすかさず弓に持ち替えると、それを狙ってヒョウと放ちました。続いて、鉄砲の中太も、弓の秋篠(あきしのの)将曹(しょうそう)広当(ひろまさ)もそれそれの武器を放ちました。三羽の(かり)が地上に落下しました。

ギャラリー「おお、全員が成功だ。さすがみな名人だな」

三羽の雁が、政元の目の前に並べられました。

政元「うーむ… この勝負、犬江どのの勝ちと言えよう」
中太・広当(ひろまさ)「えっ、なんで!」

政元「中太が撃ったこの雁は、首がもげておる。広当(ひろまさ)が撃ったものは、羽から背中に矢が抜けて死んでおる。犬江が撃ったこの雁は、羽を貫いておるのみだ。ほれ、まだ生きておる」

政元は、矢を抜いてその雁を空に放ちました。雁は元気に羽ばたいて去っていきました。

中太「そんな基準は聞いていない!」
政元「(かり)は、列を乱さずに飛ぶ、礼儀の鳥と言われておる。それの扱いとして最も正しかったのは、犬江どのだ。大体、空砲を撃って狙いやすいところまでおびき寄せたアイデアも彼のものだしな。やっぱり勝負は明白だ」
中太「くっ…」

4戦目もまた、親兵衛の勝ちということになりました。


親兵衛「さて、終わりですか?」

進行役「いえ、次が最後です。馬に乗って、鉄の棒で戦うのです。犬江どのはこれを使うこと、と指定されております」

アシスタントが、数人がかりで、50キロの鉄の棒を運んできました。三国志の関羽が持っていた偃月(えんげつ)刀がこのくらいの重さだったと言われています。政元が、親兵衛を試そうとしてこんなものを持たせたのですが…

親兵衛は、なるほど、とつぶやき、それをひょいと持ちあげて、ブンブンと素振りしてみせました。これを見た全員が、常識はずれのこの怪力にポカンと口をあけました。

この会場に、馬上にふんぞり返りながら、徳用が入ってきました。自慢の40キロの鉄の鹿杖(かせづえ)… だったのですが、親兵衛がもっと重い鉄の棒を軽々と操っているのを見て、目玉が飛び出ました。

親兵衛「(にっこり)最後はあなたですか。この間、私の力はイヤというほど見せてあげたつもりですが、またやるんですか」

徳用「だまれ、今度こそはキサマを、十万億土(じゅうまんおくど)に送ってくれるわッ」

試合開始の太鼓が鳴りました。さっそくお互いが馬を寄せ、手にした武器をガンガンとぶつけ合って戦います。一発でもヒットすれば、粉々になることは確実です。

実は、必死で戦っているのは徳用だけです。親兵衛は、「これ殺しちゃうと、偉いさんの息子だから、面倒になるだろうなー」と思いながら手加減しているだけです。そうしているうちに、徳用の方は、いいかげん自分の武器の重さに疲れてフラフラになってきました。前回と同じパターンです。懲りないですね。

親兵衛は、ガツンと徳用の杖を打ち落として、馬を近づけると眉間をパンチしました。それで相手の気が遠くなったところを、今度は腰の帯をつかんで、頭上に高々と持ち上げてしまいました。

親兵衛「どうだ、降参するか。この毛むくじゃらを、投げ殺そうか、それともそっと置こうか!」

桟敷(さじき)から、香西(こうさい)復六(またろく)が席を蹴って立ち上がりました。「殺すな、殺さないでくれ! お前の勝ちだ」

この一言ですべて終了しました。親兵衛は救護班のもとに徳用をそっと下し、自分も馬から降りると、桟敷の政元に近づいて礼をしました。

政元「あっぱれだ! 将軍には、お主は古今独歩の勇士であると報告しておくぞ。私も感動した。これをつかわそう。もらってくれ」

政元は、若鮎(わかあゆ)という名刀を親兵衛に差し出しました。親兵衛は遠慮しましたが、無理に渡されてしまいました。

親兵衛「どうもありがとうございます。何人か、ケガをさせてしまったのは残念です。私はよく効く薬を持っていますから、あとで配っておきますね。では…」

こうして親兵衛は宿舎に戻っていきました。親兵衛が配った薬で、ケガ人は(徳用も含めて)数日ですっかり完治しました。負けた者たちは、しばらく引きこもってしまいました。

この戦いの評判はたちまち京全体に広がり、「軍神」親兵衛の名前は、京で知らないものがなくなってしまいました。疫病神を防ぐお守りとして「犬江親兵衛」の名前を書いた札を玄関に貼るのが流行しました。

もちろん、与四郎(よしろう)紀二六(きじろく)もこのウワサを聞きました。親兵衛が無事であったことには安心しましたが、「これって、上に気に入られて、よけいに帰れなくなるパターンなのでは…」と心配もしました。


二人が心配したとおり、政元は、それ以来、親兵衛が大好きになってしまいました。しょっちゅう親兵衛を食事に誘ったり、話し相手にしたり、物を贈ったりしました。ただし、親兵衛は礼儀を固く守ってこれに対応し、贈られたものはすべて、日時と品目の記録をつけて、箱の中にしまい込むのみです。

政元は、親兵衛がちっとも打ち解けてくれないことを不満に思い、つい、恨み言を漏らしました。「なあ犬江どの、私が送った若鮎の名刀を腰にさして見せてはくれないのか。また、衣装もいくつか贈ったではないか。着てくれないのか」

親兵衛「ははっ。さしたる功もない私めに受けたる過分なご恩には、この上なく感謝しております。ただ、この短刀は神から授かったもの。大刀は里見の老侯から授かったもの。衣装は里見の殿から賜ったもの。すべて、肌身から離すわけにいきません。望郷の身には、これらの慰めなしでは耐えられないのです。どうかお察しくださいませ。今一番の願いは、すみやかにお(いとま)をいただくことのみでございます」

政元は、親兵衛がひたすら帰りたがっているのを悲しく思いました。

政元「なるほど、よく分かった。しかし、上の許しが出ないため、(いとま)を与えるわけにはいかんのだよ。もうしばらく待ってくれ。ひょっとしたら、将軍がお主をひどく気にいって、里見から引き抜こうと考えるかも知れんぞ。そうしたら里見には断ることはできないはずだ…」
親兵衛「…」
政元「それに(ちな)んでだが、お主に秘かに聞きたいことがある。これはある筋からの情報なのだが、里見(さとみ)結城(ゆうき)が我々に反逆を企てているというのは本当だろうか。今年の4月ごろ、結城の古戦場で、こうこう、こういうことがあったというじゃないか…」

政元は、徳用から聞かされた情報をつぶさに親兵衛に聞かせました。親兵衛は、話の内容があまりになのに呆れました。

親兵衛「それは伝聞の誤りかと存じます。私も現場にはいましたからすべて知っていますが、結城で法要を行ったのは、せいぜい30人です。将軍家に無礼にならないよう、こっそりとだけやりましたよ。それを、徳用さんたちが難癖をつけて襲ってきたから、やむなく防戦しただけです。また、里見や結城が京に逆心をいだいているなんてとんでもない」

政元は、親兵衛の話し方には真実味があると考えました。「なるほど。よろしい、どちらが本当か、私なりに調べてみるまでだ。すまなかったな」

政元は、事の真偽を確かるために、その日の晩、すぐに関東にスパイを放ちました。


それにしても、政元はいよいよ、親兵衛が慕わしくてならなくなってしまいました。

政元「なんなんだろう、この気持ちは。まさかこれは恋なのか。修行として女色(にょしょく)を断ってはいるが、だからといって別に男が好きなわけもないのに。しかし、ついつい、彼と臥所(ふしど)をともにするという妄想さえ頭によぎってしまうことがある。彼に帰ってほしくない…」

政元はその後も、親兵衛にいろいろな形でモーションをかけてみるのですが、親兵衛はひたすら礼儀正しいのみです。そして、チャンスさえあれば、「早く帰りとうございます」という一言を挟むことを忘れません。

親兵衛は、ひとりのときは、窓からじっと空を見つめるのみです。「もう冬か。虫の音も聞こえなくなってしまったな…」


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