144. クソ野郎たちの宴
■クソ野郎たちの宴
細川政元は、自分のミスから京に出現させてしまった虎を、意地でも退治しなくてはいけないという状況に追い込まれました。
政元「例の達人たちをすべて招集して、総力であたらせよう」
政元が声をかけたのは、武芸大会で親兵衛と戦わせたあの5人です。すなわち、秋篠広当、澄月香車介、鞍馬海伝、無敵斎経緯、種子嶋中太。これら五人は、あわせて「京の五虎」と呼ばれています。虎狩りにはもってこいですね。また、例のツブテの紀内鬼平五も招集しました。
このうち、秋篠は、内裏の警護に駆り出されているので来られません。(彼は北面の武士のメンバーなのです)
また、香車介は、前回の敗北がよほど恥ずかしかったのか、ずっと引きこもっており、今回も病気と称して出てきません。
出てきたのは鞍馬、無敵斎、種子嶋、鬼平五です。しかしこの4人に例の虎狩りを命じてみたところ、
4人「山にいる虎をやっつけるのは、山のプロである狩人たちでも難しかったのですから、我々も不利です。虎が京の町に入ってくるのが一番の懸念なのですから、賀茂川の手前の河原で待ち伏せていて、そこに来たら戦いますよ。地の利もある」
4人が怖じ気づいているのは明らかですが、一応、言っていることにも一理あります。政元は、それでよいからさっそく実行に移すよう命じました。
4人が出て行ったあと、さらに徳用も呼び、こちらには祈祷のパワーで虎を調伏するように命じました。
徳用「やりましょう。私の法力をもってあたれば、ちょうど三週間で虎は消滅することでしょう」
そうして護摩壇を組み、大層な様子でモゴモゴと経っぽいものを唱え始めましたが、それから数週間経っても、虎のウワサと、白川山の住人からの苦情はやみません。五虎のメンバーのほうは、河原に集まってグズグズしているだけです。
政元「どいつもこいつも頼りねえ…」
政元は、もうひとりだけいる心当たりに、若干気が重いながらも相談することにしました。なんせ、彼はゲストですからね。彼に頼まなきゃいけないほどの人材難なのかよ、などと思われたくはないのですが…
政元「犬江どの、相談があるのだが」
親兵衛「なんでしょう」
政元「ひとつお主に贈りたいものがあってな。縁側に連れてきている」
親兵衛「ほう… おおっ」
親兵衛が見たのは、全身が青く、タテガミと尾と足だけが白い、実に見事な馬です。
政元「走帆という名がついている」
親兵衛「(馬の各部を確かめて)これはまさしく名馬。千里の馬と言って差し支えない。これをくださるというのですか。なんと、有り難き幸せ!」
親兵衛は妙に大げさによろこんでいます。
政元「今まで刀とか衣装とかあげたときには、そんなに喜んでくれなかったじゃん?」
親兵衛「いやあ。いずれお暇をいただいたときに、この馬に乗ってなら、すぐに安房に帰れるなあと思って、とても嬉しく思ったのでございます」
政元「(ちぇっ、また帰る話なのか…)」
政元はやっと本題に入りました。「えっとね、最近の虎のウワサは聞いてるかな」
親兵衛「ええ」
政元「なら細かい説明は省くけど、あれの退治に非常に困ってるんだよ。人力でもダメ、法力もダメ。政権内での私の立場も悪くなってくるばかりだし… どうしたらいいと思うかね」
親兵衛「なるほど… それではあえて直言いたしますが、世が悪政で乱れるときには、ああいう妖怪が出てくるものです。回り道のようにも思えましょうが、正しい政治につとめること、これが一番の対策かと」
政元「まあ、そういう話が、世のインテリからあがっていることは知ってるよ。しかし今は緊急なのだ。なんというか、もっと手っ取り早く…」
親兵衛「さしあたっての虎退治ということですね。あれは人を傷つけるということですから、必ずこちらの物理攻撃も通るはずです。また、少しは霊的な要素もありますから、それには鳴弦の法術が有効です。これをあわせると… あれに立ち向かうにもっとも適した武器は、弓矢でしょう」
政元「お主に頼めるか」
親兵衛「(にっこり)やりますとも。今までお世話になった恩がやっと返せます」
政元「おおっ。うまくいけば、なんなりと褒美をするぞ」
親兵衛「ありがとうございます。そのときは、褒美として、お暇をくださいませ」
政元「ま、またそれか。虎退治に成功したら、将軍家が放ってはおかん。かならずここへの仕官を命じられよう。特別待遇まちがいなしだぞ」
親兵衛「もしそうなるのなら… たとえここでクビをはねられるとしても、虎退治を手伝うことはできません。今から私は命を賭けるのです。どうかご賢察を」
政元「ああ、もう! わかったよ。負けたよ。虎退治したら、安房に帰っていいから。殿にもそう言っとくから」
親兵衛「ありがとうございます! じゃあ、虎を退治したら、ここに戻らずにその足で帰っていいですか」
政元「い、いいとも」
親兵衛「退治できないときは、その場で死にます。そのときはすみません」
政元「…」
親兵衛「で… 虎をやっつけて安房に帰るそのときは、関所をいくつか通ることになります。どうか、今のうちに、関所を通る証文をくださいませ」
政元「今? ずいぶん急ぐじゃないか。その証文を今渡すとして、それをお主が悪用して、虎退治をすっぽかして帰ってしまわないという保証は?」
親兵衛「(にっこり)私がそんなことをする人間なら、とっくにここから逃げているはずではないですか」
政元「…」
政元は、サラサラと証文を書き、花押を書き入れました。『虎を退治した功労者、犬江親兵衛を通すこと』
親兵衛は、大喜びでそれを受け取り、懐に収めました。「さっそく準備をととのえて出発します! 今までお世話になりました!」
政元「うちの兵は貸さなくていいのか」
親兵衛「大丈夫、安房から来た連中がまだ滞在しているはずです!」
親兵衛は、走帆にまたがると、騎馬の礼で別れを告げ、そしてピュッと出ていきました。
親兵衛の宿舎近くには、そのとき、いつものモチ売りに化けた紀二六がうろついていました。親兵衛はそれを見つけます。
親兵衛「やあ、モチ売りどの! 先日の特製のモチはうまかったぞ」
紀二六「それはどうも」
親兵衛「頼みがある。今からすぐに手紙を書くから、それを、姥雪代四郎という男に渡してくれ。滞在中の宿も教える」
紀二六「はい! ちょうど商売も終わりました。今すぐやります!」
親兵衛は、サラサラと扇のウラに手紙を書いて渡すと、たのむぞ、と念を押して、門から外に飛び出していく紀二六を見守りました。
犬江親兵衛が虎退治を命じられた、というウワサを聞いた徳用は、嫉妬で居ても立ってもいられなくなりました。
徳用「あいつが万一にでも虎退治に成功してみろ。将軍家の重臣になって領地をもらい、たぶん雪吹姫の婿となるだろう。くそう! さらに、オレの方は愛想を尽かされるだろうな。武芸もダメ、祈祷もダメ。いいかげん、京を追い出されるかも」
堅削「どうします」
徳用「もうなりふり構っていられるか。五虎の連中をそそのかして、犬江のガキを闇討ちにしてくれるまでだ。みんな、武芸大会の恨みがあるから、必ず乗ってくる。その後、関東のあたりに逃げちまおう」
堅削「なるほど。ついでに、雪吹姫もさらっていきましょうか。道中、楽しくなりますからな。ゲヘヘ」
徳用「お前もなかなかの悪党だな。遊んだあとは売っぱらえばカネにもなるしな。よし、方針は決まった。さっそく五虎の連中に声をかけよう…」
さて、この2人のクソ野郎とは別に、引きこもり中の澄月香車介は、別にある計画を実行に移そうとしていました。今から紀内鬼平五(ツブテの人ね)を殺しに行こうというのです。
香車介「あのクソツブテ野郎のおかげでおれは大恥をかいたんだ。あれ以来、家臣をやめろだの、腹を切れだの、そんな悪口だけで某掲示板のスレが★100くらい伸びている。さらにあのツブテ野郎は、オレを差し置いて、五虎の連中と一緒に虎退治のチームに組み入れられたというじゃないか。許せん。ついでに、それで何とも思っていない五虎たちも許せん。全員に復讐してやる…」
なんか、色々と逆恨みもいいところですね。
香車介の作戦は、白川から賀茂川のあたりの住人に、デマを流すところから始まりました。例の虎が、住人たちの夢の中に現れて予言をしたというものです。すなわち、虎が「今から白川山を降りて、賀茂川を渡って京に乱入するつもりだ。その際、河原を守っている五虎達を、雑兵たちもろとも皆殺しにする予定である」と言ったというのです。
この作戦はうまくいきました。ウワサの内容を先に知った雑兵たちが、ボス達(五虎)を見捨てて逃げる算段をはじめたのです。
雑兵A「俺たちまで巻き添えになるらしい。そんなのはたまらん。逃亡しちゃおうぜ。あの威張り散らすばっかりの五虎のクソ達には、実は嫌気がさしていた」
雑兵B「近江の六角のところに逃げよう」
雑兵C「いや、下っ端ばかりでそんなところに行っても相手にしてもらえない。むしろ、京の管領さまにチクりにいくのがいいんじゃないか」
雑兵D「どうチクる」
雑兵C「ボス達が、虎退治の成果があがらなくて罰を与えられるのがイヤで、先手を打って謀反を起こそうとしている、とか」
雑兵D「それ採用」
雑兵A「ちょうどさっき、不吉な風が吹いた。きっと虎が現れる前兆だ。すぐやろうぜ」
雑兵たちは、こう相談すると、こぞって逃亡しました。さらに、京から謀反を鎮圧するための軍が到着したら、これに参加して五虎たちを率先してやっつけるために、河原からちょっとだけ離れた場所にとどまることにしました。
やがて五虎たち(実際にはここには4人しかいないのですが、便宜上、五虎で続けます)は、部下たちがすっかりいなくなっていることに気づきました。今まで、仮設の小屋の中でダラダラ日々を送っていただけなので、気づかなかったのです。
鬼平五「むっ、誰もおらん」
鞍馬「バカにしおって。(そばの使いに)とっとと連れ戻してこい」
種子嶋「くそっ、今、虎が来たらどうするんだよ」
無敵斎「ついさっき堅削たちが来て、犬江を殺して云々という密議をしていったが、それどころじゃないな」
ここに、香車介が現れました。
香車介「やあ、みなのもの。ささやかながら差し入れを持ってきたぞ。私だけ仕事に漏れていて心苦しい限りだが、せめてと思ってな…」
香車介は、七人ほどの手下に、酒とツマミを担がせて慰労に訪ねてきたのでした。
鬼平五「おおっ、嬉しい。そして香車介どの、お主に久しぶりに会えたのもうれしいぞ。いつかはツブテをお主にぶつけてしまい、すまなかった。あれ以来、詫びるチャンスがなくて辛かったのだ」
香車介「なに、そんなことは気にしていないさ。どうぞ、飲んでくれ」
酒がどんどんと振る舞われました。五虎(と鬼平五)はベロベロに酔っぱらいました。
香車介「ほら、まだまだ飲めるだろう。グッといけよ」
鬼平五「いや、もう飲めぬ。死んでも飲めん」
香車介「ほう。じゃあ試しに死んでみるか。例のツブテの恨みはこうだ」
香車介は今までのにこやかな顔をかなぐり捨てました。そして腰の刀を抜くと、鬼平五の首をすっぱりと斬り落としました。
無敵斎「気が狂ったか香車介」
香車介「うるせえ(斬る)」
無敵斎も傷を負って倒れました。香車介の手下たちも、槍を次々と構えました。そのうちの一人は無敵斎にとどめを刺します。
鞍馬と種子嶋は、酔っていてもさすがは名人、なんとか調子を取り戻すと、香車介と切り結びつつ、その手下たちも次々と倒しはじめました。
ドロドロの乱闘です。
そこに、京への密告を終えた雑兵たちが、様子を見に戻ってきました。小屋の中で何が起こっているのか、驚きのあまりはじめは分かりかねましたが…
雑兵の小頭「なにやら内輪モメになったらしいな。まあ、ちょうどいいさ」
そうして、鉄砲隊を突入させ、血だらけでフラフラになっていた生き残りを全員、つるべ打ちにさらして射殺しました。