145. 虎より人のほうが怖くね?
■虎より人のほうが怖くね?
五虎たちにつけられていた雑兵たちの小頭は、藻洲千重介と三田利吾師平といいました。虎に殺されるのがイヤで、結局、自分たちのボスと、たまたま来ていた澄月香車介の一行を鉄砲で皆殺しにしました。
千重介「こいつら5人のクビを取って帰って、『謀反のために隣国に走ろうとしていたから殺したんです』って報告しよう。みんな、口裏をあわせるんだぞ」
雑兵たち「はーい」
このとき、鞍馬たちに命令されて逃亡兵たちを探しに出た連中が戻ってきました。千重介は、証拠隠滅のために、これらもみな不意打ちで射殺してしまいました。
千重介「これで、ウソがばれる可能性もなくなった。フ、フフフ。我々は、謀反を未然に食い止めたと言うことで、褒美がもらえるだろうな」
さて、5つの首級をもって、雑兵たち200人は城に戻りかけました。そこに、謀反の速報を受けて中央から派遣された野見鳥真名五郎が、500人近い兵をつれて現場にかけつけようとするところにぶつかりました。
真名五郎「お前らか、謀反の報告をよこしたのは」
千重介「はい。しかし首謀者たちをみな殺し、首級を持ってきたところです」
真名五郎「(クビを見て)それはでかした! 謀反は未然に食い止められた。しかし、すでに観音寺の六角たちに連絡がついているとしたら、そいつらが攻めてくる可能性もある。例の河原まで行って、様子をもうすこし確認しよう。千重介、案内しろ」
千重介「はい」
こうして、真名五郎と千重介たちは賀茂川の河原に行き、吾師平たちは細川政元に報告するために引き続き城に向かいました。
さきほど惨劇のあった、河原そばの詰所に到着しました。まだ死体がたくさんちらばっています。真名五郎はそれらをざっと検分します。「むっ、鉄砲傷と、刀の傷がいろいろ混じっている。ここで何が起こったんだ?」
真名五郎が不審がっていると、死んでいると思った兵のひとりが、かすかにうめいているのを見つけました。
真名五郎「おっ、お前はまだ生きているな。しっかりしろ。ここで何があったのか教えてくれ」
また、建物の外に倒れている兵たちのなかにも、生き残りがひとりいました。彼にも手当をほどこし、事情を聞きました。これら2人の証人から、真名五郎は実際には何があったのかを知ることができました。すなわち、
○ 千重介をはじめとする雑兵たちが、虎が怖くて逃亡を図った
○ 今回の虎退治メンバーに漏れた香車介が、逆恨みから五虎を襲い、刀による乱闘があった
○ この乱闘で弱った五虎と香車介を、千重介たちが銃殺した
真名五郎「なるほどな… おい、者ども! 千重介たちを今すぐフン縛れ。城に向かった吾師平たちもだ。誰一人逃がすな」
こうして、雑兵たちのもくろみはすっかり失敗し、首謀者である千重介と吾師平は、さんざん拷問をうけたのちに斬首刑となりました。鉄砲で味方を殺した連中も同様に死刑に、また、それ以外の大勢は島流しの刑になりました。例の「五虎」たちも、全員、跡継ぎを立てることを許されずに家系断絶となりました。
(五虎の中で、秋篠広当だけは無事でした。彼は、例の武芸大会のときも一切ズルをしようとせず、まわりのクソ野郎たちとくらべてずっと高潔な性格だったのです。彼はあとでまた活躍しますよ)
今回の事件は京の人々にすぐ広まり、今の政権のダメさがすっかり笑いものになってしまいました。「虎が人を殺すどころじゃねえや、人が人を殺してるんじゃねえか」
細川政元も、この顛末にすっかり落ち込みました。「バカばっかりだ…」
さて、場面は変わって、徳用と堅削があれからどうしたかに話を移します。彼らは白川山に向かった親兵衛を闇討ちに行こうとしているのですが、その前にどうせならということで、細川政元の養女、雪吹姫をさらうことにしました。今は夜です。
徳用はここの女房たちにそこそこ顔が売れているので、付近に忍び込んでもそれほど不自然ではありません。
徳用「(物陰から)もしもし、○○さん。ちょっと来てくれますか」
女房A「おや徳用さまですか、何です…」
徳用は死角に女房を連れ込み、首を絞めて殺しました。同じ手口で、もう一人の女房も殺しました。そして、雪吹姫のいる部屋のふすまをサッと開けます。
雪吹「あっ」
徳用「うるせえ、騒ぐな(猿ぐつわをかけて縛る)」
徳用は、隣の部屋にあった経櫃に雪吹姫を押し込めてフタをすると、これを背負って屋敷の塀まで走りました。そこには堅削が迎えに来ており、協力して櫃を塀の向こうに持ち上げて運びました。
徳用「よし、今のところ首尾は上々だ」
堅削「徳用さま、お得意の鹿杖もお屋敷から持ってきましたよ」
徳用「おっ、気が利くな。重いのによく運んでくれた。いよいよ調子がいいぞ」
徳用と堅削は、この杖と経櫃で即席のカゴをつくり、前後をかついでエッホエッホと走りました。やがて、賀茂川を超えてずっと向こうの、白川山に近づくところまで来ました。
徳用「フー、さすがに休憩をとるか」
堅削「ゼー、ゼー」
二人は清水を飲んですこし休みました。
徳用「おい、五虎の連中には、犬江を闇討ちすることを伝えてあるんだろ」
堅削「はい、みんな喜んで、協力を約束してくれましたよ」
徳用「今から河原の陣まで行って、彼らと雑兵たちを呼んできてくれよ」
堅削「アイアイサッ(闇夜の中、走って行く)」
少したつと、堅削がひとりで帰ってきました。
堅削「誰もいる気配がありませんでしたよ」
徳用「なんだ? もしかして、奴らは先に山に入ったのかな」
堅削「そうかも。我々も急いで追いつきましょう」
(堅削が河原に行ったのは、ちょうど、詰所の中に五虎たちの死体が転がっており、雑兵たちが城に戻りかけるタイミングだったのでした)
徳用たちは、鉄砲も持ってきていました。山の入り口からは、火縄を準備して、やや慎重に山道を登っていきす。少し行ったところで、古いお堂を見つけました。
堅削「ちょうどいいです。経櫃だけは、ここに隠して置いていきましょう。犬江を始末してからゆっくり取りに戻ればいいんですから」
徳用「そうだな。この堂は… ふーん、青面金剛の庚申殿か。庚申なら、泥棒の味方みたいなもんだ。ちょうどいい」
徳用たちは、少し奥に箱を降ろすと、フタを外して中から姫を助け起こしました。雪吹姫は泣いています。
徳用「おお、姫よ、少々無茶をしてすまなかっな。仕方がないことだったのだよ。腹は減っておらんか。弁当があるぞ。私は本来、優しい男なのだ…(頬ナデナデ)」
堅削「ちょっとちょっと、そういう話をするのはあとにしましょうよ…」
このとき、お堂の向かい側から、一陣の風が吹いたのを二人は感じました。
徳用・堅削「ん?」
振り向くと、そこには、例の虎が、地面をガッシリと踏みしめて立っていました。爪をむき出し、尾を立てて、鏡のような瞳で獰猛に二人をにらみつけています。
徳用・堅削「う、うおおっ!!」
堅削はすぐさま虎に向かって銃弾を放ちました。虎には当たったはずなのですが、一向に効いている様子がありません。これでパニクった堅削は、銃を振り回しながら逃げ道を探しますが、そこに虎が襲いかかって鼻先で突きのめらすと、片足をバクリと食いちぎりました。
徳用「お、おのれ」
徳用は鹿杖をひっつかむと外に出て、やたらめったらに振り回して虎に当てようとしますが、虎は俊敏なフットワークでこれをかわし、徳用の頭上を何度もジャンプしながら翻弄します。
徳用は杖を振り回すのに疲れて(本当こればっかり…)これを落としてしまい、あわてて腰の短刀を抜こうとしたところ、その右手を虎に食いちぎられました。倒れたトックリから酒がこぼれるように、ドクドクと血が流れ出ました。
そうして気絶してしまった徳用と堅削を後目に、虎はふたたび草の中に消えました…
さて、また場面は変わります。時間はさかのぼって、紀二六が、親兵衛からあずかった扇の手紙を代四郎に見せているところです。手紙にはこう書いてありました。
「今日の夕方、白川山に入って虎退治をすることを命じられました。生きるか死ぬかは五分五分くらい。生きて虎を倒せたときは、そのまま坂本の関所から木曽路に入って安房に帰ります。坂本の向こうで待っていてください。もし私がしばらくそこに現れなかれば、死んだということですから、殿たちにはそう報告してください。これ絶対ね」
代四郎「おっそろしい話だが、親兵衛さまなら、例の虎も倒せるのかも。伏姫が守ってくださっているからな。しかし、だからといって、何も手伝わずに先に行っていろなんて…」
紀二六「そうですよねえ。私は照文さまの代わりもここでつとめているのに、そんな給料泥棒みたいなことをすれば、照文さまにも恥になる」
代四郎「よし、ワシらだけは、こっそり親兵衛さまを手伝おうぞ」
紀二六「そうしましょう。しかし、『絶対ね』とか念を押されていますが…」
代四郎「だから、ほとんどの兵は、阪本の向こうにやっておくのだ。それならまあ、許されるのじゃないかな。ワシらは、ちょっとだけ兵をつれて、日がくれたら白川山に登ろう」