150. 一休さんにガチ説教される話
■一休さんにガチ説教される話
京で起こった虎騒動はすっかり収束しました。その元凶のひとつであった虎の掛け軸は、やがて将軍や帝が見るところとなり、それぞれが絵師の筆の冴えに感心し、これがもたらした事件の詳細を聞いてその不思議さにおおいに驚きました。
その後、掛け軸は、銀閣に住む先代将軍・足利義政が所有し、珍重するものになりました。もともとはこの人の美術趣味を満たすために探してきたものですしね。
ある日、ひとりの年老いた僧侶が、フラリと銀閣を訪ねてきました。なんと、かの有名な大徳寺の一休和尚です。
義政「おおっ、一休和尚。ずいぶん久しぶりではないか。歓迎するぞ」
一休「どうもどうも、ふと思い立ちましてな」
それからしばらく、茶を飲みながら二人で雑談していましたが、
一休「あの虎の絵… ひょっとして、ウワサのアレですか。巨勢金岡の」
義政「お、もしかして、最近のあの事件をご存じか。ならば話は早い。そうそう、普段からこの絵について疑問に思うことがあるのだよ。和尚の知恵を拝借できると嬉しい」
一休「なんでしょう」
義政「あの虎に瞳を書き足すと、絵から飛び出て暴れることが最近証明されたのだが、ワシが絵師だったならな、最初から足に鎖でも描いておいたところだ。そうしたら万一のときにも安全ではないか。なぜそうしなかったのかな。こんな危険な状態のままで絵を世に出すなんて」
一休「ははあ」
義政「もうひとつある。この掛け軸を、巽風というヤクザな絵師に与えた美少年とは、いったい何者だったのかなあ」
一休「なるほど。多くの人も同じような疑問を持っているでしょうな」
義政「お分かりになれば、ぜひ教えてもらいたいものだ」
一休は、説明のために、愉快でないことも言いますがよろしいかな、と断りました。義政は了承しました。
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それでは拙僧の考えを述べますが… およそ国が栄えつつあるときには縁起のよい奇跡が現れ、国が亡びつつあるときには妖怪が現れたりするものです。この世はいつも変化するものであり、変化には必ずその前兆があるからです。この前兆の正体は、国をかたちづくる民の心を反映したものです。
義政さま。あなたは、国の政治にすっかり無関心で、手元に骨董品を集めることばかりに夢中になっておられる。そのせいで応仁の大乱が起こり、町は荒れ、貴重な書籍も焼けてしまった。あなたは、それでなお、茶碗ひとつ失ったほどの関心さえお持ちにならん。いよいよあなたは自分の「風流」のためにカネを浪費し、民の膏をしぼり取って、この銀閣などをお作りになった。
その民の恨みが凝り集まったものが、あの美少年であり、虎だったのですよ。
虎は、それに目を描いたがゆえに、人々を害した。あなた様は、変に骨董を見る「目」に目覚めたおかげで、カネに飽かさずそれを求め、民を痛めつけた。よくできた皮肉ではございませんか。
目覚めたといっても、やっぱりあなた様の目はまだめしい同然でございますぞ。茶の風流とは、有るものだけでこれを楽しむという、清貧の心がなくてはいかんのです。あなた様は、いまだ「風流人」でさえございませんな。
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思いもかけず、義政は一休にクソミソに言われてしまいました。瞬間的に怒りの衝動に駆られましたが、何かを怒鳴りそうになって、やはり思い直しました。「…そうかも知れん…」
義政「(憮然として)よくぞストレートに言ってくれた。私は反省する。骨董はみんな手放して、これからは、つつましい生活を送ることにするよ」
一休「さすが、よくぞお聞き入れくださった。その調子なら、もう虎が出てくることはないですよ。でも、まあ、この掛け軸だけは、私が処分していきましょうか」
義政「処分?」
一休「今からこの絵を成仏させます」
一休和尚は、掛け軸に向き直り、ブツブツと文句を唱えました。「人面獣心、人にあらず。獣面人心、この虎あり。一切皆空…」
そしてフッと息を吹きかけると、絵は一瞬で火に包まれ、灰も残さず燃え尽きてしまいました。
一休「では、これにてお暇します。どうか今の決心を忘れんでくだされ…」
こうして、来たときと同じように、フラリと去っていきました。
しばらく義政は呆然としていましたが、ふと思いついて、後ろに控えていた近習の熊谷と一色にたずねました。
義政「今までなぜか思い出せなかったが… おい、一休和尚は二年前にもう死んでいるんじゃなかったか?」
熊谷「はい、そういえば、年末の新聞の、物故者一覧に出てました。これはどういうことでしょう。確かにさっきのは一休和尚でしたよね」
義政「中国では、死んだものが仙人となって棺を抜け出し、山に棲むことがあるという。尸解というのだ。一休和尚もまた、仙人となって、私をいましめに訪れたのだろうか…」
さて、このエピソードをもって、京の話は今度こそ終わりです。長かったですね。場面は、親兵衛の帰りを待つ、安房の人々のことに移ります。
秋の終わりごろに、京に出ていた照文が、改姓の勅許を持って帰ってきました。もちろん義成たちは大いに喜んだのですが、親兵衛が京に留められているというのが心配として残りました。親兵衛自身も手紙で事情を述べましたし、照文も口頭でくわしくレポートしました。
この3日後、七犬士と丶大をあらためて稲村に召し寄せ、義成と義実は、犬士たちを金鋺氏とすることを宣言する儀式をしました。犬士たちは両殿と家臣たちにねんごろに喜びを述べました。丶大は、礼を欠かないようにはしていますが、終始無口で、必要なときに「はい」とつぶやくだけでした。
このセレモニーが終わったあと、改めて義実と義成は照文・丶大・七犬士を別室に呼びました。公式の場ではないので、若干みんなリラックスしています。
義実「んー、丶大はどうしたの? 来ないって?」
照文「儀式が終わったあと、すぐ帰っちゃいましたよ」
義実「(ニコリ)うん、まあ、気持ちは分かるさ。いいよいいよ」
さて、議題は、ほかならぬ親兵衛のことです。
義成「まず、照文、もう一度詳しい様子を教えてくれ。特に、京の管領・細川政元のことを」
照文「はい。かくかく、しかじか」
義成「うーん、やっぱり心配だよな。親兵衛を返してもらうために、どうしたらいいと思う?」
七犬士がそれぞれの意見を述べます。
道節「これについては、我々も昨日、額を突き合わせていろいろ議論した。しかし、どうもコレといった方法はありませぬ」
信乃「我々七人は、まずいろいろな試練があって、今のような立場に至ることができました。親兵衛は、たまたまこれと順序が逆なだけかもしれない、と思います。運命が与えた試練なら、きっとこなせるはずです」
荘助「管領が、将軍の命令といつわって親兵衛を留めているのは、単にその武勇が気に入ったからだろうと思います。特に彼を害する気持ちもないようですし、まあ、我々は待つくらいしかできないかと」
小文吾「親兵衛が万一向こうの家臣になるよう誘われたとしても… あいつは絶対にそんな話にはなびかない。きっと大丈夫ですよ」
大角「前漢の蘇武などは、胡国に19年も捕らわれたという記録がござる。今のところ、それと比べるほどの大事にはなっていないと思います。蘇武とは違い、代四郎、紀二六もいるのですから」
現八「決して京の権威をはばかるわけじゃないんだが、まあ、大体、こんな意見になったんですよ。どうしても親兵衛が心配なら、間諜を放って向こうの様子を調べるということも可能ではある」
義成「なーるほどなあ。…毛野は意見はないのかい? 一番の知恵袋のはずだが」
毛野「はい、特に他のみなさんと違いはありません。が、間諜を使うのは、危険ですね。京への往復にも時間がかかる上、もしも安房からのスパイがいると先方にバレたら、犬江どのを救うには逆効果。…もちろん、犬飼どのもこれは承知で、どうしてもという場合に限り、と言っているのです(現八、そうそう、とあいづち)」
義成「ってことは、結局、どうしよう?」
毛野「今まで、数々の戦いに勝ってきた合い言葉… 『寛』の一字に尽きるかと存じます。きっと年末までには何か新しい手がかりがあると思います。それまでは、待つこと、これのみかと」
義成は納得しました。
義成「確かに、それしかないか… 父上もそう思いますか」
義実「仕方ないか…」
この議題は、これで終了です。
義成「えーと、次の話なんだけど… 犬士たちには、領地の住人たちに戦い方を教えてやって欲しいんだ」
どういうことでしょう。続きは次回。