154. 風外道人とその弟子
■風外道人とその弟子
扇谷定正が戦争への協力を周辺に呼びかけてしばらくすると、11月の末ごろから12月はじめにかけて、各地からどんどんと軍が到着しました。
定正の軍、7000。その息子朝寧の軍、1000。朝良の軍、1500。
山内顕定とその息子五郎憲房の軍、1万。
顕定の手下、白石重勝と小幡東良の軍、それぞれ1500ずつ。
足利成氏の軍、2000。
千葉自胤の軍、1000。
長尾景春の軍、3000。
箙の大刀自の代理、稲戸由充の軍、1500。
大石憲重の軍、1300。その子憲儀の軍、500。
その他、呼ばないのに集まってきたそこらへんの野武士たち、5、6万。
全員が五十子の城に入りきるわけもないので、適当に外でキャンプを張る人々でごったがえしています。
足利成氏は、総大将という肩書きにつられて来てみたはいいものの、そこらへんの大将と同じように扱われてリスペクトを感じられず、大いに不満を持ちました。しかし今さら帰るのもカッコ悪いので我慢してとどまっています。
さて、おおむねそろったようなので、定正と顕定は将たちを集めて作戦会議を開きました。
定正「安房に近いのは、ダンゼン海路だ。柴浦から安房に大船団で渡って、一気に敵を攻めよう。陸路のほうは、少なめに軍をさいて、国府台と行徳を攻めながら安房に入ろう。これで、海路と陸路の挟み撃ちというわけだ。里見どもはひとたまりもなく降参せざるを得まい。そのあとは、犬士たちの八つ裂きパーティーだ。どうよこの作戦」
顕定「今は冬だぞ。海は寒い。手がかじかんで、自由に動けないんじゃないかな。むしろ敵のほうが海戦に慣れている見込みが高い。危険だと思うんだが」
大石憲重「しかし海から攻めるのは利点も多いです。順風が激しく吹く時を狙って、敵を火攻めにしてしまうという手もあるし。この前、三国志で読んだんだ」
顕定「そうそう都合のよい風が吹くかなあ…」
定正「風の具合は、現地の住民が詳しいだろう。明日は柴浦まで行って、そこの民にいろいろ聞けばためになるはずだ。なあに、我々に武運があれば、きっとよい風が吹くはずだ」
こんな感じで軍議は終わり、定正たちは、次の日に小部隊を連れて柴浦に行きました。そこらへんの住人に、安房や上総に渡るコツを聞いてまわります。
住人「ここから上総の木更津までなら、一晩で行けますよ。もうちょっと右に逸れれば洲崎だ」
定正「フーン、まあまあの情報だな」
こんな感じで調査をしていると、ふと、近くに一人の占い師がブースを出しているのを見つけました。向こうでも定正たちを見ると、「殿方、占いにご用はござらんか」と声をかけます。
定正・顕定「ほう。易者か…」
憲儀「おいお前、名はなんという。ここにいますは、関東の両管領であるぞ。お主の占いに興味があるとおっしゃっておる」
占い師は、偉い連中を目の前にして特段ひるむ様子もありません。「赤岩百中と申す。生活のため、各地を放浪する占い師でござる」
定正「ひとつ占ってみてくれんか。私の宿望が、成就するかしないか」
百中は、「ようございます」と返事すると、しばし目を閉じて、袖の中でモゾモゾと占いをしました。そして、結果を見てニッと笑います。
百中「巽為風。逆らう者を討ち、敵の国に入るの義ですな。それは風の助けによる。巽の方角はすなわち南東。水路から安房に入り、順風をもって敵を制する、と出ております」
定正と顕定はこれを聞いてよろこびました。「うっひょう、これはすばらしい予言だ。当たれば褒美ははずむぞ。そこまで分かるのなら、その風がいつ吹くのかも分かるか」
百中「今から数えて20日と出ています」
この占いはあまり二人にとって嬉しくありません「そんなにあとか… それまで待っていては兵糧がなくなって、兵を維持できんぞ」
定正「なあ、もっと早く風が起きるような方法はないか。おぬし、なにか術を持ってはおらんか」
結構な無茶振りですが、百中は驚きません。
百中「私にはまだできません。修行が足りないのです。師匠ならそのくらいやっちゃいますが」
定正「お主の師匠ならできるのか」
百中「あの方はマジでヤバいですよ。風外道人といって、鬼神をつかい、雨、風、思うがままです」
定正「紹介してくれ」
百中「ええ、お望みなら案内しますが…」
定正「礼はどのくらい用意すればよい」
百中「あの方は無欲です。依頼人の心意気を見て、気に入ればそれだけでやってくれますよ」
百中はブースを畳み、定正たち10数名の騎馬を案内して、谷山のふもとで馬を下りさせると、その中腹にある洞穴に皆を連れて行きました。
百中「師匠、帰りました。お客を連れています」
洞穴の中にゴザを敷いて座禅を組んでいるのは、ガリガリの体にボロボロの衣をまとった老人です。ドクロで香を焚いているのが、なかなか邪教っぽい感じです。
道人「どんな客だ」
百中「客は、扇谷・山内の両管領なのです。こうこう、こういうワケで、安房を攻めるために風を起こしてほしいと」
道人「なんだと、戦争にワシのワザを使うというのか。そんなものは断る」
百中「師匠、これは正義の戦争なのですよ。関東八州に平和をもたらすものなのです」
定正と顕定も、道人の機嫌をそこなわないように必死です。
顕定「そう、正義の戦争です。こんなところまであなたに会いに来た我々の誠意を察してくだされ」
道人「フーン… そういうことならやってみるか。いつ、どちらの方向の風が欲しいのだ」
定正「北西の風。もう兵はそろっているので、早いうちがよい。4、5日以内に吉日はありますか」
道人「今が12月4日… うむ、4日後の8日は吉日だ。一日中北西の風が吹くようにしてやる。どんなあんばいの風を吹かすのか、今からデモを見せてやろう」
風外道人は、洞穴の外に出ると、山の頂上に登りました。ほかの皆もついていきます。
道人はフトコロから小さな袋を取り出すと、額にあてて念じました。その途端に、北西の方向から激しい風が吹き始めて、石コロをとばし、木をしならせて、あたりは轟音が鳴りまくりました。立っているのがやっとです。
定正「道人、わかった! よくわかったから風を止めてくれ」
道人は祈念をやめました。さっきまでの風が、ウソのように止まりました。両管領は、道人のおそるべき法力にすっかり感服しました。
定正「すばらしい! これで我々の勝利は間違いなしだ。ただ、もうちょっとだけ弱めに吹かせてくれよ。船がテンプクしてしまう。注文はそれだけだ。戦に勝ったあと、ここにはたんまりと礼を持ってくるからな」
道人「いや、ワシは放浪の身じゃ。金銀財宝に興味はない。風を起こした次の日には、もう別のどこかに旅に出ておるよ。しかし… そうじゃ、この赤岩百中をおぬしらに貸そう」
道人「百中はな… もとは堀越公方に仕えておった某という男の息子なのだ。伊勢氏と戦をしたときにその親をなくしてな。ワシがこの孤児の才能を見いだして、弟子にしたのだ。風こそ起こせんが、こいつの易はなかなか奥義に入っておる。役に立つぞ」
顕定「なるほど、ありがたく彼を連れて行こう。ところで、ここから安房に行くには、具体的にどの港からどこを目指すのがベストであろうか」
道人「まず、高畷から三浦まで海岸沿いに進め。そこからピッタリ南東方向に出て、安房の先端、洲崎に着くがよい。回り道のようだが、かえって早いぞ」
定正・顕定「よくわかった!」
道人はそのとき何かに気づき、山の上から、不審な表情で海の向こうの様子を眺めました。
道人「フム… あの黒い気は… 百中よ、お主には見えるか」
百中「いえ、私には分かりません。師匠、お教えください」
道人「洲崎の方向だ。あれは、裏切りの色である。管領どの、敵側に、寝返りをくわだてるものがあるようだぞ。これも役に立てるがよいだろう」
定正・顕定「うおおっ、さらに戦が有利になるな」
道人「まあ、今の話は他の連中には秘密にしておいたほうがよいだろう。天運というものは基本的にネタバレ禁止なんじゃ。みだりに人に話せばウソとなってしまう。…さあ、あまり道草を食ってはいかんのではないかな、管領どの」
定正・顕定「うむ、その通りだ。お主の恩は忘れんぞ」
道人は、別れに際して、百中を励ましました。「よく働いてこいよ。そして、戦が終わったら、またここに戻ってくるがいい。名利の欲に迷ってはならんぞ」
百中「はい、師匠」
こんなわけで、赤岩百中は風外道人のもとを離れ、定正たちに連れられて五十子城に入っていったのでした。彼の正体は、いったい何角なんだろう! まったく謎ですね!
百中は、五十子城に入ると、定正・顕定・大石親子・白石・小幡だけが参加する作戦会議にも参加させてもらえました。その際、聞かれたことに的確な答えを返すので、百中はなかなか得がたい人材であると評価されました。
定正「小舟をたくさん買い入れたかったのだが、どこも売り切れだと言われたのだ」
百中「普通は小舟のほうが小回りがきいて戦闘には有利なのですが、今回は強い風が吹きますから、かえって大船のほうが有利ですよ。小舟はひっくり返っちゃいますから。これは里見の誤算に終わるでしょう」
定正「なるほどー」
会議の終わりごろ、百中はある提案を出しました。
百中「私の友人たちが、邈姑峯と多武沢の間に隠れ住んでいます。みな親の縁で仲間になったものたちで、海戦に非常に優れています。彼らをぜひ援軍に呼びたいです。三日あれば連れてこられるのですが」
定正「ほう、海戦に慣れているもの達なら、ぜひ欲しいな。三日で帰ってこれるのか?」
百中「はい。それについて、お願いがあるのです。相模の新井城で船を借りられるように口添えいただけませんか。それに乗って帰ってきたいと思います。そうして、そのまま先駆けとして戦に出たい」
定正「なるほど、よいだろう。城主の三浦に言っておく」
百中「船には柴と火薬を積んでおいていただけるようにお願いしてくれますか。これで敵を火攻めにするのです」
定正「わかった。赤岩百中に渡すよう、確かに言っておく」
百中「向こうに行ったとき疑われないように、割符などを預かってよいですか」
定正「なかなかよく気がつくな。よろしい、割符を渡そう」
百中「もうひとつ… 船で帰ってきたときに、一目で味方と分かってもらえるように、船印をつけておきたいと思います。いくつかもらえませんか」
定正「いいとも」
百中は望みのとおりに割符と船印をもらい、翌朝まだ暗いうちに、邈姑峯の方向に向かって走り去っていきました。
百中は、途中で道をそれて、風外道人の住む山に寄りました。そこで「今のところ、順調です…」とヒトコト連絡していきました。