155. パワフルな女たち
■パワフルな女たち
丶大法師と犬村大角に作戦をさずけて敵地に赴かせると、犬阪毛野はひとりで稲村に帰ってきて、義成に途中経過を報告しました。
義成「よしよし、お疲れだった。きっと八百八人の計は成功するだろうな」
毛野「だといいのですが。まだ若干、運頼みの要素も残っていますので…」
義成「いや、あの大角のことだ。きっと上手に敵に取り入ったに違いないさ」
毛野「ははっ。ともかく、彼からは近いうちに報告があるはずです。そうしたら今度は、犬村どのを援護するための兵を150人ほど、頭人をつけて派遣したいです。できるだけ船に強い人達を」
義成「よし。その頭人には貞行の甥、堀内雑魚太郎がふさわしいかな」
毛野「いいですね」
(雑魚太郎というと変な感じの名前ですが、以前、素藤戦のときに、貞行のもとで活躍したんですよ)
義成「そうだ、このついでにちょっと意見をききたいことがある。千代丸図書介豊俊のことを知っているだろうか。彼は前の素藤戦のときに向こうの味方をして、里見と戦って破れた。彼の身柄は貞行があずかっているのだが…」
毛野「はい」
義成「この豊俊は、強く反省していて、最近はひたすら恩赦を請うているのだ」
毛野「と申しますと」
義成「死刑を免じられたことに感謝し、その恩に応えるため、命をかけて里見の役に立ちたいというのだが」
毛野「それは… 非常に都合がよい!」
毛野は、あつらえ向きの人材が現れたことを大いに喜びました。
義成「急にどうした」
毛野「犬村どのだけでなく、もうひとりほど、敵地に潜入する間者が欲しいと思っていたところなのです。誰か、里見に恨みを抱いても自然な人を、と考えていたのですが… 彼は適任だ!」
義成「な、なるほど。しかし、まだ、恩赦を与えるかどうか決めかねているのだ。彼が言ってることは本当かなあって。ここに残っている五犬士にも意見を聞いてみたが、なかなかみんな確信が持てないでいる」
毛野「ぜひ、貞行どのの屋敷まで行って見極めるべきですね。さっそく手配します。彼が信用できる場合は、彼と一緒に、音音さん、曳手さん、単節さんも、縁者と偽ってつれていってもらいたいです」
義成「考えがあるようだな。うむ、まかせる!」
毛野は義成のもとを辞し、五犬士たちとミーティングを持ちました。今までのこと(大角と丶大のこと、豊俊のこと、音音たちのこと)をひととおり皆に話して伝えます。
道節「大角が丶大さまをそんなふうに説得したのか。寡黙な男と思っていたが、なかなかやるなあ」
荘助「彼は、ふだん黙っているぶん、ビシリと鋭いことを言いますからね。敵地でもボロを出さず、うまくやっていることでしょう」
現八「よしよし、ここから大角がもっと活躍したら嬉しいな。普段のあいつを見ているだけだと、ただの礼儀オタクと思われがちだからな。本当は凄いんだぞ、あいつは」
小文吾「まあまあ、犬村どののウワサはともかく… 毛野、音音さんたちを呼ぶって言ったな。すぐやろう」
信乃「今回は、手紙などと悠長なことを言わないで、直接迎えに行くのがよさそうですね。自分が行きますよ。犬田どの、一緒に行きましょうか。今すぐ出れば、夕方には滝田に着く」
小文吾「おうよ」
毛野「お二人で行ってくれれば安心です。よろしくお願いします。大殿にもよろしくお伝えください」
他の犬士たちも賛成したので、すぐに信乃と小文吾は準備を整え、滝田の方向に駆け去って行きました。
信乃と小文吾は、滝田につくと、まずは義実にあいさつに行きました。
義実「よく来た、よく来た。管領の連合軍が攻めてくるらしいというウワサは、私も報告を受けて知っているぞ。私はこのような隠居の身だから口は出さないが、義成と犬士たちがベストを尽くせば、きっとよい結果になるだろうと信じておる。もちろん、勝負は時の運でもあるのだが…」
信乃・小文吾「きっと勝ってみせます」
義実「うん。親兵衛がこの場にそろっていないのは残念だが… これも、後に何が起こるのか分からぬのだから、天命にまかせるまでだな。…ところで、何かワケがあって来たのだろう?」
信乃・小文吾「音音さんたちに協力をお願いすることがあって参りました」
義実「おっと、それじゃあ時間を無駄にしちゃいけないな。すぐ行きなよ」
二人は音音たちの宿舎を訪ねました。急のことだったので、音音、曳手、単節、妙真の四人はテンテコ舞いでもてなしの準備をしました。
信乃・小文吾「いつも気遣いありがとう」
妙真「いいえ、なんでもないことですよ。しかしこのたびは大変なことになってきましたね。この大事なときに親兵衛がまだ帰ってこられないのは残念です」
小文吾「まあまあ、その話はあとで。今日は、みんなに秘密のお願いをしにきたんです…」
明かりを囲んで、信乃は今回の話を小声で話しだしました。
○ 千代丸豊俊という男が、敵に間者として潜入する予定
○ それは、敵の船団が攻めてくる1、2日前にやる予定
○ そのとき、彼と一緒に行ってほしい
○ あらかじめ、皆は稲村に行って、豊俊と顔見知りになっておいてほしい
信乃「まあこんな感じです。音音さん、曳手さん、単節さんにお願いしたんです」
指名された三人は、「ここに置いてもらっている恩を、やっと返せる!」と大喜びしました。
音音「夫の代四郎が今回の戦に間に合わないのを、情けなく思っていたところですよ。よっしゃ、夫のぶんも、私はやったるぞ!」
曳手・単節「力二と尺八は乳離れもできていますから、安心して置いていけるわ! 妙真さん、すこしの間、子供たちを頼みますね」
妙真はふしぎそうな顔をしました。
妙真「私は? 留守番なんですか?」
信乃「ええ。稲村に行ってもらうのは三人です。妙真さんは少しの間、子守を…」
妙真は急に泣き出しました。
妙真「私だって役に立ちたい。いっしょに行きます」
小文吾「ちょっと、お義母さん。無理いわないでください。毛野が考えた作戦なんだから」
妙真「私だって船屋の女なんですよ! 役に立てます。依介さえも今回仕事をしているのに、私にすることがないなんて…」
信乃「妙真さん、おねがい、大きな声をださないで…」
小文吾「ちゃんとこの人選には理由があるんですから。音音さんは、男も顔負けなくらい武芸がすごい。曳手さんと単節さんは、若いから、敵に取り入るのに都合がいい。ね、そういうことで…」
妙真「…わかりました。確かに私には武勇や色気といった武器はないです。でも、もし親兵衛がこんなことを知ったら、どう思うでしょう。里見の役に立てなかったこのババアを恥ずかしく思うに違いありません。…それだけは耐えられない。私は今から死にます。親兵衛には、誰か、私が恥を知る女だったことを伝えてください!」
妙真は本当に立ち上がって外に駆け出ようとします。
信乃「まって、まって! 分かりました、分かりましたから… いっしょに稲村に行きましょう。そしたら犬阪どのがどうすべきか何か決めてくれますから」
妙真「(満面の笑み)はい!」
小文吾「しかし、そうなると、子守りは誰に任せたらいいんだ?」
曳手・単節「大丈夫、ここのお手伝いさんとかが何とか構ってくれます。食ってりゃ、死なない! あとは妖怪ウォッチのDVDでも置いておけば間ももつわ」
小文吾「それはちょっと無茶すぎる… しかたない、力二と尺八も連れていくか」
こうして、結局、ここにいたフルメンバーが、翌朝の早朝に稲村に向かって出発しました。信乃と小文吾が先に走って行き、残りの女子供はカゴに乗って人目を避けながら、遅れて移動していきました。
信乃・小文吾「みんな、あんなにパワフルな人たちだったっけ…」