156. 四犬士、罪人の恩赦を認める
■四犬士、罪人の恩赦を認める
信乃と小文吾は、音音たちを稲村に呼び、自分たちは一足先に帰ってきました。
信乃「みんな来てくれることになりました。やる気いっぱいです。ただ、やる気がありすぎて、妙真さんまで無理についてきちゃいました。どうします、犬阪どの」
毛野「いいですね。予定にはありませんでしたが、これも自然の勢いですから、このままいきましょう。こんなにガッツのある女の人は、日本中探したってそうそういませんよ。それがここには4人もいる。殿の徳のおかげですねえ」
道節・荘助・現八「うむ、みんなすごい」
毛野「妙真さんがチームに入ったことは、殿にはあとで知らせてもまあ許されると思います。さしあたりは、犬川どの、堀内貞行どのの屋敷に私と一緒に行って、千代丸豊俊のことで話を進めておきましょう」
荘助「了解」
毛野「犬山さん、犬飼さんは、音音さんたちがここに着くまで待っていて、それから我々に追いついてください」
道節・現八「承知」
小文吾「力二と尺八も来るんだが。滝田には子守する人もいなくなっちゃったからさあ」
毛野「それも、貞行どののところに連れて行きましょう。たぶんそこでしばらく預かってもらえると思うんです。小文吾さんと犬塚さんは、すこし休憩をとってから、殿に今までのことを報告お願いします」
小文吾・信乃「OK!」
こうして段取りを決めると、毛野と荘助は貞行の屋敷に行き(とても近くです)、主と対面しました。
貞行「よく来た、よく来た。私自身は今や隠居の身で、今回のような非常時に役に立てないのが心苦しい限りだが。老いとは悲しいものだのう… おっと、グチはよそう。何か用なのだろう」
荘助「はい。毛野が、千代丸豊俊の今後の扱いについて、考えがあるということで」
毛野「貞行さまには今回の策について明らかにしておこうと思います。他でもない、千代丸豊俊を敵側に間者として送り込みたいのです。彼の反省具合について、貞行さまはどのようにお考えですか」
貞行「なるほどな。私が見る限り、豊俊は非常に誠実だと思う。一応決まりだから牢がわりの部屋に閉じ込めてはあるが、彼は本来死刑になるところを殿の仁心により助けられたことに感激しており、命を捨ててでも恩を返したい、と言っておる」
毛野「たぶん貞行さまの眼力に間違いはないと思いますが、今回、我々も彼の尋問を一応させてもらって、誠実さを確かめようと思います。あとで道節と現八もここに来ます。また、豊俊と一緒に行動させるため、音音、曳手、単節、妙真も来る予定です」
貞行「ほう、あの女性たちが、命をかけて手伝ってくれるというのか! すごいな」
荘助「で、実は、曳手さんたちの子供も、滝田に置いておけなくて連れてきちゃったんですが…」
貞行「なあに、問題ない。ウチでしばらく預からせてもらうとも。私の娘(このあいだ甥の雑魚太郎貞住と結婚させた)はまだ子供がなくてな。たぶん、一緒にDVDなどを見て遊んでやってくれるだろう。音音さんたちも、作戦決行の日までウチに滞在するとよい。人目が避けられるからな」
荘助・毛野「助かります!」
ここまで話したとき、道節と現八が到着したという知らせが入りました。また、ほとんど同時に、雑魚太郎貞住も、緊急の知らせを受けて、任地から帰ってきました。
道節「どうも、ただいま女たちを連れてまいった。貞行さまと荘助・毛野の会話は、最後のほうをフスマの向こうで聞いたから、大体の事情は把握している」
貞行「それなら話は早い。貞住よ、さっそく千代丸豊俊の尋問を手配してくれ」
貞住「はい!」
みな、礼服に着替えて、書院の間に移動しました。そこには縁側があって、白洲には縄で縛られた千代丸豊俊がいます。罪人とはいえ、一枚の畳の上に座らせてもらっているのが、貞行の優しさを感じさせます。
(余談ですが、荘助はこのシーンを見て、いつか大塚で冤罪のために拷問をうけていたときのことを思い出しました。「私もあっち(罪人席)に座っていたことがあったなあ…」)
さて、貞行が尋問の開始を告げ、まずは毛野が質問しました。
毛野「あなたの請願の内容は聞いています。あなたは心からそれを言っていると言えますか」
豊俊「はい。先には素藤が悪人であることに気づかずに好を結び、その結果、里見と戦うことになりました。それに敗れ、当然死罪になるところを里見殿に許され、禁固だけで済みました。その上、堀内さまの慈悲で非常に情けのある扱いを受け、この領地には里見の徳がすみずみまで行き渡っているのだと思い知りました。私はこの恩に報いたい。戦って、死んで、少しでも里見のためになりたいのです。それだけです」
毛野は、豊俊が話している間、じっと目を見ていました。
毛野「よしわかった。恩赦を認めよう。(振り向いて)犬川どの、いいですよね」
これを聞いてみんなビックリします。振られた荘助もポカンとしています。
道節「…ちょっと、ちょっと待て! 毛野、もっと聞くことがあるだろう。それっぽっちで尋問が終わりだと? もっとアレだ、圧迫面接みたいなことをしないと」
現八「そうだとも。最近の就職希望者は、面接マニュアルを丸暗記して答えを用意しているんだ。いや間違えた、最近の罪人は尋問マニュアルをだな…」
毛野、ニッコリ。「彼の目が、ホントだって言っているんですよ。大丈夫です」
道節は、いつか、湯嶋天神で毛野に占いをしてもらったときのことを思い出しました。「そ、そうだった。こいつは人相学にメチャメチャ詳しいんだった」
荘助と現八も、毛野の知恵の深さに改めて驚き、「なるほどな、それなら問題なしだ!」と認めました。貞行と貞住の親子は、「犬士たちは本当に里見家の宝だな」と感服しました。
毛野は、豊俊の縄をほどかせて、座敷に上げました。「さて豊俊どの。さっそくですが、あなたに実行して欲しい作戦をさずけます。一人きりで刀を振り回すだけでは、敵を倒せるにしても1人や2人まで。あなたには、もっと大きな功をあげてほしいのです」
豊俊「はい。何でもやりましょう。里見のためなら、火の中へでも、水の中へでも」
毛野は、ヒソヒソと今後の作戦を伝えました。そしてその後、音音たち4人を座敷に呼び入れると、彼女たちと一緒に行動するのだからということで、それぞれ顔をおぼえさせました。その後、豊俊にふたたび縄をかけ、もとのように牢に閉じ込めるように屋敷の者に頼みました。
道節「ん? また閉じ込めるのか。恩赦を認めたんじゃなかったのか?」
毛野「ええ。しかし、今はこうするのがよいのです。ただし、ここからは牢の施錠をゆるめにして、見張りにもちょっと油断してもらいます。縄をいいかげんにかけちゃうとかね。だから、罪人が、うっかり手薄にしていたこの屋敷から脱獄して、里見への恨みを返すために敵側に走ってしまっても、説明がつくようになるでしょ」