里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

159. 管領家の良心

前:158. 義成、敵の間者を生かして返す

管領(かんれい)家の良心

浜辺での浦安(うらやす)友勝(ともかつ)と漁師風の男の演技により、安房に潜入中のスパイである餅九郎(もちくろう)は、千代丸(ちよまる)豊俊(とよとし)の寝返りは本当だと思い込み、その残党(を名乗る人達)を連れて敵陣に帰っていきました。

毛野もまた、陰からこの光景を見守っていました。「もしものことを考えてあんな演技をさせてみたが、本当にスパイが釣れるとは。ずいぶんうまくいったなあ」

この漁師風の男は、たまたま演技がうまいということで毛野に抜擢された、猿八(さるはち)という雑兵でした。猿八(さるはち)は毛野から褒美のバナナをもらい、陣に帰って行きました。

毛野は、さっそくここまでの経過を、陣幕の中の義成にも報告します。

毛野「幸運に恵まれています。念のためにさせてみた演技が、図に当たりました」
義成「これで、音音(おとね)たちも必ず敵に受け入れられるだろうな。さすがは毛野だ」
毛野「いえいえ、この幸運は、殿の徳が呼んだ天の助け。私はせいぜい色々な小細工を試してみるばかりです」
義成「そんなことはないぞ。敵をだますような小細工でも、善のために行うなら立派なものなのだ。これからもよろしくたのむ」
毛野「ははっ…」

義成「ところで、敵が来ると予想される日はもうすぐだが、この一番寒い季節に、本当に海戦なんてやって大丈夫なのかな。海に落ちたらすぐに心臓マヒになっちゃいそうだ」
毛野「先日、訓練してみた限りでは、このあたりの海水は極端には冷たくならないようでした。さらに、火計をおこなうのですから、水はあたたかくなると思います」
義成「なるほど、これも心配することはなさそうだな…」


さて、こちらは定正(さだまさ)の陣営です。

赤岩(あかいわ)百中(ひゃくちゅう)が「知り合いの援軍を呼んでくる」といって城を去ってから、すぐに定正と山内(やまのうち)顕定(あきさだ)は各軍の配置を指示しはじめました。

定正「里見側の配置については、だいたいの情報を得ている。本陣は洲崎(すさき)にあり、あとは要害の地である行徳(ぎょうとく)国府台(こうのだい)に主な軍を置いているようだ。これらにそれぞれ軍を割いてぶつけに行く」

分担は下のようになりました。

洲崎を攻める水軍… 総大将定正(さだまさ)朝寧(ともやす)(定正の子)、小幡(おばた)東良(はるよし)大石(おおいし)憲儀(のりかた)、武田信隆(のぶたか)ら(兵の人数30000余)

国府台(こうのだい)… 山内(やまのうち)顕定(あきさだ)足利(あしかが)成氏(なりうじ)上杉(うえすぎ)憲房(のりふさ)顕定(あきさだ)の子)、白石(しらいし)重勝(しげかつ)横堀(よこほり)在村(ありむら)新織(にいおり)素行(もとゆき)ら(兵の人数38000)

行徳(ぎょうとく)… 上杉(うえすぎ)朝良(ともよし)(定正の子)、千葉介(ちばのすけ)自胤(よりたね)大石(おおいし)憲重(のりしげ)(はら)胤久(たねひさ)相馬(そうまの)将常(まさつね)稲戸(いなのと)由充(よりみつ)ら(兵の人数20000)

定正・顕定「さあみんな、さっそく配置をはじめてくれ」


みんながガヤガヤと準備をはじめているときに、足利成氏(なりうじ)だけはひとり、憤懣やるかたない様子です。

成氏「ワシが総大将という話はどうなったのだ… 作戦会議にも入れてもらってない気がするし、本当は定正と顕定のやつらはワシを軽んじておるのではないのか?」

横堀(よこほり)在村(ありむら)「いや、あの2人は、集まった将たちに堂々と指令しなくてはいけませんから、あえて演技として成氏(なりうじ)さまにへりくだりすぎないようにしているのですよ。まあ、少しだけの辛抱です。戦がおわれば、安房のオイシイ部分はごっそり成氏(なりうじ)さまのものです」

成氏「本当かなあ…」


ところで、定正の重臣である持資(もちすけ)入道(にゅうどう)道灌(どうかん)の子、巨田(おおた)助友(すけとも)は、今さら五十子(いさらこ)の城に参集しました。かなりの遅刻です。連れてきた兵も300人程度で、あまり本気度を感じられません。

定正「遅かったな」

助友「父道灌(どうかん)からは、何度も手紙をさしあげて、里見の征伐は無理スジであることを申し上げてきました。それでも今回の戦を強行されるとおっしゃるので、是非もなく参集いたしましたが、なお忠心を尽くすためにいくつか直言をさしあげたいと思います。このままでは殿も私どもも滅ぶばかりですから」

助友「そもそも里見の親子は世にまれなる名君にて、当家と恨みあったこともございません。また、家臣たちもみな一騎当千の者ばかりです。今回のような寄せ集めの軍をぶつけて勝てる相手ではありません。卵を石にぶつけるくらいの無謀さです」

助友「定正さま、本来我々が警戒すべきは、里見ではないのではございませんか。むしろ、北条(ほうじょう)山内(やまのうち)をこそ相手にしなくてはいけないのに、その山内(やまのうち)と同盟をむすんで里見と戦うなんて… たまたま戦いに勝ったとしても、山内(やまのうち)に今後のヘゲモニーを握られてしまうことは容易に予想されることではないですか。聞くと、今回、定正(さだまさ)さまは海を攻めて、顕定(あきさだ)は陸を攻めるそうですね。この厳冬のシーズンに海戦なんて無謀すぎます。それを顕定(あきさだ)も知っていて、まんまと陸路のほうを取ったのですよ。お気づきにならなかったのですか…」

ここまで聞いた定正は、もう我慢がならなくなりました。

定正「だまれ助友! 敵をほめて味方をけなすとは、それでもオレの家臣か! 里見は犬士どもを操って私にタテついた罪人だ。顕定(あきさだ)は疑いなくオレの味方だし、海戦だって十分な勝算があってやることなのだぞ! 占いでも、今回の海戦は大吉と出ているのだ。風を吹かす法術使いまでも味方についている。この場に及んでのキサマのその言いたい放題、死に値する無礼だぞ!」

助友はひるみません。

助友「将たるもの、幻術や占いの技を頼りにするものではありません。奇を好めば、かならず災いがあります。 …なんならもっと申し上げましょう。私がここに来るのは早すぎましたな! 定正さまが敗れたのちに、せめてお命を救うために私は道灌(どうかん)に遣わされてきたのですから」

定正はもはやブチギレ状態です。「シレモノがっ」と叫んで腰の刀を抜きかけました。

これを止めに入ったのは、武田(たけだ)信隆(のぶたか)です。「おやめください。助友はまだ若く、言葉を選べないのです。敵と戦う前に、功ある重臣の子を殺せば、笑いものとなってしまいます。どうか怒りをお収めください!」

定正「…フーッ… 信隆(のぶたか)が言うのでは仕方ない」

横で議論の様子を見ていた大石(おおいし)憲儀(のりかた)箕田(みたの)馭蘭二(ぎょらんじ)は、助友が斬られても仕方ないかな、くらいに思っていましたが、こんな状況になってしまっては仕方なく、「あー、殿、どうぞおよしくだされ…」と適当に話をあわせました。

助友は最後まで表情をやわらげず、「私の言葉の真偽は、あとでよくお分かりになるでしょう」と言い残し、ミーティング室をサッサと出て行ってしまいました。


さて、ここで定正を諫めた武田(たけだ)信隆(のぶたか)のことをすこし説明しておきましょう。彼は上総(かずさ)庁南(ちょうなん)の城主だったのですが、さきの「素藤(もとふじ)の乱」のときに、成り行きから里見と戦うことになってしまい、これに敗れて甲斐の本家に逃げ帰っていました。

彼の過ちは、たまたま素藤の人物を深く見抜けずに(よしみ)を結んでしまったことにありました。いったん友好の約束をしたからには、戦が起こったときにも彼の味方をするしかなかったのです。信隆(のぶたか)自身は必ずしも悪心のない堂々たる武士だったのですが、いろいろと運が悪かったのですね。

その後、信隆(のぶたか)は、甲斐国主の武田(たけだ)信昌(のぶまさ)のもとで過ごしていたのですが、今年の11月に、里見攻めに加わるようにとの号令が定正たちから届いたのです。

信昌「うーん、ここは北条の抑えの仕事があるから、私自身が行くのは無理だ。だれかに代理で行ってもらわないと…」
甘利(あまり)尭元(たかもと)「管領たちは、あの名君・里見と戦おうというんですかねえ。あそこにはあのチートキャラ、犬山道節と犬塚信乃もいるんでしょ。虎に翼がついているようなものです。いや、勝てるはずがないですよ。兵を出すのはやめておきましょう」
信昌「そうだよなあ…」

ここに、信隆(のぶたか)が名乗り出ました。「私が名代として五十子(いさらこ)に行きます。兵を300人だけ貸してください」

信昌「えー、大丈夫?」

信隆(のぶたか)「私に考えがあるのです。私はこの戦で、管領も助けず、里見にも(くみ)せず、庁南(ちょうなん)の城を取り返してやろうと思うのです。失敗した場合は、私自身のクビがなくなるのみです。どうかやらせてください」

信昌「ほう… よし、先には運悪く負けたが、お主は本来優秀な男だ。まかせてやろう。気をつけろよ」

信隆(のぶたか)「はい!」

こうして信隆(のぶたか)五十子(いさらこ)に行き、定正(さだまさ)の下についたのです。信隆(のぶたか)は上総の地形に詳しいですから、戦略のための情報をたくさん提供し、定正(さだまさ)に気に入られました。だから、さっきも助友の命を救うことができたのですね。

さて、この信隆(のぶたか)、今後、里見の敵となるのか味方となるのか。事態はいよいよ込み入って参りました。


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