159. 管領家の良心
■管領家の良心
浜辺での浦安友勝と漁師風の男の演技により、安房に潜入中のスパイである餅九郎は、千代丸豊俊の寝返りは本当だと思い込み、その残党(を名乗る人達)を連れて敵陣に帰っていきました。
毛野もまた、陰からこの光景を見守っていました。「もしものことを考えてあんな演技をさせてみたが、本当にスパイが釣れるとは。ずいぶんうまくいったなあ」
この漁師風の男は、たまたま演技がうまいということで毛野に抜擢された、猿八という雑兵でした。猿八は毛野から褒美のバナナをもらい、陣に帰って行きました。
毛野は、さっそくここまでの経過を、陣幕の中の義成にも報告します。
毛野「幸運に恵まれています。念のためにさせてみた演技が、図に当たりました」
義成「これで、音音たちも必ず敵に受け入れられるだろうな。さすがは毛野だ」
毛野「いえいえ、この幸運は、殿の徳が呼んだ天の助け。私はせいぜい色々な小細工を試してみるばかりです」
義成「そんなことはないぞ。敵をだますような小細工でも、善のために行うなら立派なものなのだ。これからもよろしくたのむ」
毛野「ははっ…」
義成「ところで、敵が来ると予想される日はもうすぐだが、この一番寒い季節に、本当に海戦なんてやって大丈夫なのかな。海に落ちたらすぐに心臓マヒになっちゃいそうだ」
毛野「先日、訓練してみた限りでは、このあたりの海水は極端には冷たくならないようでした。さらに、火計をおこなうのですから、水はあたたかくなると思います」
義成「なるほど、これも心配することはなさそうだな…」
さて、こちらは定正の陣営です。
赤岩百中が「知り合いの援軍を呼んでくる」といって城を去ってから、すぐに定正と山内顕定は各軍の配置を指示しはじめました。
定正「里見側の配置については、だいたいの情報を得ている。本陣は洲崎にあり、あとは要害の地である行徳と国府台に主な軍を置いているようだ。これらにそれぞれ軍を割いてぶつけに行く」
分担は下のようになりました。
洲崎を攻める水軍… 総大将定正、朝寧(定正の子)、小幡東良、大石憲儀、武田信隆ら(兵の人数30000余)
国府台… 山内顕定、足利成氏、上杉憲房(顕定の子)、白石重勝、横堀在村、新織素行ら(兵の人数38000)
行徳… 上杉朝良(定正の子)、千葉介自胤、大石憲重、原胤久、相馬将常、稲戸由充ら(兵の人数20000)
定正・顕定「さあみんな、さっそく配置をはじめてくれ」
みんながガヤガヤと準備をはじめているときに、足利成氏だけはひとり、憤懣やるかたない様子です。
成氏「ワシが総大将という話はどうなったのだ… 作戦会議にも入れてもらってない気がするし、本当は定正と顕定のやつらはワシを軽んじておるのではないのか?」
横堀在村「いや、あの2人は、集まった将たちに堂々と指令しなくてはいけませんから、あえて演技として成氏さまにへりくだりすぎないようにしているのですよ。まあ、少しだけの辛抱です。戦がおわれば、安房のオイシイ部分はごっそり成氏さまのものです」
成氏「本当かなあ…」
ところで、定正の重臣である持資入道道灌の子、巨田助友は、今さら五十子の城に参集しました。かなりの遅刻です。連れてきた兵も300人程度で、あまり本気度を感じられません。
定正「遅かったな」
助友「父道灌からは、何度も手紙をさしあげて、里見の征伐は無理スジであることを申し上げてきました。それでも今回の戦を強行されるとおっしゃるので、是非もなく参集いたしましたが、なお忠心を尽くすためにいくつか直言をさしあげたいと思います。このままでは殿も私どもも滅ぶばかりですから」
助友「そもそも里見の親子は世にまれなる名君にて、当家と恨みあったこともございません。また、家臣たちもみな一騎当千の者ばかりです。今回のような寄せ集めの軍をぶつけて勝てる相手ではありません。卵を石にぶつけるくらいの無謀さです」
助友「定正さま、本来我々が警戒すべきは、里見ではないのではございませんか。むしろ、北条や山内をこそ相手にしなくてはいけないのに、その山内と同盟をむすんで里見と戦うなんて… たまたま戦いに勝ったとしても、山内に今後のヘゲモニーを握られてしまうことは容易に予想されることではないですか。聞くと、今回、定正さまは海を攻めて、顕定は陸を攻めるそうですね。この厳冬のシーズンに海戦なんて無謀すぎます。それを顕定も知っていて、まんまと陸路のほうを取ったのですよ。お気づきにならなかったのですか…」
ここまで聞いた定正は、もう我慢がならなくなりました。
定正「だまれ助友! 敵をほめて味方をけなすとは、それでもオレの家臣か! 里見は犬士どもを操って私にタテついた罪人だ。顕定は疑いなくオレの味方だし、海戦だって十分な勝算があってやることなのだぞ! 占いでも、今回の海戦は大吉と出ているのだ。風を吹かす法術使いまでも味方についている。この場に及んでのキサマのその言いたい放題、死に値する無礼だぞ!」
助友はひるみません。
助友「将たるもの、幻術や占いのはかない技を頼りにするものではありません。奇を好めば、かならず災いがあります。 …なんならもっと申し上げましょう。私がここに来るのは早すぎましたな! 定正さまが敗れたのちに、せめてお命を救うために私は道灌に遣わされてきたのですから」
定正はもはやブチギレ状態です。「シレモノがっ」と叫んで腰の刀を抜きかけました。
これを止めに入ったのは、武田信隆です。「おやめください。助友はまだ若く、言葉を選べないのです。敵と戦う前に、功ある重臣の子を殺せば、笑いものとなってしまいます。どうか怒りをお収めください!」
定正「…フーッ… 信隆が言うのでは仕方ない」
横で議論の様子を見ていた大石憲儀や箕田馭蘭二は、助友が斬られても仕方ないかな、くらいに思っていましたが、こんな状況になってしまっては仕方なく、「あー、殿、どうぞおよしくだされ…」と適当に話をあわせました。
助友は最後まで表情をやわらげず、「私の言葉の真偽は、あとでよくお分かりになるでしょう」と言い残し、ミーティング室をサッサと出て行ってしまいました。
さて、ここで定正を諫めた武田信隆のことをすこし説明しておきましょう。彼は上総は庁南の城主だったのですが、さきの「素藤の乱」のときに、成り行きから里見と戦うことになってしまい、これに敗れて甲斐の本家に逃げ帰っていました。
彼の過ちは、たまたま素藤の人物を深く見抜けずに好を結んでしまったことにありました。いったん友好の約束をしたからには、戦が起こったときにも彼の味方をするしかなかったのです。信隆自身は必ずしも悪心のない堂々たる武士だったのですが、いろいろと運が悪かったのですね。
その後、信隆は、甲斐国主の武田信昌のもとで過ごしていたのですが、今年の11月に、里見攻めに加わるようにとの号令が定正たちから届いたのです。
信昌「うーん、ここは北条の抑えの仕事があるから、私自身が行くのは無理だ。だれかに代理で行ってもらわないと…」
甘利尭元「管領たちは、あの名君・里見と戦おうというんですかねえ。あそこにはあのチートキャラ、犬山道節と犬塚信乃もいるんでしょ。虎に翼がついているようなものです。いや、勝てるはずがないですよ。兵を出すのはやめておきましょう」
信昌「そうだよなあ…」
ここに、信隆が名乗り出ました。「私が名代として五十子に行きます。兵を300人だけ貸してください」
信昌「えー、大丈夫?」
信隆「私に考えがあるのです。私はこの戦で、管領も助けず、里見にも与せず、庁南の城を取り返してやろうと思うのです。失敗した場合は、私自身のクビがなくなるのみです。どうかやらせてください」
信昌「ほう… よし、先には運悪く負けたが、お主は本来優秀な男だ。まかせてやろう。気をつけろよ」
信隆「はい!」
こうして信隆は五十子に行き、かりそめに定正の下についたのです。信隆は上総の地形に詳しいですから、戦略のための情報をたくさん提供し、定正に気に入られました。だから、さっきも助友の命を救うことができたのですね。
さて、この信隆、今後、里見の敵となるのか味方となるのか。事態はいよいよ込み入って参りました。