160. 曳手と単節、セクハラに耐える
■曳手と単節、セクハラに耐える
12月6日早朝。大石憲儀の指示をうけた仁田山晋六は、五十子城に近い浜辺にズラリと並んだ軍船を眺めています。大小あわせて1000艘を超えており、それらすべてに柴と燃料が満載されています。
そこの一角が、にわかに騒然としました。
仁田山「どうした」
雑兵「安房から来たという、怪しい女たちがいるのです」
仁田山がその場に駆けつけると、60歳ほどの女と、20台の美しい女が、他の兵に取り囲まれています。この2人だけのようです。
仁田山「何をしにきた。ここが敵地と知ってのことか」
老女「はい。私どもは、千代丸豊俊の遣いとして参ったのです。里見を討つ手助けをしようと」
仁田山「なんだと」
老女「千代丸はかつて里見に敗れ、今も投獄されています。彼に従う残党は100人以上おり、反乱のチャンスを待っていました。この戦に乗じて千代丸を救い出し、里見の船群を背後から焼き討ちする計画を立てています」
仁田山「…なるほど、上総の千代丸のことは知っている。お前らはどういう関係者だ」
老女「わたしの息子は先の戦いで討ち死にしました。この娘はその未亡人です。私の名は樋引、彼女の名は臥間」
もちろん、この人たちはホントは音音と曳手ですよ。
仁田山「その話が本当なら、千代丸からの手紙を持っているのだろうな」
音音「それが… 慌てて出発したため、持ち忘れたのです。でも誓って本当です」
仁田山「証拠がないのでは話にならんぞ。お前らは里見のスパイだな! 者ども、こいつらを縛れ」
音音たちはさらに言い訳をしようとしましたが、二、三発殴られて、縄をかけられそうになりました。
そこに、さらに一艘の早舟が安房の方向から到着しました。船の舳先には餅九郎が乗っており、「お前ら、そいつらに手をだすな!」と大声で叫びました。
仁田山「お前は諜報に出ていた餅九郎か。どうした」
餅九郎「こいつの言うことは本当です。かくかく、しかじか…」
餅九郎は安房で見てきたことを簡単に報告し、一緒に乗ってきた妙真、単節、浦安友勝も仁田山に紹介しました。
仁田山「ほう、敵側の人間を殺してまでこちらに出てきたと…」
やがて、大石憲儀もこの場に巡検に訪れました。仁田山はこれまでのことを報告し、友勝が持ってきた千代丸からの手紙を見せました。音音の忘れ物を友勝が届けた、という設定なのですね。
憲儀「よろしい、お前達の言うことは本当らしいな。我らの総攻撃はあさっての予定だ。馬助(友勝の偽名)よ、お前は今すぐ安房にもどって、千代丸を奪還し、そして里見の船を焼く計画を実行せよ。四人の女は人質として城で預かる」
友勝はそのまま別れて船に再び乗り、安房に戻っていきました。
憲儀は手下を引き連れてこれらの人質を五十子城に運ぶと、扇谷定正に手紙を渡し、千代丸豊俊の内通の件を報告しました。
定正「おう、おう、風外道人の予言した『内通者』とは、千代丸のことだったのか。あさっては順風も吹くことだし、いよいよ勝ちゲー確定だ。うふ、うふふ」
憲儀「御意!」
定正「女たちはちゃんと閉じ込めて見張っておけ。しかし樋引(音音)だけは、千代丸の顔を見分けさせるために軍に同行させろ」
憲儀は馭蘭二に女たちを引き渡しました。馭蘭二は、技太郎と餅九郎に見張り番を言いつけました。この二人は、たいへん勤勉に、定期的に女達の様子を確かめに回ってきました。妙真はどうでもよく、曳手と単節が美人だったからです。
技太郎も餅九郎も、アラフォーにしてまだ妻がないのです。
技太郎「おい、お前どっちが好みだよ」
餅九郎「おれ、叫子(単節の偽名です)」
技太郎「おれは臥間。未亡人のほうな。ゲヘヘ」
餅九郎「オレはさっきのスパイがうまくいったから、褒美にあいつが欲しいっていったら妻にさせてもらえると思うんだ」
技太郎「オレも、里見のことをいくつか調べてきた。手柄はちょっとある(捕まったけどね)」
餅九郎「今のうちに、戸山(妙真の偽名です)に口約束をもらっておこうぜ」
勝手にこんなことを決めて、二人は妙真が一人きりの時を狙って、女たちと結婚したいので媒をしてくれ、と頼みました。話している最中、餅九郎たちの顔はだらしなくゆるみ、ヨダレを拭いきれません。妙真は心底あきれましたが、いいとも悪いとも言わずに、ノラクラと話をかわし続けました。ハッキリ断ると、逆恨みされそうですからね。
曳手たちは、妙真からこっそりこの話を聞かされると、全身に鳥肌をたてて嫌がりました。
曳手・単節「キモい、キモい! ああ、こんな目にあうなんて、情けなくて涙が出るわ」
妙真「仕方がないわ、すこしだけ我慢しましょう。こうやって敵を油断させるのがあなたたちの役割なんですから…」
さて、場面は里見の側に移ります。本陣の義成のもとに、浜辺を巡検していた印東明相(東辰相の子)と荒川清英(荒川清澄の子)が、三人のクセ者を捕らえたと報告しにきました。
明相「この者たちがウロついているところを捕らえ、素性を問いただすと、武田信隆の使いであると言うのです」
義成「ほう、庁南の武田信隆。この間、素藤と一緒に我々と戦った人物か」
毛野と道節もいっしょに尋問します。三人のウチの一人がリーダーのようでした。
毛野「詳しく聞かせよ。お前は信隆とどういう関係か」
男「私は信隆の甥、一条信有と申します。さきには信隆の過ちにて、素藤とツルんでいた罪を免れず、戦いに敗れて甲斐に逃げ帰ったのですが、今はその非を悔いており、むしろ里見の仁義を懐かしむ気持ちでいっぱいです。今回、管領の呼びかけにやむなく応じて連合軍に参加しましたが、里見殿さえ許してくれるのならば、寝返ってこちらにつきたいと願っているのです。私の襟に、信隆からの密書が隠してあります。調べてください」
密書を取りだして見てみると、今の証言とおなじことが書かれており、信隆の署名と血判が捺してありました。
男「お許しをいただけるのでしたら、里見殿の証文をいただき、それを信隆に持って帰ってその証としとうございます。私自身は人質としてここに残る覚悟です」
義成「ふーん、なるほど。話はわかった。毛野、道節、どう思う?」
道節「これだけでは信じがたいですな。甲斐の武田は知謀に優れています。(甘利尭元というデキる男もいたし。)こういう世の中ですから、用心には用心を重ねないと」
毛野「私も用心は大事と思います。しかし… さきにはすでに千代丸豊俊の赦免を決めたことですし、武田だけを許さないのは不公平と言われてしまうかも知れません」
道節「それはそうだがなあ…」
毛野「仮に、今回の武田の帰順がウソで別の企みがあるとしても… 里見からの証文を武田が持っているという話が管領の軍に広まれば、これはこれで敵の混乱を招くこともできますよ。どちらに転んでもこっちはそれなりに得すると思います」
結局毛野の意見が採用されることとなり、一条信有と名乗った男だけを人質として、残りの二人は里見の証文を持たせて敵陣に返しました。