里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

163. 荘助と小文吾、ナンバーワンを譲りあう

前:162. 荘助、恩人との戦いを避ける

荘助(そうすけ)小文吾(こぶんご)、ナンバーワンを譲りあう

稲戸(いなのと)由充(よりみつ)との戦いを避けた荘助が今井の柵に戻ってくると、もう小文吾の隊もそこにいました。妙見(みょうけん)(じま)をすっかり片付けて、川を渡ってきたのです。

小文吾「よう、戻ったな。ここは半分くらい燃えたあとだったが、燃え残りの倉庫から食料や武器がたくさん奪えたぞ」
荘助「それはよかった。私は、敵の先鋒の稲戸(いなのと)どのに会ったんです」
小文吾「稲戸(いなのと)どのに!」

荘助は猿江(さるえ)で起こったことを説明しました。

小文吾「そうか! オレも稲戸(いなのと)どのに会って、かつてのお礼を言いたいものだなあ。今の立場上、なかなか難しいことは分かっているが…」

小文吾もまた、妙見(みょうけん)(じま)でのことを逐一報告しました。

荘助「よくわかった。すると、妙見嶋ではひとりも殺さなかったんですね」
小文吾「ああ、みんな船に乗せて海に流してしまった。食い物も一緒に積んでやったから、生き延びていると思う」

荘助は強く感心し、軍の大将を小文吾にゆずると言い出しました。

小文吾「どうしたんだよ。まさか、自分たちは敵を殺してしまったから、と言うのか」
荘助「殿は、殺さないほうが殺したほうに勝る、と言った。こちらはたくさん殺してしまった」
小文吾「こちらはたまたまそうしただけだぞ。敵と戦うには、殺して当たり前じゃないか」
荘助「さらにもうひとつ。私が、逃げた将衡(まさひら)を追ってあまりに深追いしてしまったのは、今考えれば危ない行動でした。これは、他の兵へのでもあるんです。賞罰の基準をあらためてハッキリさせておくべきです」
小文吾「そうか。じゃあ、そうしておくか」

こうして、小文吾が大将、荘助が副将ということになりました。(特に書きませんでしたが、今までは逆だったってことです。)まわりの家臣や兵士たちは、犬士たちの心正しさに感動しました。


そうこうしていると、他にも川の向こうから渡ってきた一隊が犬士たちの軍に合流しました。リーダーは登桐(のぼきり)山八郎(さんぱちろう)です。

荘助「後方の守りは大丈夫なのかい」
登桐(のぼきり)「ええ。後ろからこちらを突いてくるんじゃないかと心配していた千葉(ちば)孝胤(たかたね)は、どうも、今回の戦に参加しない方針であることが分かったんです。だからあっちの警戒は解いて、置いていた隊もみんなこちらに連れてきました。加勢してくれていた義勇兵の人々もいっしょです」
荘助「そうか、後方は安全になったのか。じゃあ安心して前方だけに集中できるな」

館持(たてもち)朝経(あさつね)大樟(おおくす)俊故(としふる)をリーダーとする義勇兵の一隊が軍に加わりました。なかなかの大所帯です。


不意に、河原に群れていた水鳥たちが、おおきな羽音をたてて一斉に東の方向に飛び立ちました。

小文吾「おっ、なんだ」
荘助「これは前兆でしょうね。きっと敵は、今晩、夜襲をしかけてきます」
小文吾「なるほど、そうだな。逃げて本陣に戻った将衡(まさひら)という男が、恥をすすぐために今晩来襲する、ということはありそうなことだ」
荘助「よし、敵の裏をかきましょう…」

案の定、猨嶋(さしまの)将衡(まさひら)相馬(そうまの)将常(まさつね)の兄弟が、1000人の手勢を連れて、この晩、今井の柵を襲いに来ました。しかし、そっと柵に入ってみると、中はからっぽです。

将衡(まさひら)「なんだ、誰もいない… いかん、これはワナだ」

左右の木立から、鉄砲の音が響きました。襲撃隊が浮き足立ったのを見て、館持(たてもち)大樟(おおくす)がそれぞれ500人ずつの兵を左右から繰り出して、将衡(まさひら)たちを慌てさせました。

将衡(まさひら)将常(まさつね)は、柵から兵を引かせながら、自分たち自身はヤリをふるってなんとか応戦します。しかし、さらに、後ろから登桐(のぼきり)山八郎(さんぱちろう)の隊も姿を現しました。

将衡(まさひら)将常(まさつね)「三方向から閉じ込められた!」

これで戦況はすっかり一方的になってしまいました。将衡(まさひら)は健闘もむなしく登桐(のぼきり)にヤリをたたき落とされ、そのまま捕まってしまいました。兵は戦意をなくしてみな降参しました。かろうじてここから逃げられたのは、兄の将常(まさつね)と100人程度の兵だけです。

将常(まさつね)は、安全なところまで逃げると、グッタリと落ち込みました。「夜襲は失敗だ… もはや、本陣に戻ることはできん。大将の朝良(ともよし)自胤(よりたね)は、いばっているだけの短気な若造だ。あそこに戻れば死刑は避けられまい…」

そうして、しばらく考えると、いっそ逃亡して、千葉(ちば)孝胤(たかたね)のもとに身をよせるほうがよいと思えてきました。「敵と戦って死ぬのは武士の本望だが、アホな味方に殺されるのは恥しか残らんからな… よし、決まりだ」

こうして将常(まさつね)は、戦を放棄して、親戚筋の孝胤(たかたね)の領地に逃げていきました。孝胤(たかたね)は彼を歓迎して、後にはけっこう重用したそうですが、このエピソードは別に重要でないので、ここまで。

さて、将衡(まさひら)は、手下や他の兵と一緒に数珠つなぎに縛られて、小文吾・荘助の実検を受けました。

荘助「さっきは逃げたのに、今回はわざわざ捕らえられに来るとは、飛んで火に入る夏の虫。おろかなことだ。しかし、別にお主を殺して戦が有利になるわけでもない。武装を解除してみんな放免するから、陣に戻って出直すなりなんなりするがいい」

こう言って、本当に縄を解いてしまいました。将衡(まさひら)はこの措置にしばらく呆然としましたが、里見の仁政とはこういうものか、と悟ると、そこから動かず、地面を両手につきました。

将衡(まさひら)「このまま自胤(よりたね)の待つ本陣に帰れば、私は間違いなく死刑になるでしょう。それに比べ、犬川・犬田どのの捕虜の扱いの寛大なこと。両陣営の将の度量の違いを目の当たりにして、私は自らの非をすっかり悟りました。お願いします、私をこちらの軍に加え、ご恩を返す機会をくださいませ」

将衡(まさひら)の手下の比田(ひた)という男も、「私も主人とともにこちらで使っていただきたい。どうか」と頼みました。

荘助「うーん、どうかな、犬田どの」
小文吾「そうだなあ、参加してもらおうか」

登桐「ちょ、ちょっとお二方。簡単に敵を信じすぎですよ。大丈夫なんですか」

荘助「敵のコマを取ったらこちらも使っていい。将棋のコツもそれですよね。どうも、向こうの将は、人の使い方がヘタそうじゃないですか。だからこっちは、うまく使おうと思うのです。きっと役に立ってくれますよ」

こうして、投降した人たちのうち、一緒に戦ってくれるというものは軍に組み入れ、出て行きたいというものは出て行かせました。さっき逃げた将常(まさつね)の手下である渋谷(しぶや)という男は、「主人が向こうに戻ったのだから、私もついていかねばなりません」と言って出て行きました。

荘助「うん、また軍が大きくなったねー」


翌朝、里見軍は、敵の本陣である五本松の近くに陣取るために進軍しました。敵はきっと今回の襲撃失敗に怒って攻めてきますから、先手を打って、動きやすい場所を占めようとしたのです。


上杉(うえすぎ)朝良(ともよし)千葉介(ちばのすけ)自胤(よりたね)は、夜襲に失敗して逃げ帰ってきた兵から報告を聞き、烈火のように怒っていました。戻ってきた者の中には渋谷(しぶや)もいましたが、どんな釈明も許されず、檻の中に放り込まれてしまいました。(主人の将常(まさつね)が戻ってると思ったのに、いなかったんですもんねえ。気の毒に)

朝良(ともよし)「もう一刻たりとも長く生かしておかん。総攻撃でもみ潰してくれる。また、向こうに(くだ)った者どもめ、そいつらも八つ裂きだ」

ついに、自胤(よりたね)みずからが先頭に立ち、25000人の行徳攻略軍がすべて動き出しました。上杉(うえすぎ)朝良(ともよし)はこれに続き、後陣は大石(おおいし)憲重(のりしげ)が守りました。

やがて、両軍が激突するときが来ました。敵に立ち向かう里見軍は5000程度。両陣営の陣太鼓がドロドロと鳴らされ、間合いが狭まり、そして矢と鉄砲の応酬がはじまりました。数に劣る里見軍ですが、士気が高く、管領軍とよく拮抗しています。

管領軍から、「しばし矢玉(やだま)を止めよ!」という大音声を放ったものがあります。勇士と名高い、手嵐(てあらし)剛四郎(ごうしろう)浅羽(あさはの)麻二(あさじ)という男たちです。彼らは軍と軍の中間地点に歩み出ました。

手嵐(てあらし)「我々と一対一の勝負をしろ! 犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)犬川(いぬかわ)荘助(そうすけ)、出てこいや!」

犬士たちがこれに答える前に、登桐(のぼきり)が出て行こうとしました。「にっくき広言。そのアゴ引き裂いてくれる」

これを、さきに寝返った将衡(まさひら)が止めます。「ここは我らにやらせてください。あいつらの手並みはよく知っています」

結局、里見軍からは、将衡(まさひら)とその家来の比田(ひた)がこの一騎打ちに応え、騎馬の姿で飛び出しました。

手嵐(てあらし)「お前らのような、敵に寝返る卑怯者は相手にもならんわ!」

Round 1: 手嵐(てあらし)浅羽(あさは) vs. 将衡(まさひら)比田(ひた)

こうして、二組の戦いがそれぞれ始まりました。全員ともヤリの技術は一流ですが、将衡(まさひら)比田(ひた)の執念がついに勝ちました。彼らは馬を突き殺されて失いながらも、将衡(まさひら)手嵐(てあらし)の、比田(ひた)浅羽(あさは)の首をそれぞれ貫いて仕留めました。

今度は敵から一騎の猛者が飛び出しました。「オレが相手だ、裏切り者ども」

将衡(まさひら)比田(ひた)は応戦のポーズを見せます。出てきた相手は上水(うえみず)和四郎(わしろう)束三(つかみつ)。全軍の中でもっとも強いと評判の男で、「本朝の呂布(りょふ)」という異名さえついています。

Round 2: 上水(うえみず)和四郎(わしろう) vs. 将衡(まさひら)比田(ひた)

和四郎(わしろう)は、手に持った巨大な金砕棒(かなさいぼう)(鬼がよく持ってるアレです)を振り回し、将衡(まさひら)たちを翻弄しました。やがて比田(ひた)は脳天をモロに叩かれ、頭がクビにめり込んで死にました。将衡(まさひら)は逃げようとして捕まえられ、空高くブン投げられて、岩の上に落ちて死にました。

次は、登桐(のぼきり)山八郎(さんぱちろう)が、薙刀(なぎなた)を得物にして、馬にまたがって飛び出しました。「私が相手だ、名を名乗れ」

和四郎(わしろう)「お前のようなザコに名乗る名はない」

Round 3: 上水(うえみず)和四郎(わしろう) vs. 登桐(のぼきり)山八郎(さんぱちろう)

戦いが始まりました。はじめは互角のように見えましたが、どうも和四郎(わしろう)のほうが力が強く、だんだんと登桐(のぼきり)は苦戦を強いられて、はた目からも危険に見えてきました。

小文吾「いかん、あのままではやられる」

小文吾は、近くの樫の木の枝をヘシ折ると、即席の六尺棒をこしらえました。そうして、馬にまたがると、登桐(のぼきり)を助けに飛び出しました。荘助が止める声も聞こえません。

登桐(のぼきり)は、すでに薙刀の柄を折られて絶体絶命でした。逃げる登桐(のぼきり)とすれ違い、小文吾は和四郎(わしろう)(あい)対しました。「お望みどおりの犬田小文吾だ。名を名乗れ」

和四郎(わしろう)「ついに現れたな。上水(うえみず)和四郎(わしろう)束三(つかみつ)だ。今日がお前の命日よ」

Round 4: 上水(うえみず)和四郎(わしろう) vs. 犬田小文吾

和四郎(わしろう)が繰り出す一撃一撃を、小文吾は樫の棒で次々と受け流します。どんなに和四郎(わしろう)が工夫しても、小文吾の周りには生きた樫の棒が舞っているかのように、すべての攻撃ははじかれ、空を切りました。だんだんと疲れて、攻撃にキレがなくなってきます。

観衆「小文吾が有利だ!」

そのとき、敵側からもう一騎現れました。「赤熊(しゃくま)如牛太(にょぎゅうた)猛勢(たけなり)が加勢いたすッ」

こうして、戦いは二対一になってしまいました。如牛太(にょぎゅうた)は巨大なマサカリを振り回します。和四郎(わしろう)も元気を取り戻しました。

Round 5: 上水(うえみず)赤熊(しゃくま) vs. 犬田小文吾

小文吾は、今までと二倍の量の攻撃を、なおかわし続けます。彼の集中力は今や極限まで高まり、鬼神のような表情をしています。

ついに、和四郎(わしろう)如牛太(にょぎゅうた)の動きがどちらも鈍り始めました。小文吾はすかさず、樫の棒を和四郎(わしろう)のうなじにフルパワーで叩き込みました。棒は折れましたが、和四郎(わしろう)の頭はカブトごと粉砕されました。絶命した和四郎(わしろう)が取り落とそうとする金砕棒を、小文吾はハッシと受け止めました。

如牛太(にょぎゅうた)は、「友のカタキ」と叫んで全力でマサカリを振り下ろしましたが、小文吾はこれを紙一重でかわし、乗っていた馬の首だけが切り落とされました。小文吾はこの馬を捨てて飛び、和四郎(わしろう)の乗っていた馬にヒラリと乗り移ると、虚を突かれた如牛太(にょぎゅうた)の右肩に、棒を必殺の勢いで振り下ろしました。如牛太(にょぎゅうた)は馬もろとも地面にたたきつけられて地面にめり込み、ピクリとも動かなくなりました。

管領軍の全員は、小文吾の戦いのあまりのすさまじさに、しばらく言葉が出ず、次の瞬間にはパニックを起こしました。

荘助「今だ。全軍かかれ」

完全に戦の主導権は里見軍のものとなり、管領軍は追い立てられるままにちりぢりに逃げてしまいました。大将も、他の家臣たちも、この敗走を止められず、いっしょに後退しました。荘助はこれを深追いさせませんでした。


さて、こうして五本松の陣は里見軍が占領することになりました。文句のない大勝利ですが、しかし、荘助は小文吾にあえて苦言を呈しました。

荘助「犬田どの。あなたの戦いは和漢に例をみないほどすごかったですが… しかし、あれはあまりに危なかった。将がみだりに危険に身をさらしてはいけないんです。万一のことがあったら、それだけで決定的な敗北になりますよ。たとえばあの戦いの時、矢が飛んできたら、よけられましたか」

小文吾「う… たぶんよけられなかった。すまない、あの敵は登桐(のぼきり)どのの手に負えないと思ったので、つい」

小文吾は素直に反省しました。また、直言してくれた荘助に深く感謝しました。

小文吾「やっぱりオレは副将をするほうがいいようだ。こんなときに、里見の仁心の教えを忘れてしまうようではね。荘助、お主が大将になってくれ」


他の家臣たちはみな、小文吾と荘助のゆずりあいに深く感動しました。また、二人の知力と武勇がかみ合うことで無敵の軍ができているのだなと、心底から納得しました。


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