里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

169. 不知底野での出会い

前:168. 孝嗣は何していたの

不知底野(そこしらずの)での出会い

(原作「第百六十八回」に対応)

息子を捕らわれて、怒りの逆襲をしかけてくるという長尾景春(かげはる)に対し、親兵衛は「八門(はちもん)遁甲(とんこう)の陣」という、妙に中二的なカッコよさのある戦法で迎え撃とうとします。

紀二六(きじろく)「ど、どういうものなんです、その戦法は」

親兵衛「うん、諸葛(しょかつ)孔明(こうめい)がよく使った陣なんだって。八つのチームがそれぞれの『門』を守って、敵がどこから入ってきてもこれを取り囲んでやっつけることができるんです。唯一、この陣と互角に戦うためには、『生』の門から入って、『死』の門をやぶって、再び『生』の門から出て行くことなんだけど… 景春(かげはる)が知ってるかな、どうかな。ともかくみんなは、私を見ていて、指示するように動いてくれればなんとかなりますから、よろしく」

今いる戦力をちゃんと数えると、640人くらいでした。親兵衛はこれを80人ずつに分け、各隊のリーダーを孝嗣、代四郎、紀二六、須々利(すすり)二四的(やつあたり)五十三太(いさんた)素手吉(すてきち)、そして自分としました。

親兵衛「あと、いくらか鉄砲隊をこれらから分けて、道ばたに隠しましょう。敵は警戒して退却するかもしれませんので、そのときはこういう段取りにします。ヒソヒソ…」

全員、これらの手配にほとんど異議もなく従います。孝嗣は、「こんな戦法を使いこなして隅々まで怠りがないとは、歴史上にこんな人物はひとりだっていただろうか」と心から感服しました。


さて、長尾(ながお)景春(かげはる)は怒りに燃えてここまで進軍してきました。息子が捕らわれたという場所まで来てみると、まだ犬江たちはそこに留まっています。しかし、見慣れない陣形をつくって、パラパラと隊が分かれています。

側近の梶原(かじはら)樋口(ひぐち)「なんでしょうあれは」

景春「見慣れん陣形だ… 私もほとんど本で読んだことがある程度なんだが、かつて、八門(はちもん)遁甲(とんこう)の陣という必殺の陣が存在したと聞く。もしそうだとすれば、相当に警戒しなくてはいかん。もしそうじゃなくても、犬江は幻術に長けていると聞くからな。何かワナがあると疑うのが自然だ」

梶原(かじはら)「どうします」

景春「あいつらの手には乗らん。我々は逃げるポーズを取ろう。そうしたら向こうは陣なんて崩して追撃してくるだろうから、すぐに向き直って、有無をいわさずやっつける」

こういった感じに戦法が決まりました。長尾軍は、逃げるようなフリをして、ゆるゆると兵を後ろに下がらせました。しかし親兵衛たちは急に追わず、陣形をたもったままゆっくり前進してくるのみです。

最前線にいる五十三太(いさんた)素手吉(すてきち)が、「ヤーイヤーイ、バーカ」とののしりながら、そこらへんの小石を投げてきました。冷静を保っていた景春でしたが、これを見ると一気に怒りが沸点に達しました。

景春「フザケんな。おまえら、やっぱり全軍突入しろ!」

全軍が、親兵衛たちに突進してきました。八つの隊はどれも、ちょっとだけ敵の相手をしてから、すみやかに後方に逃げ出しました。景春たちはこれをつい深追いします。そこに… 松の木の後ろに隠れていた鉄砲隊がいっせいにトリガーをひき、銃声とともに何騎かの騎馬を打ち落としました。

景春「しまった」

これをキッカケに、今度は長尾の全軍が算を乱して逃げ始めました。これと同時に親兵衛たちは一気に攻勢に転じ、面白いように敵をなぎたおして行きました。敵の中には踏みとどまろうとする勇士も若干いましたが、この勢いを逆転するにはまったく不十分で、あえなく孝嗣(たかつぐ)などの手により倒れていきました。かくして勝負は決しました。景春の敗北です。

景春たちは側近たちとともに必死に逃げましたが、親兵衛チームが次々と追ってきます。側近のうち一人が踏みとどまって時間をかせごうとすると、親兵衛チームからもひとりがこれに当たるといった具合で、だんだんと景春を守る人間は剥がれていきました。最終的に、彼を守って走るのは、梶原(かじはら)景澄(かげすみ)荻野(おぎの)泰儀(やすのり)だけになりました。これらを追うのも、今は親兵衛一騎です。主だけでも遠くに逃がそうと、梶原(かじはら)たちは時々親兵衛と槍を交えながら逃げ続けます。やがて一同は、葛西の冬枯野辺(ふゆかれのべ)まで来ました…


さて、場面は変わって、山内(やまのうち)顕定(あきさだ)たちと戦っている信乃と現八たちのことに話を移します。

顕定(あきさだ)は、兵力ではこちらに劣るくせに、林をうまく使ってまともにぶつかってこない里見軍にしびれを切らしていました。だんだんと日も傾いてきました。

顕定(あきさだ)「ええい、ラチがあかん。あんな林、火をつけて焼いてしまえ!」

この指示を受けて、兵達は火矢を林に向かって射かけます。しかしちょうど間が悪く、その瞬間に向かい風がサッと吹いて、矢は林に入らず、かえって自分たちのまわりのヤブに火をつけてしまいました。

顕定(あきさだ)「何をしている、消せ、消せ!」

これらの火を消すために、兵たちは棒やサオでバンバンとヤブを叩いて火を消し止めようとしましたが… そのとき、ヤブの中にいる何かをボコッと叩く感触がしました。何かと思いきや、さっき戦車に火をつけまくったイノシシの群れが、こんなところに潜伏していたのでした。ヤブヘビならぬ、ヤブイノシシ。

イノシシは暴れ狂いはじめました。手当たり次第に、兵をキバにひっかけてはね飛ばします。火とイノシシで混乱した顕定(あきさだ)の隊は、収拾のつかない状態になりました。

信乃「今だ、敵は乱れている! 今こそ敵将を捕らえるんだ」

信乃・現八・そして逸友(はやとも)直元(なおもと)の隊が、一斉に顕定(あきさだ)の隊を叩きました。これによってほとんどの兵は逃げてちりぢりになってしまい、ここでも勝負の大勢はは決まってしまいました。

逃げる人々の中には、顕定(あきさだ)の息子、憲房(のりふさ)の一隊もいました。現八はこれを追い、側近たちを槍で倒して、簡単に捕らえてしまいました。憲房(のりふさ)は所詮は偉いさんのボンボンですから、こんな修羅場を切り抜ける胆力はなく、ベソをかいて兵たちに里見の陣まで連れて行かれました。

さて、成氏の隊はたまたま別の場所にいましたから、火やイノシシには襲われていません。しかし、離れた場所でこういった混乱が起こっていることには気づきましたので、兵を分けて、横堀(よこほり)在村(ありむら)新織(にいおり)素行(もとゆき)に「彼らの援軍をしてこい」と命じて送り出しました。

しかし在村(ありむら)らが出て行った直後、里見軍は成氏たちのもとにも攻めてきました。勇敢な部下たちもいたのですが、これらはみな里見軍の勢いに圧倒され、もはや戦況は一方的です。兵の数をすっかりすり減らして、成氏は討ち死にを覚悟しました。

次の瞬間、にわかに空が暗くなり、突然の強風がふきすさびました。それと同時に一頭の巨大なイノシシがどこからかともなく現れ、成氏をキバにひっかけて背中に乗せ、そのままどこかに走り去りました。やがて空が明るくなりましたが、誰もさっきのイノシシがどこに向かったのか見当がつきませんでした。


さて、成氏に送り出された在村(ありむら)素行(もとゆき)は、顔をちかづけて秘かに相談していました。「もう勝ち目はないよな。俺たちが援軍に行こうがなんだろうが、もう意味がない。とっとと逃げて家に帰るのが一番だ」

こう考えたので、与えられた兵たちを連れて、葛西の方向に逃げてしまいました。兵たちはもうすっかり戦いがイヤになっており、次々と脱落していきましたから、不知底野(そこしらずの)という土地を過ぎるころには、たった4人の口取りがついてくるだけになりました。

信乃は、さっきのイノシシの騒ぎで逃げてしまった顕定(あきさだ)たちを追って、数人の雑兵を連れながら葛西のあたりをウロついていました。

信乃「どこに行ったかもう分からなくなっちゃったな… おっ、あれは?」

信乃の目の前には、頭巾で顔を隠した2人の落人が、ビクビクしながら馬に乗っています。信乃は、服装などから推して、管領軍の誰かだろうと考えました。雑兵のひとりに記憶力のいい者がいて、「ああ、あれは足利成氏の側近、横堀(よこほり)在村(ありむら)新織(にいおり)素行(もとゆき)ですね」と信乃に教えました。

信乃「なんという幸運、それは私のカタキだ。おい、そこの者たち! 私の顔を見忘れたか、犬塚信乃戍孝(もりたか)だぞ。横堀(よこほり)よ、かつて私をねたみ、疑って殺そうとしたことは忘れていないぞ。新織(にいおり)よ、行徳(ぎょうとく)で私たちの行方を探り、私の身代わりとして山林(やまばやし)房八(ふさはち)が死んだこの恨み、今こそ返さずには済まん。私は今、房八(ふさはち)が死んだときの血染めの衣を身につけているのだぞ」

二人がギョッとしてこちらを振り返っているうちに、まず信乃は一筋の矢をヒョウと放つと新織(にいおり)の耳からアゴを射て貫き、殺してしまいました。

横堀(よこほり)「ひいっ!」

そして、(えびら)に残っている最後の矢を力一杯ひきしぼると、一目散に逃げ出した横堀(よこほり)に狙いを定めて、(ちょう)と撃ちました。矢は横堀(よこほり)のうなじに刺さり、馬の上にバッタリと伏して動かなくなりました。馬はそのまま走り去りましたので、生死ははっきりしません。

信乃「自分はこのまま横堀(よこほり)を追う。お前たちはここで待っていろ!」


場面は犬江親兵衛のいる場所に移ります。彼は梶原(かじはら)景澄(かげすみ)荻野(おぎの)泰儀(やすのり)を追って、不知底野(そこしらずの)に入りました。ここは草が茂っていて、地面が見えにくくなっています。親兵衛が景澄(かげすみ)についに追いつき、後ろから背中を刺そうと槍をふりあげた時…

馬の足場が急になくなり、親兵衛は青海波(せいかいは)もろともにガクンと穴に落ちました。

景澄(かげすみ)「バ、バカめ! 穴に落ちるとはな。ちょうどいい、とどめをさしてやるわ」

景澄(かげすみ)は馬を穴のそばに返してきて、槍を突き入れるために穴の中をのぞき込みました。そのとき、これをみとがめた人物が「やめろ」と叫びました。

景澄(かげすみ)「なんだお前は」

信乃「里見の八犬士のひとり、犬塚信乃戍孝(もりたか)!」

信乃は、景澄(かげすみ)と、もうひとり馬を返して追いついてきた荻野(おぎの)泰儀(やすのり)を、猛烈な攻撃で追い立てて、やがて両方の首近くにに手傷を負わせて馬から落としてしまいました。しかし、彼らの生死を確認するのももどかしく、信乃は穴の中に大声で呼びかけます。

信乃「おい、今落ちたのは、親兵衛だろう? これにつかまって上ってこい!」

信乃はこう言って槍の柄の方を穴の中に差し入れます。すると穴の中から白い気がもうもうと立ち上ってきて… 次に、地面のくしゃみのような風が急に吹き上がって、そこから馬に乗ったままの親兵衛がピョンと飛び出し、地面にスタッと着地しました。

親兵衛「…あれっ?」
信乃「うおおっ、無事か! こんなところで会えるとは!」

続きは次回。


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