170. 無限レイズ、無限ケアルガ
■無限レイズ、無限ケアルガ
(原作「第百六十九回」に対応)
親兵衛「あ、あれっ、何が起こったんでしたっけ…」
不知底野の穴のひとつに落ちた親兵衛でしたが、不思議な力で馬ともどもそこから吐き出されたあと、キョトンとしています。
信乃「親兵衛、いつのまに京から帰ってきていたんだ。しかも、私が安房から連れてきた青海波に乗って。それ、てっきり、盗まれてしまったと思っていたんだ」
親兵衛「ええ、本当についさっき戻ってきたんです。馬がわたしを迎えにきてくれました。私はさっきたしか穴に落ちて… 敵にヤリで突かれそうなところだったのを、信乃さんが助けてくれたんですね」
信乃「ああ。お前をすこしでも助けることができたのは、本当にうれしい。6年前に死んだ房八との約束だったからな。お前と一緒に戦場に臨んだときは、死んででもお前を助けると誓っていたんだ。しかし、あんな穴の中に落ちてもピョンと飛び出てくるなんて、これは伏姫さまの力なのかな」
親兵衛「きっとそうです。ああ、信乃さんの背負っているその幌は…」
信乃はちょっと背中を向けてみせました。「ああ、房八と沼藺さんの血染めの服を使わせてもらったんだ。いつでも自分はこの服を手元から離したことはなかった。今日のような決戦に、ぜひ房八にも加わってもらいたかったんだよ。あと、親兵衛が戦いに間に合わないのが悔しかろうと、せめて自分が青海波に乗って戦場に出ようと思ったんだ。まさかお前のもとに飛んでいっていたとはな」
親兵衛は感動のあまり半泣きです。「ありがとうございます! 信乃さんがいなければ、私の命はさっき終わっていたところです。また、父上の名前を背負ってくれているなんて、この恩、言葉にしきれない… そうだ、いろいろと言いたいことはあるんですが、孝嗣どのが無事でいてくれたんですよ! 地団太さんも、鮒三さんも! ぜひ、どこかで落ち着いて話をしたい」
信乃「孝嗣どのが! その話、詳しく聞かねば」
ふたりは馬を歩かせて近くの松の木の下にいっしょに座り、今までの話を交換しました。親兵衛が義道を助けて長尾景春と戦っていたという話は信乃には驚きでした。
信乃「なんと。御曹司がそんなピンチに陥っていたなんて… 危ないところだったんだなあ。聞いていて冷や汗が出てくる」
やがてここに、逃げた顕定たちを追って、犬飼現八と直元・逸友らがここまで走ってきて、座っている二人を見つけました。
現八「おう、信乃。顕定はどうなった。オレはさっき憲房を捕らえて城に送っておいたぞ。その隣にいるのは誰… あっ! まさか、親兵衛か!?」
親兵衛「ええ。今朝この戦場に着いたんです。さっき信乃さんに命を救ってもらいました。久しぶりです現八さん」
現八「うむ。聞きたいことが山ほどあるが… 今はまず、顕定を追うのが最優先だ。さあさあ、立ちなよ。一緒に行こう」
信乃はニコリと微笑みました。「いや、逃げた者はそのままにしておけばよいと思います。我々は今回、あくまで防禦師なんですからね」
現八「それもそうか。じゃあ、敵もいなくなったことだし、一緒に陣まで戻ろうぜ。その途中、あったことをいろいろ聞かせてくれよ」
信乃と親兵衛は、帰りながら、今までにあった大体のことを現八やその他の人たちに語りました。
現八「そうか、横堀と新織を倒してくれたのか! それは実に痛快だ。横堀のせいでオレは牢屋にブチこまれ、信乃、お前と命をかけて戦う羽目にさえなったんだからな。そして新織のせいで房八どのの夫婦が死んだんだ。まことに天網は悪を漏らさぬもんだ。あと、孝嗣どのたちが無事だったのも実にうれしい。それどころか、御曹司を助けていきなり軍功を挙げたのだな。たいした奴らだ」
信乃「しかし、青海波を盗んで売ろうとしていた活間野目奴九郎というやつ、あの警備の中、よくもそんなことが出来たもんです。しかしこれのおかげで親兵衛が馬を取り戻したんだから、これもこの際、伏姫さまの計らいだったとでも考えておくべきなのかな」
現八「そうかも知れんな…」
信乃はふと思い出し、できるだけ早いうちに義成から預かっている節刀(何かを任命するときに渡す刀です)を親兵衛に渡すべきと考えました。馬を降ります。
信乃「親兵衛、お前に君命を預かっている。ここでは場所的にアレなんだけど、できるだけ早いほうがいいから、ここで預かっている刀を渡すことにするよ。今回、犬士たちは全員が防禦師に任命されて、毛野が軍師だ。つまりお前も、今から里見の防禦師だよ。(まあ、任命するまでもなく、すでに充分仕事してるけど)」
親兵衛も馬を降りて、「ははっ! つつしんで拝載いたします」
かしこまる親兵衛に、信乃は刀を手渡しました。「よし、ひとつ肩の荷が下りた。あとは現八が大角に刀を渡すだけだね」
現八「ああ、あの刀は、あれから毛野に預け直しているよ。大角に近いからな」
信乃「あ、なるほど」
親兵衛「大角さんは刀を受け取れなかった理由があるんですか?」
信乃「うん、これは毛野による秘密の作戦だから、あとで分かるよ」
親兵衛「へー」
さて、この場に、さらに多くのメンバーが追いつきました。代四郎、紀二六、孝嗣、地団太、鮒三、等々…
親兵衛「大丈夫だった?」
代四郎「ええ、残りの敵はみんな片付きました。御曹司の勝利です。もう安心ですよ」
親兵衛「みんな、本当によくやってくれた。信乃さん、現八さん、彼らは今回、こんな風に活躍してくれたんですよ…」
信乃・現八「そうか! みんな、ありがとう!」
この場に、土地の村長がたずねてきました。「我々はつねづねより里見の仁政を慕うものです。私の土地を通ろうとした管領軍の残兵たちは、みな足が立たないようにやっつけましたぞ」
信乃「おお、ありがとう」
村長「それで… 今回、敵の首級をとることは禁止であると聞いておりますが、特に人々に憎まれていたこの二人だけは、首級をとって参ったのです… ひとりは横堀在村。死んだまま馬に乗っておりました。もうひとりは新織帆大夫です。お検め願えませんか」
信乃「おお、これも大義でした。この二人だけは、罪人としてさらし首になるべき男ですから、首をとるのは許されるでしょう。自分もうれしい」
村長「(ほっ)」
信乃「村長、ついでのお願いで悪いが… 今回死んだものたちを集め、適当なお寺に埋葬してほしいんです。敵も味方も、みんな」
村長「ええ、それはもちろん…」
親兵衛が話をさえぎりました。「そうそう、その件で、私に提案があるんです。今回戦って死んだ人たちは、敵と味方の違いはあっても、それぞれ主君への忠心をつらぬいた人たちです。今回の殿のポリシーから考えて、ぜひ死から救ってあげたいんですが」
信乃・現八・その他「ど、どういうこと?」
親兵衛「素藤戦のときの話を聞いてみなさんご存じかと思いますが、私には姫神さまから授かった霊薬があるんですよ。ケガもなおるし、死んですぐなら、たぶん生き返る」
信乃「な、なるほど… それが可能なら、非常にいい。味方はもちろんだが、敵の大将たちの態度も軟化させることができる。しかし親兵衛、薬は足りるのかい」
親兵衛「ええ、ポーチから取っても取っても、上からポンと叩くとまた増えるんです」
紀二六「(そんな感じにビスケットが増える歌があったな…)」
こういうわけで、敵味方を問わず、無限レイズ、無限ケアルガの措置がとられることになりました。(FF知らない人はすいません)
親兵衛「もしも生き返らない人がいたら、その人はよほどの悪人だったってことです。それはあきらめて、底不知の穴に捨てましょう。…そうだ、穴といえば! 村長、村長」
村長「はあ、なんでしょう」
親兵衛「あそこの穴ボコは危ないですよ。私も落ちかけました。埋めればいいんじゃないかと思うんですけど」
村長「いやあ、やろうとしたことはあるんですが、あの穴、深さの見当がつかんのですよ。石を投げ入れてみると、はるか底の方で水の音はしますが、どうなっているのやら」
信乃「自分にアイデアがあります。国府台から河をはさんだところにある文明の岡を、みんな崩してこの穴に突っ込めば、さすがに埋まるんじゃないかと思います。あの岡は、洪水のたびにたまった砂利を捨てていったらできたということですが、あれって城の防衛にはかえって都合が悪いんですよ。一石二鳥ってことにならないでしょうかね」
みんな「なーるほど!」
後に、この案は里見義成によって正式に採用されました。この地方の民は、当面年貢を免除される代わりに、岡を崩して穴を埋めるという仕事に従事することになりました。これは一年ほどで終わり、見事に安全な土地ができあがりました。その後、ここは実り豊かな新田に生まれ変わったといいます。まあ、ここは余談です。