177. 大角、鎌倉のヒーローになる
■大角、鎌倉のヒーローになる
(原作「第百七十六回」に対応)
大角は、息子を捕らわれた怒りに駆られて城を飛び出してきた三浦義同を、伏兵によって簡単に撃退してしまいました。
大角「三浦親子といえば、関東でも名だたる猛将なのだが… 知恵という点では若干こちらに利があるようだ。あとは、手荒なことをせずに城を明け渡してもらえればベストなんだが。まあ、成り行き次第だけど」
大角たちは、ここで投降した兵たちもさらに軍に加えて、奪った馬に乗って城の門の前まで移動しました。捕らえた義武も連れてきています。
大角「里見の防禦師、犬村大角だ! 三浦どの、私は話し合いにきたのだ。どうぞ姿を見せられよ」
義同は櫓に登って、そこから大角を見下ろして叫びました。「我々を欺いて息子まで捕らえておいて、話し合いもクソもあるか」
大角「ここで船を借りたのは、あなたたちを害するためではない。あくまで扇谷の不法な侵略を止めるためだ。それをここの義武どのが突っかかってきたので、やむなくこうして捕らえたに過ぎん。これで分かってくれるなら、あとは丸く収めよう。しかしそれでも攻撃を仕掛けてくるなら… 人質を殺し、力づくでこの城を奪ってくれるまで」
義同は、櫓の上に二人の部下を連れてきていました。草占と勇といいます。この二人は鉄砲がうまいので、義同はそれを役立てようと思ったのです。自分でも大角を狙い撃つつもりですが、もしミスったらこの二人にもフォローさせるつもりでした。
義同は叫びます。「だまれ犬村、両管領の親族たる三浦がそんな脅しに屈するか」
そして、そっと鉄砲を構え…
義同「あれっ、火縄がない。なんだ? おい、草占、勇、お前らがあいつを撃て」
義同の予想に反し、草占と勇は、大角を撃つどころか、なぜか義同に襲いかかって縛り上げてしまいました。義同「な、何をする、きさまらー!」
草占が、城の内側に向かって叫びました。「城主、三浦義同を、安房の家臣、田力逸時と苫屋景能が生け捕った! 主を救いたければ、すぐさま城の門を開けよ!」
草占(正体は景能)が義同のうなじに刃を押し当てたので、城の兵たちは恐れて、言われたとおりに門を開けました。そこから大角たちの軍がなだれ込んだので、もう誰も抵抗できません。城を守っていた兵はみな、降参するか逃亡するかしました。女や子供たちは逃げることができずに泣きましたが、大角は老兵に彼女たちの保護を命じました。
これで、新井の城は里見軍の手に落ちたことになります。大角と貞住たちは大座敷に案内されて座り、どうしてここに逸時と景能がいるのかたずねました。
大角「こんなところにお主たちがいるとは、とても想像もできなかった。照文どのたちと、京都にいる親兵衛を迎えに行ったと記憶しているが」
逸時「いやー、いろいろありましてねえ」
逸時が語った事情はこんな感じです。
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京にいく途中、遠江の灘で海が荒れに荒れたんです。何度も、船がひっくり返ると思ったほどでした。そのときに船頭が、『壬と癸』生まれが乗っているといけない、と言い出したんです。
船のメンバーの中には、合計で13人、この干支に生まれた者がいました。私(逸時)と景能もです。これらがみんな小舟に乗って船を離れてみると、本当に風がやみました。仕方なく、照文様たちから我々は離れて、途中で脱落したのです。我々の小舟は、やがて三河の苛子に漂流しました。
そこでは領主の隣尾どのに助けられ、我々はしばらく療養することができました。しばらく漂流していましたから、非常に体調が悪くなっていたんです。やっと体調がマシになったのは、12月に入ってからでした。
そのころ、管領の連合軍が里見を攻めようとしているというウワサが三河にも流れてきました。我々は焦り、領主にお願いして安房に帰る船を手配してもらいました。しかしまたトラブルがあり、この船はまた嵐に遭って、今度は三浦に漂着しました。
ここで我々はここの義同に捕らえられ、素性を問い詰められました。ここは管領山内の味方ですから、里見であると答えるわけにいかず、隣尾の家臣、草占と勇であるとウソをつくしかありませんでした。今回は管領軍への招集に応えられないというワビを入れにいく途中である、と。
義同は納得したようでしたが、我々を釈放はしてくれず、勝手に自分の部下として城兵に組み入れてしまいました。結構コキ使われましたよ。私と景能は、弓や鉄砲がうまいと評価されていたので、今回、大角さまを狙撃する仕事に抜擢されたんですね。いやあ、このおかげで城主をこんな形で捕らえられたんですから、なにが役に立つか分からないもんです。
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大角「うーん、本当に不思議な話です。この奇跡のような巡り合わせは、伏姫の助けとでも考えるしかないですねえ…」
さて、隣の部屋では、縛られた義同と義武がこの話を漏れ聞いており、非常に悔しがっていました。大角は彼らのところにいき、縄を解こうとします。
逸時「えっ、ちょっと、ちょっと! 彼らは百人並の猛者なんですよ。どうして縄を解くんです。ひどいことになりますよ」
大角「いや、ならないさ。どんな勇猛な人物も、『仁義』に勝つことはできないはずだ。これは里見の殿からの命令だよ。城主にはちゃんと礼をもって当たらなければいかん」
縄を解かれてポカンとしている三浦親子に、大角はさらに語りかけます。
大角「今回私が勝ったのは時運によるのみ。お二人とも実に勇敢な人物です。今回、戦の和睦がなるまで、やむを得ずこの城を少しの間お借りしたい。扇谷の非法さに屈するわけにはいかんのです。里見には決して領地を奪ったりする意図がないことを信じてくだされ。あなたたちには、その間、安房にご滞在いただく。女子供たちには船旅は危険だから、この城でしばらく、責任をもってお世話させてもらう」
三浦親子は、戦いに負けたのと、大角の仁義の心に打たれたのとで、すっかり気力をくじかれました。「ああ、好きにしてくれ」
そうして、逸時と景能と数百名の兵に守られながら、安房に送られていきました。
新井の城が落ちたという情報は、鎌倉にいる山内顕定の親族と家来たちに伝わりました。彼らは震え上がって、鎌倉の拠点を捨てると、一族郎党ともども、荷物をまとめてどこかに逃げ去ってしまいました。
大角「えー、別に逃げることないのに。鎌倉をそのままにしておいたら、北条に攻め込まれちゃうよ。仕方ない。貞住がしばらくあそこを預かって仕切ってよ」
こうして、戦が終わったあとも、新井を拠点として大角がしばらく三浦を治め、貞住が鎌倉を治めるという格好になってしまいました。大角たちはその間、法律を緩くし、年貢を少なくし、城にため込んでいた米や財宝をみんな民にバラまいてしまいましたから、住民に熱狂的に歓迎されました。徳が行き渡り、犯罪が減り、夜道に跋扈していた狼たちも、住みづらくなってどこかに行ってしまったといいます…
さて、場面は、扇谷たちのいる場所に移ります。彼は毛野の作戦により海戦に大敗し、炎を逃れて命からがら河崎に上陸することができました。大石憲儀と数人の家臣、そして約300人の兵も連れていますが、50000人いたのがずいぶん減ってしまったものです。
定正「ここから五十子城までどのくらいだ」
憲儀「まあ、そんなに遠いわけではないですが、殿が歩いていくのは格好がつきませんね。近くに馬の市がありますから、調達してきます」
憲儀は兵をつれて市まで行くと、馬売りに「これと、これと、この馬をただちに供出せよ」と命じました。
馬売り「えっ、お代は…」
憲儀「そんなもんあるか。管領が使うんだ、ありがたく思え」
さらに抗議しようとする馬売りを兵たちがたたきのめしました。憲儀はまんまと数頭の馬を手に入れ、定正にもこれを与えると、城に向かって進みはじめました。
今度は、河です。渡し船の船主たちは、さっき彼らが市場で乱暴を働いたことをもう聞きつけていますから、向こう岸にみんな逃げてしまい、呼んでもこっちに来ません。
憲儀「なんだあいつらは。腹が立つ、弓で射殺してやる」
箕田后綱「いや、あまりこんなのに構って時間を無駄にしないでおきましょう。ちょっと上流まで行けば自力でも渡れますから。矢口まで行きましょう」
こうして一行は河の上流に向かって進みました。
市場では、馬を盗まれたことに怒った仲間たちが集まってきて、「俺たちのメシの種をあんな横暴に奪っていく、あんなのは主君じゃねえ」と気勢を上げ始めました。普段から生活に不満をもっている荒れた連中もこれに加わりましたから、300人くらいの暴徒になってしまいました。
暴徒のリーダー「あいつらを追え、やっちまえ。負け犬どもなんか怖くねえ」
暴徒はやがて定正たちの隊に追いつくと、そこで激しく戦い始めました。定正たちはロクにメシを食っていませんから力があまり出ず、こんな暴徒にも苦戦します。
ところでもうひとつ、このあたりに集団を形成していたものがあります。さきに小文吾たちに負けて船で流されてきた、彦別夜叉吾と150人ほどの雑兵たちです。彼らも河崎に流れ着いたのでした。
夜叉吾はここの市場でさっき騒ぎがあったことを知りました。扇谷定正たちが馬を奪って逃げ、暴徒がこれを追っているといいます。夜叉吾はこれを名誉挽回のチャンスと考え、さっそく矢口の方向に急ぎました。ちょうど戦いに間に合いましたから、暴徒の群れの後ろから攻撃をしかけて、蹴散らしてしまいました。
定正「おお、彦別。助かったぞ。どうしてここにいる」
彦別「行徳で犬士たちに敗れ、船が流されてここまで来たのです。しかし偶然ここで定正さまを助けられたのはよかった」
こう言って彦別が得意がっていると… さらに彼らの後方から、砂塵をたててこちらに迫ってくる一隊があります。1500ほどの兵を率いる、3騎の騎馬。
左には荒川清英、右には印東明相。そして中央にいるのは…
「逃げるな定正! 練馬の旧臣にして今は里見の防禦師、犬山道節忠与にここで会ったが運の尽きだぞ!」
定正「ギャーーーーッ!」
道節たちを止めるために、また、定正を逃がすために、ほとんどの兵力がここで戦い始めました。しかし、もはや勢いが違います。荒川と印東にいいように切り崩され、定正たちの兵は傷を負い、倒れ、あるいは逃げ去ってしまいました。敵のなかでもっとも勇敢に戦ったのは箕田でした。背中を見せずに無数の刀傷をうけ、激しい戦死を遂げた箕田を見て、道節は「こいつは敵ながらあっぱれな男だ」と感心しました。
この戦いを後目に、さらに矢口を指して逃げていくのは、定正、憲儀、あとは3人の近習のみです。これに荒川と印東が追いつこうとすると、3人の近習は道ばたの竹藪に入って逃げてしまいました。
荒川「よーし、あとはあの二人だけだ! もはや足のないカニも同然よ」
このとき、同じ竹藪の中から500名ほどの雑兵が一度に飛び出し、激しく鉄砲を撃ち始めました。
荒川「おっ、いかん、まだ伏兵がいるのか。いったん止まれ」
この隊の隊長が、名乗りを上げました。「私は父道灌の密意をうけて、我が主君を守らんとここに待ち伏せていた者… 巨田新六郎助友だ!」
(助友の兵が、さっき逃げた3人のクビを槍に指して持っています。彼らは許されなかったんですね)
ここに道節も追いつきました。「巨田助友! 会いたかったぞ。荒芽山ではお世話になったな。今こそ恨みをかえすときが来た!」