179. 小悪人たちの最後
■小悪人たちの最後
(原作「第百七十八回上」に対応)
犬山道節率いる一隊は、巨田助友と戦って彼を退却させましたが、扇谷定正を追うのはほどほどにして、かわりに五十子城に急ぎ、人質たちを救うことに決めました。
しかし、城に向かう道中で、あらかじめ放っておいた偵察が戻ってきて、もう犬阪毛野が五十子を落としてしまっていると報告しました。
道節「おお、やられた。あの知恵袋(ホメ言葉)に先を越されたわ…」
それでは大塚の城のほうを落とそうと、方向をかえてそちらに急ぎました。途中で、里見軍を慕った地元の勢力が加わり、隊は3000人ほどにまで大きくなりました。
しかし、大塚城のすぐ近くまで来たとき、これまた偵察が「ここは犬阪どのが派遣した小森どのと木曾どのがすでに落としてしまいました」と報告しました。
道節「あ… あの知恵袋(ホメ言葉だぞ、ホメ言葉)が!」
ここまで来たからには仕方がないので、道節は城を訪ね、頭人の小森たちに会いました。
小森「お疲れ様ッス、道節さま!」
道節「うん。すごいなお前ら。こんなに素早く五十子も大塚も落としてしまったなんて」
小森「それが、昨晩のうちに1000人の兵を連れてここに来てみると、みんな逃げる準備をしていたんですよ。大石が捕らえられたウワサがここまで届いたんですね。で、ここを守っていた反橋雑記と丁田畔四郎は、忍岡にいる連中と合流して守りを強化しようと考えたらしいんです。(捕らえた兵のひとりに聞きました。)こんなワケでしたから、ほとんど戦いらしい戦いもせず、ここを占領してしまいました」
道節「なるほどな。じゃあ敵は忍岡に集結したのか。まさかそこも、毛野が落としたんじゃあ…」
小森「あ、忍岡だけは道節さまに任せる、と言ってましたよ」
道節「フッ… 気が利くな、知恵袋(ホメ言葉)め! よし、オレはすぐそっちに行く。どれだけ敵がいようが、踏み潰して欲求不満を解消してやる」
こうして道節・印東・荒川たちは、兵を率いて忍岡を目指し、急いで軍を進めました。途中、礫川と湯島の中間地点のあたりで、道節は怪しい気配を感じました。
道節「森が妙な雰囲気だ… どうも伏兵がいるような気がする」
道節のカンは正しく、正面近くの森から、ワッと声をあげて飛び出してきた一隊がいます。「端武者どもめ、覚悟せよ。我らは扇谷の身内、根角谷中二の隊だ」
左右からも伏兵達が飛び出します。「われは箕田馭蘭二だ。くたばりやがれ」
道節「合計2000人ってところか。どうってことはない。どっちがくたばるのか見せてやる」
道節はこれを受け止めて猛然と戦いはじめました。個人の働きもさることながら、兵の隊形を自由に操ることも手足のごとくで、とても谷中二たちはかないません。また、先鋒の印東と荒川も猛烈に敵の隊に切り込んでこれを崩し、危なげがありません。
さらに後ろから、新たな隊が迫ってきて道節たちの後陣をとらえました。「大塚の頭人、反橋と丁田だ!」
しかしすでに前方の谷中二と馭蘭二は深手を負っており、タイミングの合わせかたがいまひとつでした。道節は後方のフォローにまわり、500人ほどの反橋・丁田の隊を迎撃して打ち破りました。残った雑兵たちは散り散りに逃げてしまい、これで勝負はすっかり決しました。
道節「敵の主なやつらはほとんど死んでしまったな。かろうじて生きているのは根角と箕田か。縛って連れて行こう。根角は忍岡の頭人だったはずだが、どうしてこんなところにいたのかな。まあ、そのうち分かるか」
こうして道節たちは、忍岡の城に到着しました。そこにはなぜか、里見や氷垣の紋を染めた旗が掲げられています。
道節「なんだ、どれもオレにとっては味方の紋なんだが… 敵のカクラン作戦なのか? よく分からん。おおい、城の中には誰がいるんだ? オレは犬山道節だ!」
犬山道節という名を聞いた途端、城の中が騒がしくなった気配がありました。やがて城門が開き、一人の武者が、何人もの従者を従えて飛び出してきました。
武者「道節さまは! どこですか!」
道節「ここだ。…お前は落鮎!」
なんと、穂北の荘園から逃げて行方不明になっていたと思われていた、落鮎有種です。
道節「こりゃどういうことだ。お前がこの城を落としたのか? 今までどこで何をしていたんだ?」
落鮎「話せば長いことです。まずは上がってください…」
道節たちは座敷に案内され、落鮎ほか数人の男たちに面会しました。まず道節は、洲崎での海戦からここに至るまでの事情を簡単に説明しました。
落鮎「なるほど、あいかわらず凄まじい働きをされる。感服するしかございません」
道節「まあ、それはそうと、お前の話も聞かせろ」
落鮎「ええ、実は…」
- - -
我々は、重戸の意見に従い、根角や箕田との戦いを避けて穂北を捨て、下総の猨嶋にある誼夾院村に逃げました。そこには重戸の叔父である修験者・豪荊がいました。
この地域はかつては修験寺の本山だったところで、豪荊どのはそこの寺の住持なんです。住人たちには僧兵のような連中がたくさんいて、豪荊どのがそれらを腕っぷしと親分肌で仕切っていました。我々の事情に深く同情してくれて、村の中に住居を準備してくれたので、しばらくそこに潜んでいることができました。
しかしこの秋の終わり、里見が管領軍に攻められるピンチにあるというウワサが、この地にも流れてきたんです。我々は今こそ里見への恩、道節さまへの恩に応える時だと考えました。豪荊どのも我々を応援してくれて、数十人の僧兵部隊とともに我々とともに村を出てくれました。
敵や味方の布陣がどうなっているかはある程度調べていて、我々ははじめ、里見義道さまのいる国府台に駆けつけようとしたのですが… そこに向かう途中で、もうそこでの勝負はついてしまったとの情報を得ました。
このままではマヌケですし、どうしようかと思いましたが… 我々はこの足で、忍岡の城を攻めることにしたのです。そこにいる頭人、根角谷中二は、我々を穂北から追い出し、この大戦のキッカケをつくった人間の一人ですから、ぜひ仕返しをしておきたかったのです。
とはいえ我々は少人数(250人くらい)ですから、正面から攻めるのはうまくない。ですから、我々は昨晩、「行徳で敗れた残兵だ。上杉朝良さまも変装してここにいる」とウソを言って、門をあけさせました。そこから私や豪荊、それに屈強の僧兵たちも侵入して、慌てる敵達を無二無三に切りまくりました。このとき、敵の頭人のひとり、穴栗専作は重傷を負って半死半生で捕らえられました。他の根角たちは逃げてしまいましたが。
まあ、こんな感じで、やってみると思ったより簡単に城が落とせましたよ。団結のもろい敵なんて、こんなものです。
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道節「なるほど、よくわかった。ここにくる途中で根角たちに会った理由もわかった。あいつはこの城から逃げる途中だったってことだ。俺たちのことを、どこぞの馬の骨の寄せ集めとでも勘違いしたんだろうな。安易にケンカを売りおって、このオレに会ったのが運の尽きだったってことだ」
落鮎「そうですね。…そうそう、穴栗をここの牢に放り込んであるのですが、ここには以前捕らえられた無実の住人たちがいっぱい閉じ込められていましたよ。みんな今にも死にそうに弱っていました。そこには世智介や梨八夫婦もいました。助けるのが間に合って本当によかったです」
道節「そうか、よかった」
落鮎「世智介は、自分の口の軽さが今回の災いを招いた、と泣いて謝っていました。まあ、罪っちゃあ罪ですが、こんな大事になったのは単に運が悪かっただけです。私は彼を許そうと思いますよ」
道節「そうだな。 …むしろ許せんのは、世智介たちを捕らえ、穂北を襲い、そして定正を惑わして今回の戦乱のもとを作った、根角どもだ。明日、八つ裂きの刑にしてやろう。安房に連れて帰っては、里見どのが(まさかとは思うが)許すだのなんだの言いかねん」
この晩、道節は洲崎への報告書と、軍師(毛野)への報告書をサラサラとしたためて、何人かの兵に持たせました。
翌朝… ここらの住民達が、道節に訴えることがあるといってたずねてきました。
住人「我々の親兄弟を、罪もないのに無残に殺したり捕らえたりしてきた男たち(根角、穴栗、箕田)を、我々の手で責めさいなんで殺したいのです。どうか我々の恨みを晴らさせてください」
道節「なるほど。こいつらにとっては、当然の報いでもあるな。わかった。三人の身柄を渡すから、好きにするがいい」
こうして、根角、穴栗、箕田は、傷だらけで半死半生のまま、ドサッと住民たちの間に投げ込まれました。ここでどんな「報い」が彼らに降ったか… ここにはつぶさに書きませんが、この物語の中で一番残酷な死に方をさせられた、とだけ記しておきましょう。Z指定になっちゃいますからね。
さて、豪荊は、さっそく村に帰ると言い出しました。
道節「今回のお主の働きはすばらしかったぞ。在野の勇士だ。恩賞は望むままだが」
豪荊「そのお心だけで十分だ。俗縁のある落鮎を、仁義に従って手伝ったまでよ。では、さらば」
道節「そうか、では、今のところは、さらば」
こうして豪荊は去り、次に、落鮎たちも城を出ると言い出しました。
落鮎「ずっと我々が城に留まっていても、ここの資源がもったいないですからね。それより、穂北に戻ろうと思います。あそこは、我々が出て行ったあと、根角たちが勝手に自分たちの別荘地に作り替えていたんです。せっかくだから、あの建物は我々が活用させてもらうことにします」
道節はもっともだとうなずき、穂北の警護に500人の兵を割いてあたらせました。落鮎たちが穂北に戻ると、近辺に散っていた女や老人たちも戻ってきて、もとよりずっと立派な屋敷にゆうゆうとおさまることができましたとさ。