里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

184. 信乃、祖父を葬る

前:183. 河鯉孝嗣はもう死んだのです

■信乃、祖父を葬る

(原作「第百八十回上」に対応)

「東西会盟の儀」も終わり、里見と関東管領の和解が最終的に確認されましたので、京から来た使者も満足して帰っていきました。まずは将軍からの使者である熊谷(くまがや)直親(なおちか)が、管領の使者とともに戻っていきました。(管領の使者は、和議をとりもってくれたことのお礼を言いに行ったんですね)

朝廷からの使者である秋篠(あきしのの)広当(ひろまさ)は、少し日をずらして帰途につきました。京に礼を言うために、こちらには里見からの使者団が広当(ひろまさ)についていきました。使者には、八犬士と照文(てるふみ)、そして丶大(ちゅだい)法師が含まれます。照文は義成(よしなり)義道(よしみち)の代理で、丶大は義実(よしさね)の代理です。

丶大は、この用事のために京に行ってくれと言われたときは「いや、ワシは坊主ですから、こういった役目は…」と渋りかけましたが、恩のある里見の頼みは断れないのでした。

使者団(と広当(ひろまさ))は6月6日の早朝に洲崎を出航して三浦にわたり、そこから東海道にそって西に進みました。トラブルはまったくなく、10日ほど後には京に到着しました。広当(ひろまさ)は自分自身の報告のために犬士たちとここで別れます。また、先に京に来ていた管領からの使節団はもう用事が終わって関東に帰ったあとでした。

犬士たちはまず京の管領である畠山(はたけやま)長政(ながまさ)に会ってアポだけをとると、将軍の都合がよくなるまで10日ほど京に滞在しました。その間、みんなは適当に京を散策したり、寺に参ったりしましたが、親兵衛だけは宿にずっとこもっていました。なんせ、京では「軍神・親兵衛」ですからね。目立ちたくなかったのです。

(みかど)は、広当(ひろまさ)の報告にたいへん強い関心を持ちました。伏姫のことからはじまって今回の八犬士の活躍にいたる一連の事件を知らされ、この奇にして妙なるストーリーに驚いた(みかど)関白(かんぱく)・その他の殿上人は、ぜひこれらの勇士と丶大法師を一目見たいと希望しました。犬士・丶大・そして照文は特別に昇殿を許され、これらの人たちの前に参上しました。帝はスダレの裏でニコニコしています。

執奏(しっそう)「みなの話は興味深く聞かせてもらった」

執奏ってのは、帝の言葉を仲介する人です。

執奏「里見を助ける伏姫の孝烈、丶大の法験、そして犬士たちの武勇、どれも古今に例がないほどすばらしい。よって、伏姫を公式に富山の神とし、丶大法師を大禅師(だいぜんじ)とする」

帝みずからが書いた「富山姫神社(とやまひめのかみやしろ)」という額をもらうという大変な名誉にあずかり、丶大・犬士たちは平伏してかしこまりました。

この直後には将軍の都合がよくなったので(今までカゼをひいていたのです)、犬士たちはそちらにもさっそく参上し、今回のお礼をあつく申し上げました。

将軍「今回は関東管領たちと和睦してくれてありがとう。今後も平和をまもって正しい政治をしてね」

照文・丶大・犬士たち「ははーっ」

こんな感じで、今回のお礼参りはすっかりスムーズに完了しました。なんか事件がないと面白くない… いや、もうエンディングなんですから、今さら大きな問題は起こりません。

(もっとも、将軍は、犬士からひとりくらい京に引き抜いて、京の守護役になってもらおうと思っていました。しかし、側近たちが「あいつらが活躍しすぎると、自分たちが(かす)む」と考えて、将軍をとめまくったそうです)

(また、丶大は内心では、「大禅師とか、正直めんどいだけ」とも思っていました)


こうして里見の一行は京をはなれ、帰りは木曽路を通っていくことになりました。美濃の垂井(たるい)を通るころ、信乃がひとつ提案をしました。

信乃「この近くには金蓮寺(きんれんじ)というところがあって、嘉吉(かきつ)の戦いのときに春王(しゅんおう)安王(あんおう)が殺されてしまったのはそこです。また、父(番作)はここで、祖父(匠作)の首を奪って逃げたという逸話もあります。ぜひ、寺を訪ねて跡を見ていきたいんですが」

みな賛成して、やがて金蓮寺の入り口あたりに来ました。

ここに、見慣れない男がひとり、里見の一行を待っていました。「もしや、そちらのご一行の中に、犬塚どのはいらっしゃいませんか」

信乃「ええ、犬塚はわたしですが… なにかご用ですか」

男「私は、小篠村の百姓で、局平(つぼへい)と申すものです。わたしの父は、(いの)丹三(たんぞう)直秀(なおひで)どのの家来でした。先日、わたしは夢を見たのです。ひとりの武士が私の前に現れて…

武士『わたしは大塚匠作だ。わが子番作が奪って埋めた、春王・安王・そして私自身の首を掘り起こして、ここに来るはずの信乃に手渡してもらいたい。場所は云々…』

男「こう言うのです。三日も連続で同じ夢を見ましたので、私はこれを確かな啓示と信じて、実際に言うとおりにいたしました。ここにその荷物を持っております」

信乃は激しく驚き、また喜びました。「…実は私も、昨晩、似たような夢を見ました。ここであなたに会うのは、間違いなく祖父の計らいだ!」

そうして信乃は旅のメンバーに、自分だけしばらく一行を離れて、祖父たちをちゃんと改葬していきたいと言いました。「改葬は三日の忌日が発生しますから、みんなの足手まといになっちゃうんですよ。みんな先に行ってください」

仲間たちがこれを許すはずがありません。「信乃よ、我々は義兄弟ではないのか。お前の父祖は、俺たちの父祖でもある。一緒につきあうに決まってるだろうが」

丶大も、自分の本職を放棄するはずもなく、いっしょに着いていくと言いました。照文だけは、伏姫の額を持っていますから、別に宿をとって待っていることになりました。

信乃は金蓮寺の住職にさっきあったことを説明し、局平の持ってきた3人のドクロをここに改葬したいとお願いしました。住職は快くこれに応じます。(当時はともかく、もういいかげん将軍へのもないですからね。)まずは仏前にこのドクロを安置し、長い読経と焼香がおこなれました。局平が持ってきた容器を開けて、中にあったふたつの小さなドクロと一つの成人のドクロを見たときは、さすがに信乃は懐旧の涙をこぼしました。

次に、春王たちが埋められた小さな塚に信乃たちは案内されました。近所の人たちに手伝ってもらってこの穴を掘り返し、首のない遺骨までたどり着くと、それぞれの公達のドクロをここに埋めて改葬は終了しました。匠作(しょうさく)の首もこの横に埋められました。

ひととおりの作業が終わったときには夜も更けており、お寺の人たちは信乃たちに夜食を提供しました。

信乃「すみませんが、忌みが明けるまで、ここに滞在させてください」
住職「もちろんよいですとも」
信乃「あと、近くに石工はいませんか。せっかくだから墓を彫ってもらいたいんです」
住職「今晩のうちに連絡しておきましょう。明朝には来てくれますよ」

住職「あ、あと、丶大法師どの。明日からは、あなた様が読経のメインを務めてください。偉い方とは知らずに失礼しました」
丶大「いやいや、ここの住職にお任せします。私はあくまでゲスト。横から合唱には参加します」

さて、この翌日… 石工の宇賀地(うがち)野見六(のみろく)が金連寺に呼び出されました。しかし、不思議なことに、野見六(のみろく)はすでに彫り終わった墓石をリヤカーで運んで来ました。

信乃「あれっ? これはどういうことなんです」

野見六(のみろく)「30日ほど前に、この墓石の注文を受けていたんです。りっぱな武士のかたで、彫る内容はこうこう、と詳しく指示していきました。自分は誰とも名乗りませんでしたが」

信乃「…」

野見六(のみろく)「それでですね。そのかたは、石を仕入れるための前金だ、と言って、純金の(つば)目貫(めぬき)を置いていかれました。犬塚という男がこれと引き換えにカネを支払ってくれるはずだ、と。今朝呼ばれて、きっとこの件だと確信を持ち、できた墓を運んで来たんです」

信乃は不思議さに打たれてしばらくは声も出せませんでしたが、

信乃「…その(つば)目貫(めぬき)、見せてもらえますか」
野見六(のみろく)「もちろん。これですよ(チャラチャラ)」

信乃「…住職! ここで亡くなった春王さま達の刀は、保管していますか!」
住職「え、ええ…」

信乃が直感したとおりでした。住職が取りだしてきた二振りの短刀は、どちらもあるはずの(つば)が抜き取られていました。

信乃「思ったとおりだ。祖父(匠作)の霊が、この刀から(つば)を外し、墓の前金として使ったのだ。するとあの目貫(めぬき)は… きっと自分自身の刀の目貫(めぬき)を使ったんだろう。その刀がいまどこにあるかは分からないが。どこかに埋まったままなのかな…」

信乃は墓の代金(とチップの小判)を野見六(のみろく)に渡して帰すと、村人たちに手伝ってもらってこの墓石を首を埋めた塚に設置しました。春王と安王のものはきわめて立派な作りで、匠作の墓は小ぶりに「義烈(ぎれつ)塚翁(ちょうおう)の墓」とだけ彫ったものでした。

この日と翌日も供養をつづけ、やがて忌みが明けたので、一同は住職に礼を言い、十分な滞在費を払って金蓮寺(きんれんじ)をあとにしました。


信乃たちはこの後、小篠(おささ)村に帰る局平(つぼへい)に案内されて、その近所にある拈華庵(ねんげあん)に着きました。

信乃「ここは、父が母と出会った場所なんです。また、母方の祖父母である、(いの)直秀(なおひで)夫婦の墓所でもある。しかし変だな。父の話では焼けちゃったはずなのに、庵が再建されている。墓も妙に立派だ」

信乃は墓参りをしてから、ここの庵主にアイサツして香典を渡し、事情をたずねました。庵主「ああ、あれからここは再建されたんですよ。私の前の庵主がやったんです」

信乃は茶を振る舞われながら、ふと庵の中にもたせかけられている、一本の古びた刀に目をとめました。

信乃「あれは?」

庵主「10日ほど前、誰かが勝手にここらへんを掘り起こした気配がありました。遺体でも埋めたのかなと思って調べてみたんですが… そんなものはなくて、これが一本埋まっていただけでした。よくわかりませんが、誰か物好きがいれば譲ってあげようか、というつもりでここに置いてあります」

信乃はその刀をよく見てみました。外見はすっかりボロボロですが… 柄のあたりに「桐一文字」と彫ってあるのを見たときには、全身に鳥肌が立ちました。自分が差している桐一文字は、短刀。この桐一文字は、大刀です。

信乃は何が起こったのかすっかり分かりました。局平がここに埋まった首を掘り出したときに、匠作(しょうさく)の刀だけはたまたま残していったのです。そして、匠作(しょうさく)が墓の前金として使ったのは、他ならぬこの刀のものだったのです。

信乃「(何気ない口調で)あの刀、譲ってもらっていいですか。おいくらです」
庵主「値段の相場なんか知りませんから、いくらでもいいですよ」
信乃「じゃあ、こんなもので(小粒金を二つ渡す)」
庵主「げっ! こんなもらっていいんですか。…おおい、この人たちに、お茶のおかわりを差し上げてくれ!」

庵主が奥にいた尼に言いつけると、尼は「水がないんで、汲んできますー」と答えました。

庵主「水が来るまでちょっと待っててくださいね」
信乃「ええ。この付近には井戸はないんですか?」
庵主「あるにはあったんですが… ちょっと前に、落石があって井戸がつぶれてしまったんですよ。巨大な岩が湧き水をさえぎっていて、ちょっとどかせません。だから遠くまで水を汲みにいかなくちゃいけないんです」

信乃「ふーん、ああ、あの岩がそうなんですか。…どう思います? 小文吾さん」
小文吾「オレに振るか… まあ、確かに、と思っていた」
庵主「? あなたたち、何を言ってるんです? こんな岩、ブルドーザーでもなければ…」

小文吾は軽くストレッチをしてから、おもむろにこの岩のカタマリを抱えると… ヨイショ、と声をあげて岩を持ち上げて、ズズン、と横に転がしました。地面がグラグラと揺れました。

岩のあった場所から水がこんこんと湧きだしはじめました。残りの犬士たちは、あたりに転がっている岩をポンポンと周りに積み上げ、たちまち井戸の形に作り上げてしまいました。

水を汲んできた尼が、これを見てヒエエと叫んで腰を抜かし、バケツの水をひっくり返してしまいました。みな、これをみて笑いました。

大角「うーん、これはめでたいですね。ちょっと一筆残したくなってきます」
毛野「そうですね」

大角は、「復泉(ふくせん)の記」と称した漢文をサラサラと井戸の岩の上に書きつけました。また、毛野は、この喜びを一句の短歌にして、その横に記しました。

道節「面白いことをするではないか。オレも書く」
親兵衛「私も私も」

こうして、犬士たちがそれぞれ一句ずつをひねり出し、井戸は寄せ書き大会になりました。

親兵衛「照文どのも書くんですよ」
照文「いや、わたしはこういう風流は得意でない」
現八「いいからいいから。日本に住んでて、歌が詠めないなんて許されないんだぜ」
照文「いやはや…(サラサラ)」
丶大「みな、上手いな。どれ、私も恥を残してみようか…」

こうしてできた句は以下のとおり。


壮士(ますらを)千曳(ちびき)の石をおきかえて
すみよき(いお)苔清水(こけしみず)かな(大角)

(うも)れ井の石蓋(いわふた)ひらき()く水に
多力(おおしちから)の名をや流さん(毛野)

信濃(しなの)なる戸かくし山にます神も
あにまさらめや神ならぬ神(現八)

山を抜くちからもあるに健雄(たけお)()
移すに石のかたきものかは(小文吾)

井は成りぬひさごもて汲め雲近く
水遠かりし山もとの(いお)(道節)

垂乳母(たらちね)(すみ)にし里に来て見れば
山ふところの宿もなつかし(信乃)

(つるぎ)大刀(たち)三世(みよ)くしことの本末(もとすえ)
むすぶは(のち)(いお)あるじかな(荘助)

小篠原(おささはら)わけつつ岐岨(きそ)の山の井に
こころ汲見(くみみ)よのこすことの葉(親兵衛)

糸芳宜(いとはぎ)にまじる山辺のしのすすき
そよげばにおう秋の初風(照文)

峯の松(雨露、有漏)に成出(なりいで)て風さそう
声を(ふもと)(室、無漏)に入るめり(丶大)


これらの歌は、100年たっても、うっすらと石の上に残り続けていたそうです。

(歌の意味? まあ、フィーリングでなんとか…)


次:185. パシリマスター
top