186. 八犬士、妻を選ぶ
■八犬士、妻を選ぶ
(原作「第百八十回下」に対応)
ある日、義成は八犬士たちを呼んで、最近の自分の考えを伝えました。
義成「私には8人の娘がいることはみんな承知していると思う。側室の子も中にはいるが、実の母は死んでしまったことが多く、まあほとんど正妻の子と違いはない。で、今まで彼女たちにはよい嫁ぎ先が見つかっていないのだが… これは考えてみれば却って幸運だ。つまり、8人の娘たちを、八犬士たちにそれぞれ娶せればいいのだと思ってな。どうかな、みんな。娘たちはどれも、どこに出しても恥ずかしくない立派なコだよ」
みな呆然としましたが、道節がまず口を開きました。「我々の戦功、いまだ多くはありませぬ。これにて城主の地位をいただくことすら後ろめたいのに、殿から姫君をいただくなどと… これはもはや、幸せをゆうに通りこして、バチがあたるパターンです。どう考えたって、辞退せざるを得ない」
他の犬士たちも、口々に同じようなことを言いました。「このままでは、私たちの幸せが殿を上回ってしまいます。これは人としてダメになるパターンですよ」
義成「バチなど当たらんし、まして、ダメになどなるものか。お前たちが里見にささげてくれる忠誠が、そんなもので少しでも損なわれるはずがない。もう決めたことなのだ。どうかウンと言ってくれ」
犬士たちは、逃れる道もなく、恐る恐る「わかりました」とつぶやきました。そばにいた辰輔、清澄、直元、貞住が、これを受けて祝いの言葉を唱えました。
義成「よし、ここまでは決まりね。…で、誰を誰に、という点なんだけど… 年齢的にも似通っていて、必ずしもこれだけで相手を決められない。いっそ、神の計らいに任せてみようと思うのだ」
辰輔「といいますと?」
義成「まあ、簡単に言うと、くじ引きだ。なんでも、月の下にはひとりの老人がいて、男女の足に赤い縄を結びつけているのだそうな。これに習い、赤い縄を使ってくじを作り、これを犬士たちに選ばせる。誰が誰に当たっても、恨みっこなしだ。別にハズレがあるわけじゃないから、安心してよ」
犬士「精妙なるお考えです。異議があるはずもございません」
義成「今日は吉日だ。すぐにもやろう。実際の結婚は来年二月。それまでに各自、城がない人は城を完成させておくこと。じゃあ、日が暮れたら、みんな指定の場所に来てね」
これで今のところは会議は終了ですが、最後に親兵衛がおそるおそる発言します。
親兵衛「私は実際のところまだ10歳です… 婚約はできますが、実際の結婚はみんなと合わせられないですよ」
義成「なあに、体のほうは充分だ。変に年齢の数字だけにこだわることはないじゃないか。もっとも、合衾をずっとあとまで延ばすかどうかは、私の知るところではない。でも結婚そのものには問題ないと判断するぞ」
親兵衛「わ、わかりました…」
こうして、日が暮れた後に、犬士たちはある部屋に集まりました。座敷の向こう半分はスダレですっかり仕切られていて、向こうに姫たちが集められているのです。それぞれ、静峯姫(19)、城之戸姫(18)、鄙木姫(18)、竹野姫(17)、浜路姫(17)、栞姫(16)、小波姫(16)、そして弟姫(15)です。みな、器量も教養も充分です。
姫たちの側のスダレの向こうから、老女房の手で8本の赤いヒモが差し出されました。「さあ、みなさん、これを選んで引っ張りなされ」
犬士たちがめいめいにヒモを選んでたぐり寄せると、それぞれ、札に名前が書かれたものがずるっと出てきました。東辰相がこれを受け取って、それぞれの結果を声高に読み上げます。
静峯姫… 犬江親兵衛
城之戸姫… 犬川荘助
鄙木姫… 犬村大角
竹野姫… 犬山道節
浜路姫… 犬塚信乃
栞姫… 犬飼現八
小波姫… 犬阪毛野
弟姫… 犬田小文吾
辰相「天縁のいたすところ、御配偶皆定まりぬ。千秋千秋、万万春!」
スダレの内側からは、女房たちの声が「万福万福ー」と答えました。これで抽選会は終了です。
犬士たちが戻ったあと、抽選結果は義成に伝えられました。
義成「おお、さすがだ。彼らの結婚相手は、前もって決まっていたかのようにツジツマがあっている」
辰相「そうですか?」
義成「うん。親兵衛に静峯は、『仁者は山を好む』の格言に一致する。年齢差が一番すごいのは気になるが、これもあとで理由が分かることだろう。城之戸が荘助に当たったのは、『義を守ること城のごとし』のとおりだ。大角はかつて雛衣を失っているが、名前の似た鄙木が当たったのはこれに代わる宿命だろう。道節が竹野に当たったのは、『忠は苦節(←竹が入ってる)に顕る』の通りだ。浜路と信乃は、もう言うまでもないな。現八に栞は、『道の信をなすものは栞』に一致する。毛野に小波は、『智者は水を好む』のとおり。そして小文吾に弟。『悌』の玉の男にふさわしいじゃないか」
辰相「な、なーるほど… あいかわらずのご教養で…」
犬士たちも、自分にそれぞれの姫が当たった理由をそれなりに考えてはいましたが、義成ほどのこじつけ… もとい、名解釈に至ったものはいませんでした。
大角は、かつて失った雛衣のことを考えれば、正直なところ今回の縁談にははじめ乗り気ではありませんでした。しかし、今回の結果に何かを感じて、与えられた運命に今ひとたび従ってみようと決意しました。
ともかく翌日、犬士たちは昨晩のことについて改めて義成に面会し、謝意を申し上げました。
義成「うんうん、みんな、ふさわしい相手に当たったようでよかったよ。ついでにひとつ。最近、真里谷から娘の嫁ぎ先を探しているという相談があったんだけど、それは孝嗣に娶せることにしたよ」
犬士「なるほど、こちらもまた、めでたい!」
さて、結婚の話はさしあたって一段落したとして…
道節「真里谷と聞いて思い出したのですが、そういえば、丁南の武田信隆はあれからどうなったんだろう。確か、管領を裏切る約束をして、その後、特に何をしてくれたとも聞きませんぞ」
義成「おお、みんな聞いてなかったかな。荒川、説明してあげてくれ」
清澄「ははっ。彼はあれから…」
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清澄の語ったことはこんな感じです。すなわち、信隆は扇谷定正に従って水軍を出発させたのですが、そこからすぐにわざと遅れて、自分の隊だけを上総の浦辺に上陸させました。そうして丁南の城に行くと、そのとき城を守っていた江田に、すぐに城を明け渡すよう要求したのです。
江田「何だ、そんな指示は聞いておらん」
信隆「こちらは里見にもらった証文を持っている。勝手に入るからな」
こうして、信隆は一方的に自分の隊を城の一角に侵入させ、そこを占拠してしまったのです。証文の内容は「扇谷を裏切って里見を助けるかわりに、丁南を返してもらう」というものなのに、城の返還だけを一方的に求める態度ですから、少々理不尽と言わざるをえません。
江田は信隆の隊を攻めて討ち果たしてやろうかとも思いましたが、仮にも里見の証文を持っているものを、むやみな扱いはできません。彼はやむをえず、稲村の義成に、この件を報告しました。
義成「うーん、ちょっと困った感じだね。しかし、民が彼に従うかどうか、まずはそれを見ていよう。彼に徳があるのなら民は従うし、そうでなければ居場所がなくなってしまうだけだ」
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清澄「こんな感じで、今のところ、放っておかせてある」
道節は聞いてあきれました。「そんな無法な振る舞いをする者を… すぐに誅伐すべきでしょうに」
毛野「いや、信隆は愚かな男ではありません。何か考えがあってやっていることのように思えます。殿の『寛』のポリシー、ここでも悪くないと思いますよ」
こうして議論をはじめていると、ひとりの兵士が「丁南の江田が、武田信隆を連れて参りました」と報告に来ました。ウワサをすれば影、というやつです。
義成「おっ、ちょうどよかった。あれからどうなったのか、報告してよ」
江田「ええ。信隆たちは、城の一部に居座りを続けているうちに、食料が尽きてきて、兵もだんだん逃げて少なくなってきました。それで、近所の百姓を呼んで、食料を供出して、兵にも加わるよう命令したのです」
江田「でも彼は拒否しました。今は里見の民だから、と言って。それで怒った信隆はこの百姓を衝動的に斬ってしまったのですが… これを聞いて激高した村人達が一斉に彼のところに攻めてきて、信隆は袋だたきにあってしまいました」
江田「幸い、彼が斬った百姓はケガだけで済んでいたので、彼の罪は最悪ではありません。我々は信隆を治療してやり、今まであんなことをしていた理由をたずねたのです」
江田「彼いわく、『二股武士になりたくなかったから』ということでした。管領軍を裏切るにしたって、そこから離脱することまでが人として許されるギリギリのラインであると。管領軍に刃を向けたとしたら、これはもう人として失格だというのが信隆の考え方でした」
江田「村人が旧領主の自分に従うだろうと考えたところが、信隆の考え違いだったようですね。彼は今ではこの過ちを深く反省しており、許しを請うために、今回、我々に連れられてここに来たというわけです」
義成「大体、予想していたとおりになったね。それじゃあ、よくよく反省してくれたことさえ確かなら、彼には領地を改めて返してやろう」
信隆には禁固50日の刑があたえられ、それが済んだあと、義成みずからが面会して反省の意を確かめました。そうして正式に、丁南の城を彼に返すと決めました。毛野が信隆を丁南まで送っていき、城の返還を取り持ちました。