3. 為朝、雷神を射る
■為朝、雷神を射る
為朝は、仲良くなった紀平治と一緒に山で猟をすることが多くなりました。というか、ほとんどそればっかりやっています。オオカミの山雄か野風のどちらかをいつも猟犬がわりに連れて行き、これも非常に役に立っています。
これをある日、部下の九郎重季が諫めました。
重季「仮にもあなた様は清和源氏の嫡流、のちのちは一国をも治めるような方なのですよ。こんな卑しい遊びにばかり興じて、武芸だの学問だのを怠っているのはいかがなもんでしょう」
為朝「うん、それは充分承知しているよ。しかし、私の世話をしてくれている季遠さまのことなんだけど、あの人はどうも心の狭い人だ。自分より優れている人をすごく嫌う傾向がある。だからまあ、今はこういうカモフラージュをしていようと思うんだ」
重季「なーるほど、そんな深謀遠慮が。私が浅はかでした」
重季は納得しましたが、今年ですでに16歳となった為朝の姿を見るたびに、都での出世競争に遅れてこんなところでくすぶっている主人のことが哀れで、いっそ腹立たしくさえ思うのでした。
重季「(父君(為義)も、為朝さまに一切連絡さえよこさず、実に心細い。本当に勘当のつもりなんだろうか)」
ある晩の夜明け近く、為朝がいつものように弓をもって出かけようとするところを、重季が止めようとしました。
重季「今晩、なんともイヤな感じの夢を見ました。今日山に出ると、何かよくないことが起こりそうな予感がします。今日はおよしになりませんか」
為朝「なんだい急に。悪夢を見るのは、単に体が疲れているだけのことだよ。気にすることはないさ」
重季「ホント、不思議と心配で仕方がないのです。どうしてもお出かけになりますか。じゃあせめて、私もお供させてください」
こうして為朝は、重季と、オオカミの山雄を連れて、いつものように木綿山の紀平治をたずねました。
八代「夫(紀平治)は、先に出ましたよ。今から追いかければ、山の中腹くらいで追いつくんじゃないでしょうか」
為朝「オッケー、追いかけてみるよ。ありがとう」
為朝主従(+オオカミ)は小走りで山を登りました。まだ夜は明けきりません。やや疲れたので、大きな楠のもとで、切り株に腰掛けて二人は休憩しました。なにせ明け方ですから、二人は座ったままついウトウトと居眠りしました。
…
為朝が目を覚ましたのは、山雄が「ウオオン」と吠えて、為朝の行縢に食いついて引っ張ったからでした。
為朝「なんだ、どうしたんだ」
山雄は口を離して一歩引き下がると、キバを剥いてうなり、今にも為朝に飛びかかりそうな様子です。四方を見渡しても、他に山雄が狙っているものはなさそうです。
重季「いけない、喰いつかれます」
為朝「しょせんオオカミか。野生の習性がよみがえったのだ。…殺してしまうしかない」
山雄が為朝に向かって跳躍したのを、重季がすかさず一閃して、クビを切り離してしまいました。
山雄の胴体は、血を吹きながらどっと地面に落ちましたが、頭のほうはなお飛び続けます。それは為朝の頭上を超えて… 楠の大枝にからみついている大蛇の喉笛に喰いつきました。
楠の幹の太さにもおとらない、とてつもない大きさの蛇です。大蛇がクビを噛まれてひるんでいるところを、為朝主従はめった刺しにしてこれを退治しました。大蛇は力尽きて、木からズルリとほどけて落ち、地面に横たわりました。
為朝「山雄は私の命を救おうとしてくれていたのだ!(涙がドバドバ)すまぬ、山雄! クビだけになってまでなお蛇と戦おうというその忠義、それを知らず、私というやつは!」
重季「わ、わたしも恥ずかしゅうございます。オオカミでさえこのような働きをしようとしたのを、私ときたら、長年仕えてきながらこんな過ちを…」
さて、ようやく朝日がはっきり差してきたところでしたが… 急に空が厚い雲に覆われ、ドロドロと雷鳴が鳴り始めました。
重季「急に、天気が!」
為朝「フーム、これは、龍がヘビの珠を取りに来たな」
重季「それは何です」
為朝「数百年を生きた蛇の体内には、必ず珠があるものなのだ。龍はそれを知っており、雷公を遣わしてこれを回収するという。…山雄の残してくれたものだ。彼の形見に、私たちがその珠を持って帰ろう」
重季「ってことは、今からここにカミナリが落ちるんですか」
為朝「うん、多分。しかし、私が見張っていて、カミナリが来たら射落としてやる。お前は蛇を裂いて、珠を探してくれないか」
重季「(今なにか、サラッととんでもないことを…)は、はい。やってみます」
為朝は弓をつがえると、天に向かってこれを構えました。重季が大蛇の体に刀をズブリと差し入れると、盆をひっくりかえしたような大雨が降り始めました。為朝は一向に動じず、弓の構えを崩しません。
重季「胴からシッポまで裂きましたが、珠は見つかりませんね。じゃあ、頭のほうに入っているのかな… おっ」
大蛇のアゴの下のあたりから、確かに、手のひらにおさまるくらいの透明な珠が見つかりました。重季が、「やった」と喜んでそれをムンズとつかんだ瞬間…
ピシャッ、ドカーン
激しい光と雷鳴がとどろき、それと同時に為朝は天に全力の矢を放ちました。
しばらくは目がくらんで何も見えません。しかし、矢が何者かにあたったという手応えは確かにありました。うそのように雨がやみ、雲が晴れて、明け方の空が戻ってきました。
そして為朝が目にしたものは… まっぷたつに割れた楠のもとで、大蛇から取りだした珠を左手につかんで掲げ、そして、立ったまま真っ黒焦げになって絶命している九郎重季の姿でした。
為朝は、自らの軽はずみな行為がさらに招いた悲劇に絶望しました。
為朝「…ああ、珠なんか、大事な家来を失ってまで求めるものではなかった! ゆるせ、許してくれ、重季。お前が見た夢の知らせとは、きっとこのことだったのだ…(再び涙ドバドバ)」
そこに、紀平治が何事かと走り寄ってきました。「あっ、御曹司!」
為朝はここで起こった一部始終を涙ながらに紀平治に説明し、重季が命にかえて取りだしてくれた珠を見せました。実に見事な珠でした。その後二人は、山雄と重季の墓をこの場につくり、墓標を立てて、彼らの冥福を強く念じました。
こうして為朝は紀平治とともにションボリと山を降りたのですが… 途中、松の枝にツルが引っかかって飛び立てないでいるのを発見しました。
紀平治「ん? なんだろう、あんなところにツルとは。私がツブテで撃ち落としましょうか」
為朝「今、殺生はしたくない。どうも足下で何かがからまっているのだな。私が矢で切り離し、助けてやろう」
為朝が矢を射ると、ツルは松から離れて谷川のあたりにフラフラと落ちました。紀平治がそれを拾ってきました。
紀平治「羽をケガして飛べないようですね。世話すれば治るかな」
為朝「うん。足に引っかかっていたヒモのようなものは何だったんだろう」
紀平治「それも拾ってきましたよ。金のクサリで、こんなものが結びつけられていました」
結びつけられていたものも金の札で、そこには「康平6年3月甲酉源朝臣義家放つ」と記されています。
為朝「八幡太郎・義家といえば私の先祖だ。前九年の役の戦死者を供養するために、ツルをたくさん放ったと聞いたことがあるが… この年月はそれだ」
紀平治「それって、すんごい昔ですよね!?」
為朝「ざっと98年も前のことだ。しかし、ツルってのは長生きなんだね。今もこんなところで生きていたんだ。なにか、運命的なものを感じるよ。山雄と重季の供養のためでもある。このツルを大事にして、ちゃんと飛べるように治療してやろう」
ツルを抱えてひとり屋敷に戻った為朝を、オオカミの野風が出迎えました。山雄が死んだことを知っているかのように、悲しそうな表情でした。