椿説弓張月、読んだことある?

5. 為朝、九州を統一する

前:4. 白縫姫、登場

為朝(ためとも)、九州を統一する

白縫(しらぬい)は、文殊院(もんじゅいん)でのサルの捕り物には参加していませんでした。屋敷で待機していると、サルが退治されたというニュースと同時に、結婚相手が見つかったとのニュースまで伝わってきました。

白縫「どういうことよ。え、サルを倒した男に私をめとらせる!? 何勝手なこと言ってんのよ」

あとで父に問いただすと、見つかったのは(みなもとの)為朝(ためとも)という大変な勇士なのだと言います。

白縫「へー、そう… お父様をそんな風に助けてくれた方なら、結婚しないわけにはいかないわね。でも、私自身はまだ、その方がどれほど強いのか知らないわよ。ちょっぴり気に入らないわね…」

しかし、同意は同意。忠國(ただくに)はおおいに喜び、吉日を選んで、さっそく祝言が執り行われました。そしてその日の夕方、老女が、白縫の待つ(ねや)への廊下まで為朝を案内しました。

老女「この奥の部屋に姫がいらっしゃいます」

為朝がテクテクと廊下を歩き、突き当たりのフスマを開くと…

腰元たち「三国一の婿君(むこぎみ)を! いざ、寿(ことほ)ぎまいらせんっ」

10人ほどの腰元たちが一斉に、さっき折った桜の枝をふるって襲いかかってきました。為朝(ためとも)はそれらを軽々とかわしながら、次々と女達の得物をたたき落としていきます。桜の花びらが部屋中に舞い散ります。

為朝(ためとも)「おい、なんの真似だ」

いとも簡単に武器を取り上げられ、腰元たちは恐れ入って部屋の隅にうずくまりました。部屋を仕切る屏風(びょうぶ)が退けられ、そこから白縫が現れました。

白縫「くだらない(たわむ)れをしてごめんなさい、為朝(ためとも)さま。私は、本当に強い男とでなければ結婚したくないと思っていましたから、失礼を承知で試させてもらったのです」
為朝「で、テストの結果はどうだった」
白縫「…こんなうれしい日はないわ!」

腰元たちはいそいそと退場し、ふたりはこの晩、偕老(かいろう)の契りを交わしたのでした。


この日を境に、一気に為朝(ためとも)の運は開けていきました。

彼の武名は、たちまち九州一帯に広がりました。隣国の武士たちは、それを怖れて友好を申し入れに来たり、あるいはライバルとみなしてあからさまな敵対をしたりしはじめました。九州中が騒然としてきました。(以前為朝が世話になった尾張(おわりの)季遠(すえとお)は、自分が為朝に冷たくしていた自覚があって、あわててヘイコラしに使者を送ってきたりしました。)

為朝は、紀平治(きへいじ)夫婦を筑紫から呼び寄せて家臣とし、自分たちに敵対する勢力を弱らせるため、どんどん遠征をはじめました。忠國のもとにいた家来も一騎当千の手練(てだ)れがそろっており、これに八町ツブテの紀平治や為朝(ためとも)自身が加われば、どう転んでも負ける要素がない、無敵のドリームチームなのです。菊池・原田といった大勢力を相手に勝利を重ね、数十個の城を抜きまくり、やがて完全降伏させてしまいました。(そうそう、オオカミの野風も大活躍しました。敵陣に潜入して混乱を招くのは彼の仕事だったのです)

阿曾(あそ)家に婿入りして一年後、為朝はついに九州統一を果たしました。筑前(ちくぜん)太宰府(だざいふ)に城を構えて九州中の賞罰をつかさどり、税を少なくして仁政を敷き、人々からは「鎮西(ちんぜい)八郎(はちろう)」と(たた)えられるまでの立場に上りつめたのです。このとき為朝は16歳でした。


京の信西(しんぜい)入道は、たびたび九州に偵察を放って様子を探り、為朝が日の出の勢いを誇っていることを非常に憎く思っていました。何とかあいつを追い落とすチャンスはないものか。

鳥羽上皇が御所の庭に池を掘らせたという話に、信西はこのチャンスを見いだしました。(崇徳上皇、鳥羽上皇と、何人も上皇がいるのが変な感じでしょうが、当時は院政が流行(はや)っており、天皇はすぐやめて上皇ばかりがどんどん増えるのです)

信西「上皇、そのお池、ツルなどを放つと似合いそうですね」
鳥羽「そうかなあ」
信西「今九州にいる為朝(ためとも)がですね、珍しいツルを見つけたんですって。なんと、八幡太郎・義家が100年近く前に放ったというツルが、そのときの金牌もつけたままの状態で捕獲されたんです」
鳥羽「へー」
信西「すごく大きくて、鳴き声がキレイなんですって。似合うだろうなあ、この池に」
鳥羽「そうだなあ。よし、それ、もらおうよ」

信西は、為朝がツルを捕まえ、ことまで知った上で、鳥羽上皇をこんな風にそそのかしました。上皇は翌日、為朝の父の為義(ためよし)を呼びつけ、ツルを進上するよう命じました。為義(ためよし)でさえそんなツルのことは知りませんでしたから、不思議な気持ちでそれを承りました。

為義(ためよし)「ははっ。ともかくも、九州の為朝に言いつけますゆえ」

九州への使いには(はたの)次郎(じろう)景延(かげのぶ)が任命され、彼は昼夜を分かたずに為朝のいる太宰府まで馬を走らせ、父の伝言を伝えました。

為朝「おお、景延(かげのぶ)。なんと久しぶりだ。父上はお元気か。何の用で来た。わかった、私の勘当が解けたのかな。だったら嬉しいな」
景延(かげのぶ)「ち、違うのです。こうこう、こういう伝言を預かって参りました…」

為朝(ためとも)は京でのいきさつを一通り聞いて、困ったという顔つきになりました。「ツルか。たしかにツルは拾った。しかしあれは、阿蘇で逃がしてしまったぞ。それからどこに飛んでいったか見当もつかん」
景延(かげのぶ)「えっ、それではツルは進上できませんか。これは大変なことに」
為朝(ためとも)「わかったぞ、これは信西の陰謀なのだな… ツルを逃がしたことまで知っていて、こんな風に仕向けたんだ。ひどいやつめ」
景延(かげのぶ)「どうしましょう」
為朝(ためとも)「代わりのツルを探して差し上げるという手もあるが… それでは父とお上をあざむくことになって、許されぬ。ここは、正直に事情を申し上げるしかなさそうだ。景延(かげのぶ)、急いで京にもどり、父上におわび申し上げてくれ。今回は、紀平治も一緒に行かせる」

景延(かげのぶ)は紀平治を伴って京に戻り、この話を為義に伝えました。父は信西の陰謀であると知らされて悩みましたが、仕方なく、鳥羽上皇にありのままの事情を申し上げに参上しました。

鳥羽「なにっ、ツルは逃がしたと」
為義「去年の春には逃がしてしまったそうで、どうも話のすれ違いがございましたようです。まことにすみません」
鳥羽「いいや、逃がしたというのはウソであろう。ツルを惜しんで私に渡さないのだ。そもそもあの為朝(ためとも)は、九州で好き勝手に暴れ回っているというではないか。信用ならん。私の命に逆らうのは違勅(いちょく)であるぞ。絶対に渡してもらう。早くしないと、お前を検非違使(けびいし)とかに降格させるからな」

どうも、鳥羽上皇は信西にあること無いことを吹き込まれているようですね。為義はすっかり弱って屋敷に戻ってきました。「おーい、みんな。どうしよう」

為義(ためよし)の長男、義朝(よしとも)がひとつアイデアを出しました。「占いで、ツルがどこに行ったか調べてもらうのはどうでしょう。安倍(あべの)易詵(やすなり)なら、確かな占いをしてくれると思います」

為義「なるほど。よし、さっそくその陰陽師を招こう」

呼ばれた安倍(あべ)は、しばらく占い道具をいじくったあと、こう答えました。

安倍(あべ)「そのツルは、もう日本にはいないようですぞ」
為義「えっ、そんな」
安倍(あべ)「しかし、ツルは琉球(りゅうきゅう)で見つかる、とも出ております。かの地に渡れば、100日で見つかるでしょう」
為義「そ、そうか! それならなんとか言いワケが立つ。サンキュー!」

為義は鳥羽上皇のもとに再び参上すると、謝りまくって、必ず100日以内にツルを持ってくるという約束でようやく許されました。

為義「なんとかクビの皮一枚でつながった。景延(かげのぶ)、紀平治、まことにご苦労だが、この旨を為朝に伝えに、再び太宰府に走ってくれ。タイムリミットは100日だ。頼むぞ」


この二人は、急ぎに急いで、たった7日(それでも7日)で為朝(ためとも)のもとに戻り、これらの一部始終を伝えました。

為朝「よくわかった。つまり、100日(あと93日)以内に、琉球(りゅうきゅう)に渡り、ツルを探して捕まえ、京まで運ばなくてはいけないのだな。…確かに、ツルは夢の中で『南の果てで再会する』と私に告げた。あれは琉球(りゅうきゅう)のことだったのか。…琉球か。遠いぞ、あまりに遠い」

為義は家来たちを集めて、緊急会議を開きました。

為朝「こうこう、こういうワケだ。私は琉球に渡り、ツルを探さねばいけなくなった。しかし、そこの地理もまったく知らなければ、言葉も知らん。どうしたものだろう。みんな、何かアイデアはないか」

家臣たち「…」

みな、考えあぐねてしまいました。しかしそこに、ひとりの男がヒザを進めました。紀平治です。

紀平治「琉球(りゅうきゅう)のことならお任せくだされ。私の祖父は琉球人。祖父から父に、そして父から私に、琉球についてのいろいろな知識が伝えられております。向こうの言葉もけっこう分かりますぞ」

為朝「おおっ、そうだった。紀平治は琉球に詳しいのだった。私と一緒に行ってくれるか」

紀平治「ご案内、うけたまわります!」

こうして、為朝と紀平治は、たった二人で船に乗り込み、取引に使えそうな品物をたくさん積み込んで出航しました。多人数で行くよりは、フットワークが大事との判断です。

忠國、白縫、その他の人々は、為朝たちの無事を心から祈りながら、港から出て行く船を見送りました。


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