6. 為朝、琉球の王女に会う
■為朝、琉球の王女に会う
為朝と紀平治は、いつか逃がしたツルの行方を追って琉球に向かいました。薩摩の沖の小島にいったん渡ってから、大船に便乗して、果てしない南の海に乗り出しました。この航海中に、為朝は紀平治に琉球語の即席レクチャーを受けました。(以下、琉球国での会話は、基本的に琉球語でされていると思ってください)
こうして無事に琉球に着きましたが、宿のまわりの人たちに聞き込みを続けても、どうにもツルの手がかりは見つかりません。日々がむなしく過ぎていき、為朝主従の焦りはつのりました。
ある日、為朝たちの持ってきた荷物の大部分が紛失しました。彼らはそもそも商人のフリをして琉球に来たのですが、もしものときの取引に役に立つだろうと思い、絹の生地をたくさん持ってきていたのです。不思議と、泥棒が宿の部屋に入ったような痕跡は見つかりませんでした。
宿の主人「ははあ、それは曚雲国師のしわざだと思いますよ」
為朝「それは誰だ」
宿の主人「ここから西南の虬舊山に住んでいる道士ですよ。非常に霊験が高く、琉球国王がひいきにしているのです。しかし彼には、欲しいものを見つけると勝手に持って行っちゃうというクセもあるのです。国王お気に入りなので、我々もあまり訴え出たりできません。恨むだけで祟りがある、なんてウワサもありますし」
為朝「それが私の商品を持って行ったというのか。困るな。返してはもらえんのか」
宿の主人「ええ、山に登って直接土下座してお願いすると、気紛れで返してもらえることもあるとかないとか」
為朝「なんとバカにした話だ… いや、仕方がない。あれがなければ困る。そのナントカ山に行ってみるか」
為朝と紀平治は、虬舊山まで行き、険しいその山を登り始めました。だんだん眼下に海が見えるようになってきました。しかし、登るにつれてだんだん視界が暗くなっていきます。ついに、昼間なのにほとんど真っ暗になってしまいました。
為朝「これは曚雲とやらの嫌がらせなのかな」
紀平治「さあ… こうなれば手探りででも登るしかないかと」
為朝「いいかげん腹が立ってきたな…」
つい冷静を欠いて足場をよく確かめなかったせいで、足下の岩がガラリと崩れて、為朝はそこから深い谷に転落しました。紀平治はすこし前を進んでいたせいでこれに気づきません。為朝は谷底で強く脇腹を打って、しばらく気絶しました。
彼が目を覚ましたのは、「私がなくした珠だわ」という誰かの声によってです。
首を向けると、彼のそばで、14、5歳の女の子とその母らしい人物が、珠を手にしてワイワイと喜んでいます。
為朝「それは私のものだぞ。返してくれ。大事なものなのだ」
女の子は驚いて母の後ろに隠れました。
女性「気づかれましたか。あなたは日本の方ですね。この珠、どうかこの子に差し上げてやってくださいませんか。事情をお話します…」
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この子は、琉球国の王女、寧王女。そして私は彼女の母である廉夫人です。王の正妻である中婦君に妬まれたことで、今はこんなところに追放されて暮らしています。
中婦君にはいまだ子がありません。彼女は、寧王女に王位が渡ることを嫌い、もしそうなれば国は天変地異に見舞われるだろうとの予言を持ち出して国王を脅しました。それどころか、彼女は、曚雲国師に手伝わせて、寧王女が持っていた二つの珠のうち一つを盗んだのです。(証拠はないのだけど、多分そうです)
この珠は、琉球国において代々の国王の印となるもので、ひとつを「琉」、もうひとつを「球」と呼ぶのです。かつてこの国を建国した勇士が虬を退治したときにその体内から得たという伝説があります。
寧王女はすでにこれらの珠を王から引き継いでいました。それらのうち一つを失ったというのは大きな罪で、ついに王女は王族の身分を剥奪され、こんなところに追放されてしまったのです。
あなたが尾根の上から転落してきたのは驚きました。気絶していたので、治療の役に立つ薬をご自身で持っていないかと荷物を探らせてもらったのですが… 薬どころではない、この珠は私たちにとって何より重要なもの。お願いです、これを譲ってください。王女がこれで罪を許され、王位につくことができれば、お礼は思うがままです。
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為朝「ふーん… 事情は分かった。しかしこの珠は、私が日本で手に入れたものだ。あなたたちが無くしたという宝の珠であるはずはない」
廉夫人「それはそうかも知れませんが、似ている珠であるだけでも、さしあたって疑いを晴らすことができるなら充分なのです」
為朝「また、私は日本から持ってきた商品をみな失ってしまい、残るものはその珠だけなのだ。介抱してくれたお礼に、と考えないでもないのだが、これまで失っては、私が望むものをどうして手に入れればよいのか分からん。私の事情も理解してくれんか」
廉夫人「そうですね… ためしにお聞きしますが、あなたの望むものとは何でしょう。こんな状態の私たちが差し上げられるものはほとんどないのですが、一応」
為朝「金の札を足に結びつけたツルを探している。日本にいるときに放ったものなのだが、ワケあってどうしてもこれを再び手に入れなければいかんのだ。占いによると琉球にいるはずなのだが…」
廉夫人・寧王女「!!」
為朝「どうした」
寧王女「そのツルなら、私たちのところにいます! 今朝飛んできたのです。逃げもせずに私たちになつくので、不思議に思っていたのです」
王女は急いで住処に走り、ツルを簡単なカゴに入れたものを抱いてこの場に戻ってきました。確かに足にいつか見た金の札もさげています。
為朝「うおおっ! まさしくこれだ。こんなところで偶然見つかるとは、神の導きか! ありがとう、もう何も惜しむものはない。これと珠を喜んで交換しよう!」
為朝は喜び勇んでこのカゴを受け取り、すぐにも帰り道につこうとしました。
廉夫人「そんなにすぐに行くのですか。王女が王位につくまでここに留まってくれれば、もっとお礼を差し上げることもできるのですよ」
為朝「ありがとう、しかし私は急ぐのだ。気持ちだけいただく。さらば!」
為朝は振り返りもせずに東のほうに向かって駆けていきました。1キロほど進んだときに、後ろで「待ってください」と呼び止める声を聞いて振り向くと… 寧王女が必死に彼に追いつこうとしています。
為朝「どうなさった」
寧王女「ハア、ハア… あなた、ここらの地理をご存じないでしょう。ここから当分、砂浜ばかりで民家はひとつもないわ。きっとお腹が減ってこまります。これを…」
為朝は包みを受け取りました。「それは親切に。かたじけない」
寧王女はさらに言います。「…あなた、本当は商人ではなくて、お強い親雲上なのでしょう」(親雲上は琉球で武士って意味)
為朝は王女の洞察力に、内心感心します。「いや、私はしがない商人ですよ」
寧王女「もしも、日本で出世がままならずにこんなところを放浪しているのなら… この国で私のそばで力をふるい、しかるべき身分を持ちませんか」
為朝「ふむ、ありがたいお言葉です。しかし私には日本に残した父母もある。たとえ貧しくとも、そこに戻るのが幸せなのです」
寧王女「そうですか… それなら、あなた、私を連れて日本に渡ってください!」
為朝「何をおっしゃる」
寧王女「私は琉球での王位争いに巻き込まれることに疲れました。あなたにもらった珠を持って城に帰ったところで、まだまだ中婦君の意地悪は続くでしょう。そもそもコレが本物であるという確証はないのですから、どうしても父(国王)をだますという罪悪感はぬぐえません」
寧王女「また、父が曚雲国師にたぶらかされて政治を誤っていることももう見ていられません。このままでは琉球国は衰退すると思います。私はいっそ外の世界に逃げてしまいたい」
為朝がすぐには答えかねて困っていると、この場に廉夫人が追いついてきました。王女は口をつぐみます。廉夫人は「さあ、すぐに城に戻る準備をしなくてはいけないのですよ」などといいながら、彼女の手を引いて、さきのあばら屋に戻っていきました。
為朝はすこし気になりましたが、ともかく急いで帰らなければいけないのですから、そのまま砂浜をどんどん走っていきました。途中で日が暮れましたが、走り続けるには腹が減りすぎましたので、さきに王女にもらったアルミホイルの包みを開けてみると、
為朝「ほう、イモか。見たことがないくらいに黄色いな。…おっ、甘い! なんだこれは、うまい」
日本にまだなかったサツマイモを、為朝は初めて食べたのでした。これはやがて琉球イモという名前で日本に伝わり、そこで薩摩イモと呼ばれるようになるのです。まあ、ここは別に重要なところではないですが。