25. 魔界のパレード
■魔界のパレード
島君と別れた為朝はそのまま走り続け、明け方になってからは人目をなるべく避けて細い道を選んで行きました。それでも時々は人とすれ違うものですが、ほとんどの人たちが、昨晩あったという謎の海賊退治事件のことを話題にしているのを聞いて、ちょっと可笑しく思いました。
人々「たった一人で海賊を全滅させたんだってよ…」
為朝「(えらく大げさなことだな)」
それからも一日中走って、夕方近くには白峯に着くことができました。墓所に入る直前に、為朝は一人の若者とすれ違いました。その若者は、為朝を見て、「あなた、あなた」と呼び止めました。
為朝「何だ、なにか用か」
若者「うーん…」
為朝「どうした」
若者「すばらしい体格ですね、あなた。勘違いだったら申し訳ないんですが… 昨晩、海賊を単身で退治したというのは、あなたじゃないですか」
為朝「(まあ、隠すこともないか)いかにも」
若者は喜びました。「あなた、今は誰かにお仕えですか」
為朝「いや、今は特に」
若者「私の主は、勇士を愛でるものです。あなた、その気があれば、ぜひ彼のもとに来ませんか。必ず重く用いられるでしょう」
為朝「ふーん。考えておこうかな(本当は今から死ぬんだけど、めんどいから話を合わせておこう)」
若者は、肥後の木原山に行きなさい、と伝えて、為朝に割符を渡し、そして去って行きました。
さて、日も暮れてきました。群れなす鳥たちは山に帰り、人もまた家に帰っていく時間です。為朝は木陰で衣装を改め、そして崇徳上皇の墓前に詣でました。墓所の建物は荒れて草が繁り、明かりさえ灯っていません。これがかつては権力を極めた人物のなれの果てかと思えば、寂しさと痛ましさに自然と涙がにじみます。
為朝「新院さま、為朝が微衷を尽くしに参りました。こんなところで死に、葬られて、成仏もままならないこと、さぞや無念でございましょう。私もまた、後生の苦楽をともにし、あなた様にこんな仕打ちをした者どもを、ことごとくとり殺して進ぜましょう」
為朝はハラハラと涙を流し、そして腰の短刀を抜くと、思い切り自分の腹に突き立てました。
…いや、刀は腹に刺さる直前で止まりました。突然為朝の手がしびれて、これ以上動くことができないのです。手だけでなく、全身が固まったようになって、身動きひとつできません。
為朝「(これは!?)」
山のあたりから、厚い雲が湧いて広がり、あたりは真っ暗になりました。そして強烈な風が吹きまくり、稲光が間断なくひらめいて、壊れた窓から墓所の中をまがまがしく照らしました。
そして、大量の木の葉が散るなか、一群の行列が虚空に浮かんで出現しました。4、50騎ほどの武者たちのもので、中央の者たちは輿を運んでいます。だた、これは人間の顔をしておらず、象の鼻、鳥のクチバシ、そして肩には翼を持つ異様な姿です。
輿は、墓のそばに置かれました。中からひとりの貴人が現れ、準備された敷物の上に座りました。見間違えようもない、崇徳上皇その人の、ありし日の姿です。すこし頬がこけているようにも見えますが、元気だったそのころの姿をそのまま保っています。
彼の周りに控えて並ぶ従者たちの顔も、よく見れば為朝が知る人ばかりです。左大臣・頼長。父・為義。乱で死んだ兄弟たち。その他、崇徳上皇に味方して破れた貴族や武士たちがズラリと並んでいます。
為朝「(父上!)」
為朝は父の名を呼ぼうとしますが、上皇を前にして無礼はできず、黙っています。不思議なことに、父も、新院も、誰も為朝がここにいることには気づいていません。そして、表情は怒気にあふれており、まるで炎を呼吸しているかのようです。
頼長「さて、御敵・義朝は、あなた様の力により滅びましたな。つぎは清盛めの番でございますが… あやつの子・重盛が意外にも徳が高く、あれが生きている間は始末が難しゅうございます。しかし、重盛の命数は残り10年。それまでしばしお待ちを」
崇徳「よかろう。しかし、我が憎むものは清盛だけではない。雅仁(後白河上皇)達もだ。清盛の心を狂わせて利用しよう。雅仁を鳥羽宮に押し込めさせ、関白や太政大臣たち、他の50人の官職を片っ端から剥ぎ取ってやろう。清盛の人望はこれによって地に堕ち、いよいよ面白いことが起こるだろう。平家どもをここ讃岐に追いやる仕事、お前らに任せるぞ」
部下たち「ははっ」
崇徳「フッ。これで、敵どもを片づけることは、だいたい定まった。次に、功績のあったものに褒賞を与えねばいかんな。私のために死んでくれた者を、誰一人として大事に思わんわけではないが… なかでも一等なのは、ダンゼン、為義だ。たくさんの息子たちを連れて馳せ参じ、戦ってくれた」
為義「モッタイナキお言葉」
崇徳「しかし、お主の子孫で生き残っているものは、八郎為朝だけであるな。彼に、日本の武士をすべて束ねる地位を与えたいものだ。しかし残念なことに、義朝の子である頼朝が今は大きな天運を手にしておる。私はこれに対抗するほどの力がないので、このアイデアは叶わん」
崇徳「しかし、為朝の次男である朝稚は、足利の養子として家を継ぎ、のちにその子孫が天下をとる。また、これから生まれるであろう為朝の末子が、日本ではないが異国の王となるであろう。これは為義と為朝、二代の忠義の報いである。たまたま今は頼朝が天運を手にしているとはいえ、あいつの将来は実は暗い。父子三代、40年のうちに自滅するであろう」
崇徳「結局、悪には悪の報いが、善には善の報いがあるということなのだ。為朝は自殺しようとしているらしいが、それにはまだ早い。肥後に向かえば、いつか昔の苦しみを笑って談ぜられる日も来るというものだ。ただ、今しばらく、試練は続く。仕事とはいえ、武士として人を殺してきたからには、甘んじてこれを乗り越えなくてはいけないのだ。苦中の苦をなめつくしてはじめて、人は人の上に立てるのだ。のう、為義よ」
為義「ハハアッ。我が子の果報は、みな新院さまの威徳のたまもの」
ここで、一同は盃の酒を回し飲みました。それが終わると、上皇をはじめ、全員の体の中から火が湧きだし、やがて叫び声とともに、人の形をとどめない炎のカタマリになりました。それらは群れとなって、山の上に飛んでいきました。
為朝は、刃を腹にあてたままこの光景を見守っていましたが、やがて我に返りました。月は雲に隠れ、雨がシトシトと降っています。
為朝「あの光景は、夢ではない。新院と、父が、わたしの自殺をとどめるために、未来のことを教えてくれたのだ。…わかりました、私はいましばらく生きてみます」
こう感謝の言葉をつぶやくと、刀をしまい、そうして朝まで墓前に祈り続けました。