27. 木原山に集う人々
■木原山に集う人々
白縫は、木原山に隠れ住みながら強引な方法で在野の勇士を掻き集めていましたが、ある晩、そこに縛って連れられてきたものは、死んだと思い込んでいた為朝でした。白縫はあわてて、みずから為朝を縛っていた縄を解きました。
為朝「白縫よ、てっきりお前は死んだものと思っていたのだぞ。どうして無事で、どうして今はこんなところにいるんだ」
白縫は、かつて保元の乱の影響で太宰府が襲撃されたときにかろうじて逃れた話からはじまり、今までの経緯をつぶさに為朝に説明しました。父・忠國や紀平治の妻である八代など、たくさんの人(オオカミも)が死んだことをそれぞれ伝えました。
白縫「そして、讃岐に隠れ住んでいたときに、私はお隠れになる直前の新院さま(崇徳上皇)に会うことができました。あの方は、魔界の力を得たのちに、私と為朝さまを今一度会わせようと約束してくれたのです。あくまで短時間しか一緒には居られないと言われましたが… 私はこれを信じていままで生きていました」
為朝「そうか、新院さまに…」
白縫「私は三年間の仏事をそこで営んでから、紀平治を連れて肥後に戻り、ここ木原山で、かつての父の家来の縁者に出会うことができました。あなた様を連れてきた、あの男ですよ。忠義に厚い、頼もしい若者です」
紹介されたその若者は、恐縮して為朝に許しを乞いました。「高間四郎の息子、太郎原鑑です。さきほどまでの失礼、どうかお許しください」
為朝「うん、事情はわかった。いいさ」
白縫「ついでに、彼の妻は、かつて私についてきてくれた童です。磯萩といいます」
磯萩もまた、平伏して為朝に許しを乞い、許されました。
白縫「この高間太郎に我々は秘密を打ち明け、山の上にこの砦をつくって、太郎には勇士のスカウトという仕事を任せたのですよ。我々はふたたび武力を持ち、為朝さまのいる大島を攻めさせた工藤茂光を襲って滅ぼそうという計画を立てていたんです。あくまで隠れて行動するために、太郎には見込みある男を秘密裏にここに連れてきてもらうのです。そして、我々に従ってくれなさそうな者は、やむを得ずこの場で殺していました」
為朝は、太郎の顔に見覚えがあったのに気づきました。そして、懐から、讃岐でもらった割符を取り出します。
為朝「そういえば、これをくれたのはお前だったな。今思い出した」
太郎は驚き、冷や汗をかいていよいよ平伏します。「あのときは暗くて分からなかったけれど、たしかにあなた様はあのときの! い、いよいよすみませんでした」
為朝「うん、これはある意味運命の出会いだったな。お前の人を見る目にちょっと感心して、その気はなかったがこれを受け取っていたのだ。お前はよい仕事をした。恥じることはないぞ」
白縫は話の続きをします。
白縫「そして… いよいよ十分な勇士たちを揃えることができたと私は判断しました。忠誠を誓ってくれる猛者たちが、今は30人近くいます。みな、平家の横暴を憎む者たちです。実は、本当ならば今日、私たちは船に乗って伊豆に向かうところだったのです。準備もほとんど完了していました」
為朝「ほう」
白縫「しかし、昨日の晩、私は不思議な夢を見たのです。30歳ほどの女性が私の枕元に立ち、『あなたの恋しい方は、翌日の夜にここに現れます。出発はまだおよしなさい』と私に伝えました。驚いて起きると、枕元に、南方風の絹の着物と、一個のドクロが置いてありました。実に奇妙ですが、現実にモノも残っているのですし、とても無視できません。そういうわけで、今晩もここにいることにしたのです」
為朝はこの話に驚き、そのドクロを服を見せて欲しいと頼みました。やがて手元にそれが届くと、これをまじまじと見つめ、「…これは簓江だ」とつぶやいて、悲痛な表情になって涙をにじませました。
白縫・紀平治「簓江? それは誰なんです」
為朝「うん、白縫たちの話ばかりさせて、オレの話をまだしていないな。例の乱ののち、オレはこうこう、こういう生活をしていたのだ…」
為朝は、大島に流されてから今までの波瀾万丈の体験を、すべてこの場で明かしました。そこでは、簓江を側室にして子をもうけたこと、鬼夜叉を家来にしたこと、そしてそれらの命を捨てた忠義によって為朝だけが命を長らえたこと、などなどが語られました。他にも、にょこの話や朝稚の話など、聞く人たちにはひたすら驚きの連続です。
為朝「そうして、南の果ての八郎島で、オレの自殺を止めてくれたのは、簓江と息子の為頼の霊だった。簓江は、さらにここまでオレを追ってきて、白縫と会えるように計らってくれたのだ」
白縫と紀平治は、簓江のその激しい忠義の魂に感動しました。とりわけ白縫は、簓江の為朝を思う気持ちが痛いほど察せられ、涙をボタボタとこぼしました。
為朝「白縫よ、お前はさきに新院さまに会ったといったな。実は、讃岐でオレも会ったのだ。新院さまは、霊魂の姿になっても、在りし日のように家来を従えていた。そしてオレに、肥後へ行って運命をまっとうせよと言ってくれたのだ。こうしてオレはここに来て、お前や家来に会うことができた。10数年の苦労も吹き飛ぶほどの喜びだぞ」
白縫・紀平治「はい、私もです!」
この日以来、白縫は尼の格好をやめました。こうして、よろこびの宴が開かれ、為朝と白縫はふたたび夫婦となることができたのです。