33. 舞台は琉球国へ
■舞台は琉球国へ
九州から京に渡航しようとした為朝の一行は、南の海で難破しました。舜天丸と紀平治は琉球の片隅に浮かぶ無人島に漂着し、そこでの潜伏生活を始めました。これから物語の舞台は琉球に移っていくのですが、まずは、少し時間を遡ったところから、改めて最近の琉球国で起こっていたことを見ていきましょう。
そもそも琉球は、神代の昔から天孫氏が代々の王を務めており、尚寧王がその25代目でした。しかし、この王は愚かで、政治は乱れ、民は苦しんでいました。
王妃・中婦君は、さきの大臣、利射の娘です。利射はすでに死にましたが、その甥である利勇が今は叔父のあとを継ぎ、実力者として国政を牛耳っています。ただし彼の政治は自らの私腹を肥やして権力をもてあそぶ性質のもので、国の不安を増す原因のひとつでした。
王の側室は廉夫人で、その娘が寧王女です。この二人は、前までの回で一度出てきましたね。(為朝がツルを探しに来たときです。この時点では彼女らはまだ為朝に出会っていません)
さて、尚寧王は、40歳になったときに、跡継ぎのことを気にし始めました。正妻である中婦君との間に子はなく、側室の子である寧王女だけが今のところの跡継ぎ候補です。彼女はとても慎み深くて賢かったので、王は、女性に王位を譲るのもまあ悪くないかなと思っていました。
中婦君はこれを妬ましく思っています。彼女は非常に妖艶な女でしたから、王は彼女を大変愛しました。しかし、子にだけ恵まれませんでした。だから、側室の子が王位につくのが許せないのです。非常にありがちな話ですね。
寧王女はスクスクと育って14歳になり、その美貌と人格はますます世に知られるものとなりました。王は彼女を溺愛し、ついにある時、国中の領主と役人を竜宮城にあつめて、王位の跡継ぎを正式に寧王女に指定する旨を参加者達の前で宣言しました。このとき、王は50歳に近い年齢でした。(王を継ぐ予定のものを、中城殿といいます。中城に住むのが慣例だから)
参加者達はみな諸手をあげてこの考えに賛同し、バンザイを唱えました。王はこれに気をよくし、さっそくこれを正式に定めるための儀式を行おうとしました。琉球においては、王のしるしとして、二つの玉が代々受け継がれています。中国での御璽や、日本での三種の神器に相当するものです。ふたつの玉は「琉」と「球」と呼ばれていました。初代天孫氏が巨大なみづちを退治したときに、その死体から得たものと言い伝えられています。これを寧王女に手渡しするのが儀式の内容です。
王のもとに集まった者たちには、もちろん、中婦君、利勇、廉夫人も入っています。王は自分の部屋から二つの玉が入っている箱を持ってきて、さっそくこれを寧王女に渡そうとしました。中婦君は慌てて利勇に目くばせをし、それを受けた利勇が、儀式の進行を止めるために一歩前に出ました。
利勇「王よ、はばかりながら申し上げますが、跡継ぎをたった今決めるのは性急すぎませんか」
王「だって、私の子はこの寧王女だけなのだぞ。歴代の王の中には女性もいたことがあると聞くし、別におかしくはないだろう」
利勇「それは相当昔のことですし、本当だったかさえ定かではないでしょう。男の子に王を継がせるほうが望ましいに決まっています」
王「そうかもしれんが、男の子なんていないじゃん」
利勇「男は8x8=64歳、女は7x7=49歳までは子を作ることができます。まだ中婦君との間に男子が生まれないと決めつけるには早すぎるでしょう。どうか早まらないでください。女の王が琉球に君臨すれば、きっと国が乱れます」
宮廷内で強い権力をもつ利勇に面と向かって反対できるものは列席者の中にはいません。彼があまりに自信満々に自説を述べるので、王もちょっと不安になりました。「じゃあ、お前はどうしたらいいと思うんだ」
利勇はいけしゃあしゃあと言います。「しばらく、王位継承者のことはペンディングとするのです。もしも将来王子が生まれればそれを世継ぎとし、そうでなければ、大臣の中から徳に長けたものを婿に迎え、それに王位を譲るのです。これぞ、国家長久の計というべき…」
ここまで彼が語ったとき、「王よ、かかる言説に惑わされますな」と大音声を放って前に進み出た者があります。
彼こそは、琉球の勇者として名高い、毛国鼎です。みずからは中城の領主であり、その武勇と人徳で非常に多くの人間に尊敬される、利勇に並ぶ国の重鎮です。
(登場人物がいきなりたくさん増えてスイマセン。でもみんな重要人物なんです)
毛国鼎「女王が即位すれば国が乱れるなどとは、何の根拠もない憶説です。むしろ、当時の政治をないがしろにする不敬な意見ではござらんか。百歩譲って、本当に男の王が望ましいとしましょう。それなら、寧王女がそれまでの中継ぎとして王位に即いたって差し支えはないでしょう。あとで弟が生まれれば、それに王位を譲り直すだけのことです。何も決めずにいることこそ、国の不安を増すもととなるだけ。王女は実に聡明で慈悲深い方です。彼女の即位を民は大歓迎することでしょう」
毛国鼎の堂々とした議論に、利勇はたじろぎました。王はこれを聞いて安心し、やはり寧王女に王位を譲ると決意しなおしました。そして改めて寧王女に二つの玉を引き継ぐと、彼女は今から正式な王位継承者として中城に住むことと定め、そこの城を守る領主である毛国鼎にはそのかしずきを務めるよう命じました。
列席者たち「王様ばんざーい、王女様ばんざーい」
利勇は、「きっとよくないことが起こります。後悔なさいますぞ…」と捨て台詞を吐き、この場を去りました。
さて、次の年の春、琉球では異常な天気が続き、海も荒れて、国の民たちは暮らしの基盤産業に大きなダメージを負いました。国中の各地で、神をなだめるための儀式がいろいろと行われましたが、どれも効果がありません。
民たち「キンマンモンがお怒りになっている」
君眞物とは、国にいる様々な守り神の総称です。海にも山にもこれらは満ちていて、琉球では人智のおよばない事柄すべてを君眞物に帰して、これを畏れ、祀っていました。
中婦君と利勇にとってはこれは都合のいい出来事です。彼らはこの機会に国中に間者を派遣し、人々に、これは寧王女が王位継承者になったことに神が怒っているからだと吹き込み、ウワサさせました。
尚寧王にもこのウワサは届きました。彼は不安になり、家臣たちを集めて、ウワサは本当なのだろうかと相談しました。
毛国鼎「王女は、中城に移ってからも、いよいよ身を慎み、非のうちどころがない立派な暮らしを送っています。君眞物が怒る理由はまったくありません。根も葉もないウワサを真に受けませんよう」
尚寧王「でも、今回の天変地異はちょっと異常なんだよ。私もいくつかの儀式に参加して、神をなだめる努力をしているんだけど、ここまで効き目がないのはやっぱり何か変だ」
毛国鼎「原因はきっと別にあります。王女とは関係ありません…」
毛国鼎が城から帰ったあと、中婦君が尚寧王に彼の悪口を吹き込みました。
中婦君「毛国鼎は、廉夫人のイトコにあたる人物です。だから、その子にあたる寧王女にヒイキをして、自分に都合のいい意見ばかり言うわ。国の大事に関わることを、私情でねじ曲げようとするとは憎いこと」
尚寧王「そ、そうかもしれん。じゃあどうしよう」
中婦君「私情を挟まずに国家のことを考えられる人物を呼び、意見を聞きましょう。利勇は信用に足る、立派な人物ですよ」
尚寧王は利勇を呼び、あらためて今回の事態について相談しました。利勇は深く考えを巡らせるフリをして、
利勇「阿公の意見を聞かなくてはいけません」
尚寧王「阿公! なるほど、あれに相談することを忘れておった」
阿公は国の巫女たちのリーダーを務める、60歳を過ぎた未婚の老女です。普段は北谷で修行をしており、北谷の女王という異名も持っています。彼女のもとに、王の使者がつかわされました。
実は、阿公・利勇・中婦君はみんなグルです。寧王女を追い落とすために神に祈って天変地異を起こしたのも、そもそも阿公が中婦君に依頼されてやったことだったのです。
しかし阿公は白ばっくれて使者にこう返答します。
阿公「いかにも、王は神の意志に反した行いをなさった。その報いがこの災いですぞ。君眞物の怒りをなだめるには、いけにえを捧げる必要があります。すなわち、辰の年、辰の月、辰の日、そして辰の時刻に生まれた女子を海に投げ入れ、そして王みずからが神に懺悔の祈りを捧げるのです」
王はこの意見を真に受け、翌日、国中にお触れを出しました。すなわち、辰の年、辰の月、辰の日、そして辰の時刻に生まれた女子を、いけにえの儀式のために募集する、というものです。しかし、当然のことながら、誰からも応募はありません。
尚寧王「どうしよう、誰も名乗り出てくれない。いっぱいお金あげるのに」
中婦君「まあ、死ぬのは誰だってイヤでしょうから、仕方がありませんわね。でもね、あなた、気づかないフリしているでしょう。身近に、辰の年、辰の月、辰の日、そして辰の時刻に生まれた女子がいるのを」
尚寧王「ちょ、ちょっと待て。そりゃ、いるが… それはできるわけないだろう!」
実は、寧王女こそは条件をみたす人物なのです。辰の年月日に生まれ、辰の時刻に生まれています。
中婦君「安心なさって。まさか、あの子をいけにえにするはずがないでしょう。でも、あなたがあの子の命を惜しんでいるのを知って、他の民が自分の子を差し出してくれるはずがないでしょう。だから、こうしてはどうです。すなわち、いったん、あの子をいけにえにすると公式発表をするのです。そうすれば、我が子でさえ犠牲にしようとする王の仁心に感動した人々が、王女を失うくらいなら、と、自分たちの子供を差し出してくれるというわけです…」
天孫氏25代目、尚寧王は愚かな人物でした。彼は中婦君の名案に感心し、さっそくその通りにしました。