35. 毛国鼎、陰謀をくじく
■毛国鼎、陰謀をくじく
寧王女の代わりに生け贄になることを申し出た真鶴を、毛国鼎は首里の王宮に連れて行きました。尚寧王はこの申し出を喜び、彼女の正体を知らされるとさらに感動しました。
尚寧王「お前はあの司馬順徳の娘というのか。あれをかつて討ったのは私の過ちだったと後悔していた。さらにその娘までが、その忠義を継いでこの場に現れてくれるとは。ありがとう!」
王はこの忠義を愛でて、順徳に従一品の官位を与えました。また真鶴の母(章氏)と真鶴自身にも公式の名誉をあたえました。この日以来、真鶴は穢れを避ける暮らしをしながら、儀式の日を待ちました。
中婦君と利勇は、寧王女を亡きものにするチャンスがなくなって非常に苦々しく思いましたが、条件を満たす生け贄が現れたのでは、なんの文句も言いようがありませんでした。
さて、北谷の海辺で生け贄の儀式が執り行われる日が来ました。
大臣、武官、役人などのあらゆる身分の人間がここに集いました。もちろん尚寧王自身もいます。国中から、住民達もたくさん見物に訪れました。
真鶴は白装束を着て、輿に乗せられてここに臨みました。儀式を仕切る阿公はたくさんの手下の巫女を従えて、威厳ある表情で浜風に吹かれています。
利勇は真鶴を見てあざ笑いました。「謀反人(司馬順徳)の娘が、手っ取り早い名誉回復のチャンスをつかんだじゃねえか。ちょっと海に沈むだけでいいんだから楽なもんだ。ラッキーだったな。…さあ、阿公よ、頼むぞ」
阿公「心得ましたり」
阿公は輿の中の真鶴の髪をつかんで引きずり出しました。見物人たちのほとんどは、真鶴が気の毒で思わず目を伏せました。
阿公はそのまま壇上に上がり、ブツブツと呪文らしいものをつぶやくと、さっそく真鶴を、ガケの上に作られたこの祭壇から投げ落とそうとしました。そこに、列席者の中から突然飛び出してその手をムンズとつかんで止めた者がいます。毛国鼎です。
阿公「何をする」
毛国鼎「今から罪もない人の命を捨てるのだから、その前に確認しておきたい。水神(海の君眞物)に彼女をささげて何も起こらなかったときは、お主、どう責任をとる」
阿公「はっ、何を言う。今まで何十年も神を祀り続けてきた私だぞ。神の心はここにいる誰よりもよく知っているのだ。無礼をほざくな、その手を放せ」
毛国鼎は手を放しません。「王がここに来ているのだぞ。琉球のすべては王のしろしめすところ。君眞物とて例外ではない。なぜ彼がここに姿を現して、王に生け贄をうける喜びを述べないのか」
阿公「…」
毛国鼎「ここに姿を見せられない神とは何だ。邪神ではないだろうな」
阿公「…」
毛国鼎「何をグズグズしている。王の御前だ。さっさと水神を呼んできて、王に挨拶をさせろ!」
毛国鼎は、阿公に仕えていた巫女を2、3人、ガケから海へ蹴り飛ばしました。「ほら、阿公の弟子なら、神を呼んでこんか!」
巫女たちは海に沈んでそのまま浮かんできませんでした。
利勇が激怒します。「毛国鼎よ、狂ったか。者ども、あれを捕らえんか!」
毛国鼎もまた満面に怒りをたたえています。「無垢の婦女子を犠牲にして何の利益も得られなければ、それは王の不名誉なのだぞ。罪なき人を殺す王と呼ばれてしまうのだぞ。神がいることを事前に確かめるのがなぜ悪い」
利勇「ぐっ」
毛国鼎「みろ、三人もの使者を神のもとに遣わしたのに、何の返事もない。阿公の申すことが本当なのか、いよいよ怪しいと言わざるを得ん。どうした阿公、とっととお前の正しさを証明しろ。弟子たちに荷が重ければ、お前自身が水神のもとへ行って、ここに連れてくるのだ! 王をこれ以上待たせるな、無礼者」
毛国鼎は阿公の髪をつかんで海に投げ入れようとしました。阿公は真っ青になって、金切り声で「お許し」と叫びました。
毛国鼎「何を許すのだ。言ってみろ」
阿公「神の心を知るというのはウソでございます」
毛国鼎「今さらなんだ」
阿公「私にできることといえば、虬舊山の虬塚に祈り、そこで何となく一年の吉凶を知ることだけ。人を生け贄にするというのは間違いでございました。命ばかりはお許しを」
毛国鼎は黙って阿公をポイと地面に投げ下ろし、尚寧王の前にひざまづきました。「お聞きになりましたでしょうか、王よ」
尚寧王「ううん…」
毛国鼎「阿公がああ言うからには、真鶴を生け贄にしても役には立ちません。儀式はご中断なさいませ」
尚寧王「そ、そうだなあ」
毛国鼎「阿公が、何のために『辰の年月日、辰の時刻』に生まれた女子を生け贄に指定したか、それは神の心ではなかったようです。では誰の思惑からだったのか… それは王みずからが察せられるべきかと存じます」
尚寧王「…」
(毛国鼎は、ここでかなりハッキリと、誰の陰謀だったのかをほのめかしました。王はこれでもよく分からなかったようです)
尚寧王「…うん、ともかく、無意味に女を犠牲にしなくてよかった。しかも、忠義に優れた、かつての重臣の娘なんだもんな。ああよかった。それにしても憎むべきは阿公だ。私にひどい罪を犯させようとしたのだからな」
阿公と弟子たちは、死刑こそ許されたものの、領地からの追放を命じられました。利勇は、これにヘタに異議を唱えては、共謀していたことがばれてしまうため、黙っていました。そんな利勇を、阿公はずっと恨めしそうな目で睨み続けていました。
尚寧王「よし、もう神なんてものは信じないぞ。阿公が普段から祈りをささげているという虯塚も、壊してしまおう」
毛国鼎「えっ」
尚寧王「あんなの、悪いやつが勝手なことを言うためのダシにすぎないってことが分かったからな。放っておけば、またくだらん『預言』をほざくやつが出てくる」
毛国鼎「い、いやいや。あれは初代天孫氏が虯を殺した記念に残してあるもので、大事な国の史跡です。わざわざ壊すことはありません。王は、仁心をもって民を愛し、国を正しく治めてくださいませ。それだけでおかしな災いは自然に消えるものです」
尚寧王「いや、あれはジャマなものだ。壊しちゃうもんね」
王は、どうも両極端に振れる傾向があるようですね。これからどうなることでしょう。また次回。