椿説弓張月、読んだことある?

36. 朦雲国師、爆誕する

前:35. 毛国鼎、陰謀をくじく

朦雲(もううん)国師(こくし)、爆誕する

尚寧王(しょうねいおう)は、虬舊山(きゅうきゅうざん)虬塚(みづちづか)を壊すと宣言しました。阿公(くまぎみ)が追放された事件の翌日に、王はたくさんの家臣をつれてさっそく山に登りました。この山は、首里(しゅり)から3里ほど南にあります。琉球は広い国ではありませんが、それでもここはけっこう高い山です。それを登る道は森が深くて暗く、王の輿(こし)をかつぐスタッフは悪路に足をとられながらヒーヒーとあえいでがんばりました。

やがて山頂近くの虬塚(みづちづか)に到着しました。立派に曲がりくねった古い松に囲まれ、伏せた(ひょう)のような形の巨大な石が安置してあります。厳かな雰囲気に、緊張感がにわかに高まりました。

利勇(りゆう)「さあ者ども、まずはこの石をどかすんだ」
労働者たち「えー、なんか怖いです」
利勇(りゆう)「ぐずぐず言うな」

昼下がりくらいまで、これの発掘作業が続けられました。石はけっこう地面に深くめり込んでいるのです。十数人がかりで周りの土を除いてやっと石をどかすと、その下には石の唐櫃(からびつ)が埋まっていました。

その唐櫃(ケース)からは、リン、リン、という、鈴を振るような音が鳴っています。不気味さに、その場にいた労働者たちはみな怯えます。誰も櫃に触りたがりません。

毛国鼎(もうこくてい)もこの場にいるのですが、この事態を見ると、王が過ちを犯しつつあることに我慢ができなくなり、尚寧王(しょうねいおう)のもとに参じて改めて諫めました。

毛国鼎(もうこくてい)「これ以上は本当に危険でございます。かつて英雄が(みづち)を殺して封じ込めたという言い伝えがございますれば、この所業はきっと何らかの(わざわい)を招くことでしょう。王ともあろうものが、塚をあばくなどという山賊のような真似をすることをこれ以上見過ごせませぬ」

尚寧王「う、うん、そうかも…」

利勇(りゆう)が毛国鼎に食ってかかりました。「キサマ、王を山賊呼ばわりするとは不敬である。ここでひるんでやめるようでは、それこそ臆病な王として民にあなどられてしまうだろうが! こんな無用の長物は勇気をもって取り払い、ゴルフ場を建設するほうがずっと国益にかなうのだ!」

尚寧王「う、うん、利勇が言うとおりだな。ええい毛国鼎よ、言葉を控えよ!」

尚寧王は利勇の言い分のほうが気に入ったようです。結局、発掘工事は続行されることになりました。毛国鼎はさらに王を諫めようとしたのですが、近臣たちにジャマされ、王から引き離されてしまいました。

利勇「さあ、者ども、何をしている。とっとと(ひつ)を引き上げんか」

労働者たちは怯えて誰も作業に取りかかりたがりませんでしたが、利勇が刀を振り回しながら脅すので、恐る恐る、櫃に縄を巻いて、クレーンで穴の外に引き上げました。不思議なことに、重いように見える唐櫃(からびつ)は、鳥の羽のように軽く持ち上げることができました。

地面の上に安置された(ひつ)の中からは、リーン、リーンという音が続いています。

利勇「さあ、これのフタを開けよ」
労働者たち「…」
利勇「…開けんか! それともオレに斬り殺されたいか!」

利勇に脅されながら、労働者たちの中で、度胸がありそうな者たちが近づいていきました。そして、そのうちの一人がようやくフタに手を触れたとき…

数百のイカヅチが同時に落ちるような音とともに、櫃が爆発して、破片を八方に飛散させました。近くにいた労働者たちは、体中にガレキを浴びて死んでしまうか、死なないまでもひどい重傷を負って地面にころがり、うめきました。あたりは血の海です。指揮をしていた利勇も、起こったことに呆然としています。


やがて、舞っていた石の粉が晴れてくると…

ひとりの骨張った老人が、櫃のあった場所に結跏趺坐(けっかふざ)(座禅の座り方)しています。ボロボロの法衣をまとい、手には錆びたハンドベルをぶらさげています。目玉をギロリと剥いて、人なのか、鬼なのか、見分けかねるような恐ろしい人相です。

その老人は、ひとつ長いをして、不思議な節回しで「♪くらい ばしょから コンニチワ」と歌い、そして「ハッハッハ」と声高に笑いました。利勇が恐る恐るたずねます。

利勇「お前は何者だ」

老人は、利勇を無視し、直接、王のいる方向に声を掛けます。「怪しむことなかれ。私は、天地のはじまった時からずっと、この地を守っているものだ。凡人は怖れて塚を掘り返したりできぬものだが、あなたは違うようだ。勇気をもって私を地上に呼び出すとは、賢き王よ。これからあなたの役にたってあげよう」

老人は、両手で印を組むと、「オンドクヘンジャネイウンソワカ」と呪文をとなえました。すると、さっき破片が当たって死傷したものたちが(よみがえ)りました。

尚寧王はこれを見て、老人の力を知りました。こんな人物が自分の役に立とうと言ってくれたことに感激し、「神仙よ、わたしを導き給え」と叫んで、よろこびに涙を流しながら彼に向かって拝伏(はいふく)しました。家臣たちもこれに習って老人を伏しおがみました。

老人「うむ。これぞお主の仁政のもたらした福であるぞ」

尚寧王「ははあー」

王は、都にさっそく寺院を作って老人を迎えようと提案しましたが、これは断られました。「わたしはこの山の清浄さが性に合うのでな。しかし、王が呼べばいつでも王宮まで飛んでゆこう」

尚寧王「はい、そうします。しかしあなた様を、なんと呼べばよろしいか。いまだお名前を知りません」

老人「名前か。とくにそんなものはないのだが、よろしい、必要なら朦雲(もううん)とでも呼ぶがいい」

尚寧王「朦雲(もううん) …朦雲(もううん)国師(こくし)! これからよろしくお願いします! (家臣のほうを振り返って)どうだ、私は間違っていなかっただろうが。勇気をもってこの虬塚(みづちづか)を壊したおかげで、神仙とお近づきになることができたのだからな。どうだ毛国鼎(もうこくてい)よ、わかったか」

毛国鼎は苦虫を100匹くらい噛みつぶしたような顔をしています。まったく朦雲(もううん)のほうを見ようともしません。「王よ、もう日が暮れます。王宮にお帰りいただかなくては… (家臣たちに)お前たち、グズグズするな! すぐに下山の準備だ!」

朦雲(もううん)が余裕をもって毛国鼎をフォローします。「ふむ、彼の言うとおりですな。この山は、夜は安全とは言いがたい。今日はいったんお帰りになるのがよかろう。明日、私から改めてアイサツにいきますからな」

こうして、王の一行は、朦雲(もううん)に別れを告げると、いっせいに山を降りていきました。


毛国鼎(もうこくてい)だけは、この一行から途中で抜けだし、暗い中をひとり、さっきの場所まで戻りました。ソロソロと進み、そして、塚のあったところを物陰からうかがい見ると、星明かりの下、同じ場所に座りながらブツブツと呪文を唱え続ける姿が見えました。

毛国鼎「あれを殺さねばならん」

毛国鼎は矢を弓につがえるとこれをいっぱいに引き絞り、朦雲めがけてヒョウと放ちました。しかし矢は、彼の手前で三つに折れて、地面にぱらりと落ちたのみです。

毛国鼎「バケモノめ」

次の矢を準備する時間はありませんでした。体に不思議な力がかかって、毛国鼎の姿は真っ逆さまに山の峰からゴロゴロと落ちていきました。そして、彼は草むらの中で気絶しました。


その後、毛国鼎を発見したのは、彼の家来たちです。妻である新垣(にいがき)は、彼の帰りがあまりに遅いので、心配して方々を探し回らせたのです。家来たちがその場で介抱すると、毛国鼎はようやく目を開いて、改めて痛みにうめきながら身を起こしました。

毛国鼎「王が、魔物を目覚めさせてしまった… みな、彼の妖力によって魅惑されてしまった。この国が危ない」

家来たちが言葉の意味が分かりかねてキョトンとしているので、毛国鼎はあわてて今言ったことを打ち消しました。「い、いや。今のは気にするな。夢を見て寝ぼけて変なことを言ってしまった。なあに、ちょっと神経痛で倒れてしまったのだ。それだけだ」

彼はその後、中城(なかくすく)の屋敷に運び込まれ、しばらく寝込んでしまいました。ようやく体の調子が戻ってきたのは10日ほど後のことです。

看病していたのは、寧王女(ねいわんにょ)廉夫人(れんふじん)です。毛国鼎は、この二人にだけは改めて真実を話しました。すなわち、朦雲(もううん)と名乗る魔物が現れ、王をたぶらかし、国を災いにおとしいれようとしていることをです。

毛国鼎「放ってはおけん。何度でも、王にこの過ちを正すよう申し上げねば」

寧王女「いいえ、あなたの言うことが本当なら、もうすでに、王宮の皆は朦雲(もううん)に魅入られているのでしょう。ひとりで立ち向かっても、無駄に死ぬだけです。今は耐えて、機会を待ちましょう」

毛国鼎「むむ…」

廉夫人「あなたにも妻子があるのですよ。無理な行動をして、彼女らを悲しませてはいけません。また、あなたにもしものことがあれば、王女(わんにょ)も後ろ盾をなくしてしまうのです。耐えてください、今はどうか」

毛国鼎「…」


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