37. 寧王女、追放される
■寧王女、追放される
毛国鼎はしばらくケガで休んでいましたが、ようやく尚寧王のいる首里の王宮に参じて、仕事を再開できる旨を報告しました。
尚寧王「うむ、よろしい。ケガが治ってよかったな。ちょうどお前に頼みたい仕事があった」
毛国鼎「といいますと」
王「小琉球にある赤瀬の碑について、異変が報告されている件はまだ知らないか」
毛「はい、知りません」
この石碑もまた、初代天孫氏によって作られたという伝説のある史跡です。
王「あの碑の表面には女の像が彫られているのだが、付近の住民によると、これが夜ごとに泣く声がするというのだ。朝になって碑を見ると、目には涙が流れた水の跡もあるという」
毛「それはまた不吉な」
王「お前に、その真偽を確かめてきてもらいたい。また、それが本当なら、そこで神をなだめる儀式を執り行ってきてくれ」
毛国鼎「わかりました。しかし、それに限らず、今は国全体にどうにも不吉な空気が漂っているように思えます。最近流行している童歌に、こういうものがあるようです。
『悪神きたれり 海はにごる 悪神きたれり 白砂は蟹となる』
王よ、くれぐれも、奇を好まず、王道に沿った政治をしてくだされ。善をすすめ、悪を懲らす政治をしてくだされ。そうすれば、国を覆う妖気はきっと晴れるでしょう」
王「うん、それはいつもやっていることだよ。じゃあ頼むね」
毛国鼎の言葉はどうも今の尚寧王には響かないようです。彼は中城に戻ると、廉夫人と寧王女に、10日ほど出張に行かなければいけない旨を伝えました。
毛国鼎「小琉球までの海路はそんなに遠くはないんですが、海が荒れているからたぶん時間がかかります」
廉夫人「そうなのですか? 不安…」
毛国鼎「私がいない間、王女のもとを一時も離れないでくださいね。また、王宮からお菓子なんかが届けられても、決して召し上がらないように。とにかく用心するに越したことはないのですから」
廉夫人「ええ…」
こう言い残して毛国鼎は旅立っていきました。
毛国鼎が発ったあとの王宮に、不意に朦雲が現れました。王が、朦雲に相談したいな、と思ったことがすぐに彼には伝わるのです。彼は雲に乗ってフラリとやってきました。
王「おお、国師」
朦雲「何も言いなさるな。赤瀬の碑のことでしょう。なあに、気にするような現象ではない。中国には、生きた石像の逸話なんてたくさんある。日常茶飯事と言ってもよい」
王「そうなのですか」
朦雲「うん。しかし、それでも心配だというなら、一応、お祓いの方法を教えてあげるが」
王「お願い申す」
朦雲「例の二つの玉を使って、お祓いの儀式をすればいいんじゃよ。王の印である、あの二つの玉を」
王「国師は何でも知っておられる!」
王はさっそく、利勇を中城に派遣して、寧王女に渡してある二つの玉を儀式のために貸すよう要求しました。王女は、真鶴に頼んで、戸棚から玉の入っている箱を持ってこさせました。
寧王女「はい、必要だというなら、持って行ってください。これです」
利勇「どうも。一応、中身を検めさせていただいても?」
寧王女「もちろん、どうぞ」
利勇がフタを開けて中を見てみると… なんと、二つあるはずの玉が、ひとつしかありません。
利勇「これはどういうことです?」
寧王女「あれっ、こんなはずは…」
屋敷の中を廉夫人や真鶴も手伝いながら引っかき回して探したのですが、どうしても玉はひとつしかないようです。
利勇は目を細めます。「ほう、これは、大変なことですぞ! すぐに王に報告せねば」
利勇は大急ぎで王宮に戻り、王にこの旨を報告しましたので、王は激怒しました。「代々の王の証である玉のうち、ひとつをなくしてしまっただと! これは前代未聞、とんでもない罪だ。すぐに廉夫人と王女を捕らえてこい!」
この命令によって、廉夫人と王女はたちまち捕らえられてしまいました。中婦君がおおいに喜んだことは言うまでもありません。
中婦君「ははあ、これは廉夫人が玉を隠したのね。王よ、きっとそうに違いないわ。彼女は一刻も早く寧王女に王位を継がせたくて、玉を二つとも渡すのが惜しくてならないのよ」
王はこのように煽られていよいよ怒り、婦人と王女を流刑にしてしまうことに決めました。二人は兼城の東にある荒磯に住まされることになり、中城で二人に仕えていた他の人々は、みな殺されるか追放されました。ひとり真鶴だけは、これを逃れて那覇の港の近くに身を潜めました。
これの数日後、やっと毛国鼎が小琉球への出張から帰ってきました。船が着いた那覇の港では真鶴が待っていて、彼に中城で起こったことをすべて伝えました。
毛国鼎「な、なんということだ! 悪人たちの奸計にまんまとやられてしまったとは」
毛国鼎は嘆きと怒りに取り乱しましたが、いったん決められてしまったことは容易にひっくり返せそうにありません。彼はせめてもと、王女の配所を遠く囲むように、腹心の家来たち(と、真鶴)を配置しました。彼らは変装してそこの住民のように暮らし、王女を亡きものにしようとする輩が近づけないように警戒しつづけました。この工夫がなければ、利勇は暗殺者を放って王女と廉夫人をまんまと亡きものにしてしまったことでしょう。
このまま、二年の時が流れました。
八郎為朝が、鶴を求めて琉球まで旅してきたのはこのころです。そして、虬舊山から転落し、流刑の身であった王女と廉夫人に出会ったというわけでした。このエピソード、覚えていますでしょうか。為朝は、持っていた玉を二人にあげる代わりに、たまたまそこに捕らえられていた鶴を受け取って日本に帰っていったのでしたね。
さて、王女が為朝から王位の玉(にソックリなもの)を譲ってもらったことは、真鶴を経由して毛国鼎に、そして毛国鼎を通じて尚寧王に伝えられました。
尚寧王「おお、玉が戻ったというのか。それなら流刑を許してやっても良いな。愛する我が子へのこの仕打ちは、実は自分でも心苦しかったのだ。玉が戻れば、文句はないぞ!」
こうして流刑の二人は許され、すぐに輿に乗せられて王宮に運ばれ、王と対面しました。寧王女はうやうやしく玉を尚寧王に手渡しました。王はこれをケースに収めて、ふたたび玉は二つそろった形になりました。サイズ的にはぴったり一緒です。
王「うむ、ふたたび玉がそろったこと、喜ばしい限りだ。どうだ、利勇」
利勇は、この玉が本物であるのか、疑わしく思っています。「その玉、ちょっと青みがかかっていませんか? 前からこんな風でしたっけ?」
王「言われてみればそんな気もしてきたぞ。どうだったっけ、こんな色だったっけ。自信がなくなってきた」
中婦君「朦雲国師なら、ズバリ鑑定してくださいましょう」
王「そうだな。さっそく呼ぼう。来たれ、国師よ!」
しばらくすると、雲に乗った朦雲がヒラヒラと飛んできて、庭に降り立ちました。「呼ばれて飛び出て、なんちゃらかんちゃら」
王は朦雲に玉を見せ、これは本物だろうかとたずねました。朦雲は玉を受け取り、まがまがしい笑いを浮かべました。
朦雲「それは簡単に確かめることができる。本物の玉は虯の体から出てきたもので、とても固いのだ。似たようなものとして蛇の玉がある。それは、虯のものほどは固くない。たとえば私が叩いたら、砕けてしまう程度のものだ。つまり、こうすれば分かる」
朦雲は、杖で青い玉をガツンと叩きました。するとそれは粉々に砕け散ってしまいました。
朦雲「こういうことじゃ。つまりニセモノよ」
廉夫人と王女は真っ青になり、その反対に王の顔は怒りで真っ赤になりました。
王「私をあざむこうとした罪、死に値するぞ!」
廉夫人は泣きながら言い訳します。「ニセモノとは知らなかったのです。そうでなければ王に差し上げようなどと思いはしませんでした。どうかお許しを。せめて、私一人だけを斬り殺し、王女だけはお許しを!」
利勇は、冷笑を浮かべながら、問答無用で二人を再度縄にかけようと近づいてきました。それを毛国鼎が立ちはだかって防ぎます。
毛国鼎「王よ、たかが玉のために、世継ぎと決めた子を殺してしまってよいのですか! 国にとって、宝とは人のことです。玉なんかではない。危機に際して、玉が人の代わりに戦ってくれるとでも言うんですか。そんなことないでしょう! こんな短慮で王の徳が地に落ちてしまえば、国はすたれます。渡す玉だけが残っても何になりましょう。どうか、どうかご賢慮を!」
毛国鼎は目に涙をうかべながら必死に説得します。尚寧王はさすがにこの理屈は正しいと思ったのか、さっきまでの勢いをなくしてしまいました。
王「そ、それもそうだ。…どうしたらいいと思う、国師」
朦雲「ま、ここらへんは王の心ひとつじゃろ。許してやるのもよし。しかし、世継ぎとしての指名はキャンセルするのがいいんじゃないか」
王「うん、そうする。…しかし、他に世継ぎの候補はいないんだが」
朦雲「まだ中婦君は妊娠できるじゃろ。私には未来が見えるぞ。2,3年のうちに、彼女は男子を産むであろう」
王「ホントですか!」
朦雲「そうとも。そのときに、失った玉も戻るであろう」
王「ひゃっほう! 国師のおっしゃることだ、間違いはない!」
こうして、寧王女と廉夫人は罪を減じられ、中城への蟄居のみを命じられました。ただし、もう王位を継ぐ資格はありません。それ以来、付き人もほとんどない、さびしい日々を送ることになりました。
中婦君は、この処分にあまり満足していません。寧王女を亡きものにするには絶好のチャンスだったのに、朦雲がそれを後押ししなかったことが特に不満です。ある日、彼女は朦雲にその旨をこぼしました。
中婦君「国師、私の願いは知っているんじゃないのかい。どうしてあのとき、王女の命を助けるような方向に誘導したんだい」
朦雲「あそこで王女たちが刑死すれば、民たちはお主らにおおいに反感をもつことになるぞ。民を生かさず殺さず手なずけるには、このくらいがちょうどいいんじゃ」
中婦君「ふーん、なるほどね」
朦雲「大体、おぬしが王子を産みさえすれば、王女が生きていようが何だろうが、何の問題もなかろ」
中婦君「ホントに産めるの」
朦雲「うむ。実は、タネがないのは、尚寧王のほうなんじゃよ。よく考えよ。お主が子を産むだけなら、実は簡単なことだったんじゃ」
朦雲の暗示するところを悟った中婦君は、さっそく利勇と密通を始めました。それで数年経ち、それでも子ができないと分かると、今度は国中の若い男を貴賤を問わずに後宮に引っ張り入れ、王の知らないところで、邪淫の限りを尽くしました。
利勇のほうは、いよいよ好き放題に権力を振るい、自分にへつらう者だけを取り巻きにそろえ、民をしぼり取り、悪政の限りを尽くしました。追放されていた阿公も呼び戻して自分の手下としました。