39. 忠臣の最期
■忠臣の最期
陶松壽と査國吉が王宮から中城へ遣いに向かっていたとき、毛国鼎も逆に王宮に向かうところでした。
毛国鼎は、王が寧王女に王位を譲るつもりらしいという知らせを受け取って、それで喜び、王にアイサツするために城を出たのです。(ちょっと早とちりなニュースですが、王は前回のはじめのほうではそのつもりだったんだから、まあ仕方ないところもあります)
道中で松壽たちと毛国鼎は出会ったのですが、ちょっと互いに正直な会話がしにくい状態です。松壽たちの会話を聞いている従者がいますからね。
毛国鼎「おお、お主ら。用件は知っているぞ。私を迎えに来てくれたのだな。いっしょに王宮まで行こう」
陶松壽「(国鼎さまはずいぶん機嫌がよさそうだ。たぶん、いいニュースだけを受け取っているな。どうしよう)」
松壽は機転を利かせました。「我々どもは、王女や廉夫人にお伝えすることもありますので、引き続き中城に向かいます。ご免」
そうしてしばらく毛国鼎との距離を取り、そこではじめて従者達に「国鼎様に伝え忘れたことがある。ちょっと待っておれ」と言い残して、査國吉との二騎だけで毛国鼎に追いつきました。ちょっとシーンが複雑な感じですが、簡単に言えば「誰も聞いていないところで3人きりで密談できる状態になった」ということ。
さて、陶松壽はやっと毛国鼎に現在の状況を正しく伝えることができました。
松壽「今回のことはすべて、利勇・中婦君・朦雲たちの陰謀なのです。今行けば、みすみす命を失うだけです。我々といっしょに中城に立てこもり、なんとか戦力を整えて、利勇たちと戦いましょう。今なら敵の出鼻をくじけます。そして寧王女を即位させ、乱れた国を立て直すのです」
毛国鼎は沈痛な様子でこの話を聞きました。
国鼎「そうだったのか。危機を伝えにきてくれたお前らの忠義、誇りに思うぞ。しかし… 私はそれでも王宮に行く」
陶松壽・査國吉「なぜです! 今行けば犬死にですよ」
国鼎「どんな理由であれ、家臣が主君に牙を剥くことは不忠、許されぬ罪だ。また、王女にとっては、父を相手に戦うという不孝の罪。もしも勝ったところで、世を治める資格はない。だから、他の選択はない。私にとって死ぬべき日が来た、それだけのことだ」
陶松壽・査國吉「…」
国鼎「お前たちに頼む。王女と廉夫人だけは、なんとかしてどこかに逃がしてやってくれ。そして余裕があれば、妻の新垣も逃がしてくれ。私の子… 鶴と亀は、それぞれ14歳と12歳、武士の心得はできている年齢だ。あいつらには、王女のために命を捨てて戦え、と伝えてくれ」
ここまで語ったときに、松壽たちの従者が近づいてきました。毛国鼎はこれ以上何も言わず、ふたたび馬を駆って、単身、王宮に向かっていきました。松壽たちはもう彼を止めることができませんでした。
國吉「…あの方はやはり素晴らしい男だ。よし、我々は、命を捨てても、王女たちや新垣様を守るぞ!」
松壽「いや、オレは命は捨てん」
國吉「て、てめえ!(胸ぐらをつかみかける)」
松壽「落ち着け。オレは、やたらに命を捨てずに、知恵を絞ってみなを助けよう、という意味で言っただけだ。お前もそうしてくれ。知恵で戦おう。いいな」
國吉「なるほど。そうだな、わかった」
こう言いあって、二人は改めてそれぞれの目的地に別れて去りました。陶松壽は寧王女の屋敷へ、そして査國吉は毛国鼎の屋敷へ。
毛国鼎は、すでに死ぬ覚悟を決めています。忠義をつらぬいてここで死ぬならそれもよし、あとは霊魂となって邪な者どもを滅ぼしてやるまでよ、という決意です。
こう心を決めて正殿への門をくぐりました。果たして、待ち受けていた兵たちが幕の後ろから飛び出て、槍を左右から突き出しました。毛国鼎は、自分の脇腹を貫いた槍を両手に握り留めて、辞世の句を声高に詠みます。
つぼてある 花の露のみ まやたごと けなばや たてろ そもなほれかな
琉球語ですので難しいですが、人の命は花の露のようにはかない、という無常観の歌らしいです。この句を終える間もなく、さらに後ろから迫ってきた兵に、毛国鼎はクビを切り落とされました。知勇を駆使して数えられぬほどの功績を挙げてきた人物の、哀れむべき最期でした。
利勇はこの首級を拾い上げると銀の盆にのせ、「逆臣、誅伐したり。皆のもの、祝え!」と叫びました。居並んだ家臣達は、恐怖におののきながら、小声で「バンザイ」「バンザイ」とかろうじて口にしました。
利勇「じきに、廉夫人や寧王女、そして国鼎の家族も捕らえられてここに届けられる。これで反乱の根は根絶された。そうだな、お前たち」
家臣たち「利勇さまのおっしゃるとおりです…」
尚寧王も満足げです。「これでいよいよ、中婦君が生む子を王に据えるのみとなったな。朦雲国師よ、いつごろ生まれるかな。国師ならご存じだろう」
朦雲「うむ。遅くとも来月中には生まれるな。間違いなく男の子ですぞ。安産祈願もしているから、安心なされよ。それはまあよいとして、王よ、最後の仕上げを怠ってはいかんぞ」
王「仕上げ?」
朦雲「今、若いものどもが王女や廉夫人を捕らえに行っておるな。あれらを万一にも逃してしまえば、必ず後の禍根になる。もっと兵を送って、万全にしなさい」
王はもっともだと考えたので、利勇に命じて加勢を送らせました。利勇自身が今回の掃討軍を指揮することになりましたので、彼は騎馬の姿になると、一軍を率いて門から飛び出していきました。