41. 陶松壽、ふたつの首を斬る
■陶松壽、ふたつの首を斬る
陶松壽は、王女たちのために自ら命を絶った廉夫人の首級を利勇に渡すと、さらに王女を追うよう命じられて、越木の石橋の近くまで来ました。もう日が暮れています。
松壽「例の行列は、ここらを通る予定だったはずだが…」
そこには、担架に乗せられて運ばれる不良少年たちの姿がありました。ほとんど死んでおり、生きているものは虫の息です。また、近くではそれの親と思しい老人達が泣いています。
松壽「あなたがた、ここで何があった」
老人「馬鹿なやつじゃ。その場のはした金に目がくらんで、王女を襲おうなどと考えるとは… 親不孝じゃ。村の恥じゃ」
松壽「どういうことなんです」
老人「向こうの石橋のあたりで、指名手配中の寧王女が行列に混じっていたのを知ったクソガキどもが、それを囲んで追い詰めた。そこで、不思議なことに王女は人が変わったように凶暴になり、刀を振るってガキどもを全滅させてしまった、という。生き残りたちがそう語ったんじゃ」
松壽はこれを聞いて驚き、石橋まで急いで走りました。たしかに、あたりの地面が血で濡れています。
橋のたもとにとりわけ大きな血だまりができており、まるで、紅葉を敷き詰めたようです。そしてその中央に倒れていたのは…
松壽「…真鶴…」
松壽はおそるおそる近づいて、震える手で真鶴の死骸を抱き上げ、そして、声を殺して嗚咽しました。王女を守ろうとして壮絶に戦ったことが、体中の傷跡からありありと伝わりました。
松壽「真鶴よ、お前のほかに、百年の苦楽をともにする人間はいない。なのに、人の命はあまりにはかない…」
彼はしばらくそのまま、亡骸を抱えたまま妻の死を悼んでいましたが… やがて、閉じていた目をゆっくりと開きました。そこには暗い決意が宿っていました。
松壽「…真鶴の霊よ、まだここらにいるなら聞いてくれ。お前のおかげで、また、君眞物の守りのおかげで、王女は不思議と落ち延びることができた。しかし、利勇の執念深さは限りがない。王女が見つかるまで、国中すべて、草の根を分けてでも捜索を続けるだろう。このままでは王女の身が安全になる日は来ない。そう、例えば、利勇が、王女が死んだとでも思い込まない限り」
松壽「だから、真鶴よ… お前の首をくれ」
松壽「お前と廉夫人とは義理の姉妹。当然、王女とも顔はかなり似ている。お前の首を提出すれば、おそらく王女はもう追われない。お前の忠義は、世にたぐいないものとして後世まで語り継がれるだろう」
松壽「もちろん、こんなことをしたオレは地獄に落ちる。それでいい。廉夫人の首を斬ったのもオレだ。地獄の呵責を受けるのはオレだけでよい」
松壽「望むらくは、利勇がお前のクビを王女のニセモノであると見抜かないことを… また、難しいかもしれんが、あの朦雲の目もごまかせることを。もしもだますのに失敗したなら… クビを渡したその場で、あいつらと差し違えてやるまでだ」
松壽「天の神よ、地の神よ、国中のすべての神よ。利勇・朦雲の目をさえぎりたまえ。我が亡き妻の首をもって、王女の御身にかわらせたまえ!」
こう祈ると、松壽は妻の首を切り離して、それを布で包みました。胴体は水葬しました。
利勇は、寧王女の首と称して陶松壽から提出されたものを、じっと見つめました。松壽は、利勇が何か文句をいいかけたらその場で斬り殺してしまおうと、非常な緊張感をもって、利勇が口を開くのを待ちました。
利勇「…うむ、疑いない。これは王女の首だ。よくやった、松壽よ」
松壽「…」
利勇「どうだ、王女は暴れたか」
松壽「はい、なにか悪霊がついているかのような暴れぶりでした。それゆえ、生きたまま捕らえるのは難しく、やむなくこうして首を取りました」
利勇「うむ、私が雇った少年たちの証言とも合致するな。いよいよ間違いない。これで後の禍根は完全に断たれたというものだ。廉夫人、寧王女の両者を仕留めたその功、莫大である。お前には追って褒賞が与えられるであろう」
松壽「…」
こうして、陶松壽はいよいよ利勇に片腕としてかわいがられるようになりました。
不思議なことに、朦雲でさえもこの首がニセモノであるとは気づきませんでした。松壽の祈りが国の神々に届いたのでしょう。
尚寧王も、裏切り者に罰を思い知らせた、と、何の疑いも持たずに喜びました。忠臣、節婦、そして世継ぎの子さえ殺しておきながら、みないい気味だ、とケタケタ笑いました。陶松壽は、今回の功績によって、東風平の領主の地位が与えられました。
尚寧王「反逆者たちはこれで滅んだ。あとは、中婦君が無事に世継ぎを生んでくれれば、一件落着というわけだ。朦雲国師よ、本当に世継ぎは生まれるのでしょうな。ちっとも彼女の腹が大きくならないのはどうも不安だが」
朦雲「うむ、安心するがよいぞ。実際のところ、あと10日も経たないうちに出産するであろう」
王「うん、うん。利勇よ、子が生まれたときの準備を、怠らないよう頼むぞ」
利勇「ははっ」
中婦君は、このあと、利勇を秘かに呼んで相談しました。
中婦君「ねえ、私、本当に子を産むのかしら。ちっとも体調は変わらないし、どうしても自分では臨月っぽい感じがしないんだけど」
利勇「えっ、聞かされていないんですか。もちろんあなた様は妊娠していません。なんせそのお年ですからね」
中婦君「!?」
利勇「朦雲国師のトリックですよ。あなた様がお産みになる予定の御子は、あなた様の胎内にはおりません。阿公が、適当な女から奪ってここに持ってくるんです」
中婦君「誰から?」
利勇「さあ。男子でさえあれば、別に誰の子でもいいんじゃないですか。そんなことは、我々にはちっとも重要じゃないでしょう。王なんてお飾りなんですから」
中婦君「な、なるほどね。確かにその通りだ。さすが朦雲じゃないか、ぬかりがないねえ…(ニタリと笑う)」