51. 利勇、よろこぶ
■利勇、よろこぶ
為朝が南風原の城に帰る途中、賽銭箱の中からひとりの美女が現れました。為朝を見て、たいへん怯えた様子です。さっと逃げだそうとしましたが、為朝は袂を引っ張ってとどめました。
為朝「おぬし、どうしてこんなところに入っていた」
美女「…」
女はしばらく黙っていましたが、やっとポツポツと口をききはじめました。
美女「私は、この山の北にある保似村の村長の娘です。名前は海棠といいます。首里に女官として仕える予定のものです。ただし、最近は色々と騒動があるようで、実際にはまだ村にとどまっていましたけど」
美女「昨日、朦雲国師の軍がにわかに現れて、村を荒らし、たくさんの人を殺しました。私は不思議と逃れることができましたが、親も兄弟もみんな死にました。それからずっと、ここに隠れていたんです。…あなたも朦雲の軍の人ですか」
為朝「いやちがう」
美女「では、朦雲を除こうとする、南風原の利勇さまに従う人ですか」
為朝「まあ、そっちに近い」
美女「あ、あなた、おねがいします。親族のカタキを討ってください…(泣く)」
為朝「なるほど、気の毒な話だ。南風原には連れて行ってやるから、そこで改めて今の話をしなさい。この賽銭箱ごと背負っていってやる。わけあって、クマとかワシのクビも一緒に入れて運ぶけど、ごめんな」
こういうわけで、為朝は箱をかついで南風原まで帰りました。夕方頃には城門まで着くことができたのですが、そこで為朝は門番に入城を拒絶されます。
門番「入ることはならん」
為朝「オレを忘れたか。利勇の課題をこなして帰ってきたのだぞ。中に入れんか」
門番「課題は、3日でこなすことという約束だったはずだ。今日は4日目、とっくにタイムオーバーだ。本来ならば死刑になってもおかしくないのだぞ。命があるうちに、とっとと去るがいい」
為朝は怒りました。「話にならん。利勇に会わせろ。力づくでも入るぞ」
門番が振り下ろす棒をこともなげにハッシと受け止め、為朝はズンズン中に入りました。槍をもった兵たちがワッと襲いかかってきましたが、為朝はこれらを問題ともせず、まるで人のいない道を進むかのようです。何をされたかわからないうちに槍はへし折れており、兵たちはあっけにとられました。
内側にあるもうひとつの城戸が、為朝を閉め出すためにピッタリ閉じられましたが、為朝がフンと力を入れて扉を押すと、内側のカンヌキがメリメリと折れて、やがてドカンと開きました。扉を内側から押さえていた数十人の兵たちが、吹っ飛んで半死半生になりました。
この報告をうけた利勇は、まわりをめいっぱいの弓兵に護衛させて、正殿の前で為朝を待ちました。みずからもヨロイを着込んで武装しています。目の前に現れ次第、総力で殺してしまおうというのです。これを陶松壽が止めようとしました。
陶松壽「無理です、為朝どのはこんな武力で殺せる人物ではありません。今からでも、礼をもって迎えるべきです」
利勇の声は震えています。「うるさい、もとはといえばお前がヤツを使おうと言い出したのだぞ。責任をとれ。お前があいつを討ってこい」
こういっている間にも、為朝は大量の兵に取り巻かれながら、ゆうゆうとこの場に到着してしまいました。
利勇は半分裏返ったような声で為朝をなじります。「ふ、浮浪人め。約束を破っておきながら、恥をしらずにノコノコと戻ってくるどころか、この狼藉ぶりはなんだ!」
為朝「約束は守ったろう。お主に出された課題をこなして来たのだ」
利勇「3日以内と言っただろうが!」
為朝「3日が4日になったくらいが何だ。辨嶽は結構遠いのだ。移動時間の分くらいオマケしろ。このくらいの小さいことでオレの功を全否定するのはフェアじゃない」
こう言いながら、為朝はかついでいた賽銭箱をそっと降ろしました。
利勇「おい、その箱はなんだ! それも朦雲の妖術か。勝手はさせんぞ。お前ら、あれの中身をすぐに確認しろ。何か出てきたら、矢ブスマにしてやれ!」
利勇の側近がふたり、箱に駆けよってフタを開きました。すると白い光がはげしくそこから放たれて、みな、目がくらんでしまいました。慌てた兵たちが、そこに向かって隙間なく矢を打ち込みました。賽銭箱は倒れ… そこから例の女が転がり出ました。
利勇「お… Oh…」
さいわい、この美女に矢は当たりませんでした。彼女の姿を一目見たものは全員、その異常な美しさに言葉を失いました。利勇も例外ではありません。
陶松壽は冷静です。「為朝どの… この人物はどなただ。今は、怪しい者は誰一人城に入れてはいけないというのに」
為朝「うん、ワケあって、連れてこざるを得なかったんだ。順番に説明させてくれ」
為朝は、辨嶽に行ってワシを狩ったことと、朦雲の兵を殺してクビを取ったことを簡単に報告しました。賽銭箱からワシと熊のクビを取りだして、証拠として並べます。
為朝「朦雲の手先とおぼしい、二人の少年をオレは討ち、クビを切り落とした。すると、熊の姿になってしまった。たぶん、これも朦雲の妖術だったのだろう。(これは、為朝が考えたウソです)」
為朝「で、この女だが… オレは、ワシと熊の首を入れて運ぶために、古い社の賽銭箱を使おうとした。すると、その中にこれが入っていたのだ。聞くと、朦雲の軍に村を荒らされ、親族をみな殺されてしまったという。気の毒で、見捨てるわけにもいかず、ここに連れてきたんだ。名を海棠というそうな」
陶松壽「なるほど…」
利勇が口をはさみました。さっきまでとは打って変わって上機嫌な声です。「なるほど、お主を認めよう。さっきは怒って悪かったな」
為朝「…」
利勇「おぬしが討ったという二人の少年は、毛国鼎の息子、鶴と亀に違いない。前日、ここに忍び込んだのを捕らえたんだが、ワケあって逃がしてしまったところだったのだ。なるほど、あいつらが本物の鶴と亀ではなく、朦雲の幻術だったということは大いにありうる。きっと本物の鶴と亀は、前の騒ぎのときにとっくに死んだのだ」
利勇「これらの妖術を破ってくれたおぬしの功績、大である。さらにもうひとつ、この海棠ちゃんを連れてきたことがより大きな手柄だ。私は、こんな美しい女を今まで見たことがない」
利勇「陶松壽の知恵、為朝どのの武勇、そして海棠ちゃんのミラクルビューティー。今の私にはすべてが揃っている。なんと頼もしく、そして幸せなことか」
為朝・陶松壽「…」
利勇「為朝どのには、この功績を賞して、うちの副将軍とし、山南省の大里の領地を治めてもらおう。18の属村をもつ、大きなところだぞ。今後も大功をたてられよ」
為朝はすこし気味が悪くなりました。「いや、そこまでしてもらうほどの功でもなかったはず」
陶松壽は喜びます。「為朝どの、せっかく利勇さまが言ってくださることだ。受けられるがよかろう」
為朝「…わかりました、お受けしましょう。しかし、利勇どの、私からひとつ条件を申し上げてよろしいか。割とダメもとな気もちなのだが」
利勇「(海棠に見とれながら)うん、何でも言ってみなさい」
為朝「私がお願いしたいのは、寧王女のこと。彼女を大里の城にお迎えしたいのでござる」
利勇「寧王女? 彼女は陶松壽に討たれただろう。私がクビの検分をしたのだぞ」
為朝「いいえ、私自身、このあいだ小琉球で、朦雲の軍に襲われていた寧王女をお救いいたした。今は佳奇呂麻に隠れておられる。大臣(利勇のこと)、今王女を許して迎え入れれば、民の心があなたの味方につきますぞ」
利勇「へえー、すると、私がいつか見た寧王女のクビは偽物だったのかな。だからといって、今さらあれをやっつける理由もないような… しかしまた、どうして」
為朝「実は、今の寧王女には、私の妻であった白縫の魂が乗り移っているのです。妻は琉球に至る途中で海難に遭って死にました。信じられないかも知れませんが、本当なのです」
陶松壽は為朝の言葉を信じました。「その白縫という方は、なんという激しい意思を持ったお人だ。利勇さま、このような奇跡の夫婦には、ぜひこちらの陣営に入ってもらうべきです!」
利勇は、今の話を一応信じた上で、ちょっとした計算を心の中で走らせました。
利勇「(オレは今からこの海棠を愛人にするつもりだが、世間体が少し心配ではあった。為朝が寧王女と結婚するんなら、もはや王女はそこらの一般人と同じだ。敵にはならん。しかも、オレだけが勝手に愛人を作るというそしりをかわすことができて、ちょうどいいな…)」
利勇「よろしい、為朝どの、寧王女を妻とし、ともに大里に住まわれるがよい」
為朝「えっ、いや、妻にするとは言っていません。あくまでそこに留まってもらい、私はお仕えするという形で」
利勇「妻の魂が乗り移った女なんだろう? 遠慮はいらん、結婚すればいいじゃないか」
為朝「この国の民が許さないでしょう。あの方は王女ですよ。異国から浮浪してきた私が結婚すればスキャンダルです」
利勇「いいや、決まりだ。断ることは許さん。さっそく陶松壽を佳奇呂麻に遣わして、王女を迎えさせるように。では、今日はここまで」
利勇はこう言い放つと、ヤニ下がった顔になって海棠の肩に手をやり、ともに自分の屋敷に帰っていきました。すでに日が暮れ、まわりは明かりが灯り始めたころでした。