52. 為朝、領地をおさめる
■為朝、領地をおさめる
為朝は、採用試験の課題をこなしたからというよりは、海棠という美女を連れ帰ってきたことが主な理由で、利勇に(仮にですが)仕える身になりました。その翌日、陶松壽は、佳奇呂麻に潜んでいる寧王女(白縫)を迎えにいくため、数人の従者をつれて小祿の港から出航しました。
その道中で、陶松壽は考えます。
陶松壽「利勇はつくづく小物で無能だ。あの為朝どのの人物さえ見抜けず、むしろ贅沢や女にしか興味がないのだ。しかし、偶然のおかげとはいえ、為朝どのがこちらの味方になってくれたことは、本当に心強い…」
為朝のほうは、南風原の城内で例の「王子」に拝謁させられ(阿公がこの幼児を抱いていました)、その摂政を自認する利勇によって、大里の領主に正式に任命されました。為朝自身はこんなことを何とも思わないのですが、まわりの家臣たちは、ヨソモノが急に大出世しようとしているのを見て、ねたましく思いました。
為朝はさっそく任地である大里に渡り、村々の長たちを集めて着任のあいさつをしました。その後、税を少なくして法律をゆるやかにしましたので、たった3日この地を治めただけで、民たちは正しい暮らしができるようになり、新しい領主を熱烈に愛するようになりました。
その後、為朝は、陶松壽が寧王女を安全に連れ帰ってこられるよう、150騎の兵を連れ、眞和志のあたりに留まりました。敵の伏兵がここに置かれやすそうだと判断したのです。そこにいるあいだ、星をながめて、彼はいろいろなことを考えました。
為朝「鶴と亀も佳奇呂麻にいるんだが、陶松壽は、それを見つけたら利勇に報告するかな? そうなれば面倒なんだが、オレが見るに、松壽は信用できる男だし、利勇に心から従っているわけでもなさそうだ。きっと黙っているだろう。あんな小物にというよりは、どちらかというと、あの『王子』のためにあの場でがんばっているのだろうな」
為朝「しかし、『王子』といえば… わが子、舜天丸は今どうしているだろう。紀平治や高間夫婦の安否も気になる。頼む、どこかで生きていてくれ。オレ一人で偉くなったって仕方がないじゃないか…」
さて、陶松壽は、数十里の海路を順風に吹かれて進み、無事に佳奇呂麻に到着しました。上陸したところ、島の中にはまったく人影がありません。
陶松壽「?」
よく探してみると、巨木のうろの中に、数人の老人がブルブル震えて隠れています。
陶松壽「他の住人はどうしたんだ」
老人たち「に、逃げました。我々は山に登る体力もありませんからこんなところに隠れていました。お助けを」
陶松壽「ひょっとして、朦雲の軍だとでも勘違いしているのか。オレは違うぞ。南風原から遣わされ、寧王女をお迎えに上がった陶松壽だ」
老人たち「お、おお… 勘違いしておりました。てっきり王女を奪って我々を殺しに来たのかと」
陶松壽「寧王女もいるのか」
老人たち「はい。あの方は、最後までここから逃げようとしませんでした。『朦雲ではない、為朝が来るのだ、大丈夫』とばかりおっしゃって。今は住民に無理に連れられて近くの洞窟の中にいますが、あとでお会いできるはずです」
こういうわけで、村人たちは避難先から戻ってきました。陶松壽は、村長の屋敷で王女が身なりをととのえるのを待ち、その後、やっと拝謁することができました。為朝が言ったとおり、見た目は完全に寧王女なのですが、しゃべり方も、物腰も、まったく別人のようでした。
寧王女「ご苦労でしたね、陶松壽。為朝さまはあれからうまく利勇との共闘を成立させられたのですね」
陶松壽「はい…」
この場で、二人はいろいろな情報交換をしました。為朝のこともですが、今までに死んでいった、尚寧王・廉夫人・真鶴・毛国鼎・査國吉のことなどについて、どんな話も心が激しく痛まないものはなく、二人は涙に暮れながら話し合いました。
寧王女「たいへんつらいことですね。しかし、私は私で、舜天丸がどうなったのかが未だ分からないのが一番つらいです」
陶松壽「(うーん、この人は本当に、心は白縫さまという方なのだな)」
島の住人たちも、王女の事情はすでによく知っており、白縫王女と呼んで慕っているのでした。その後、住人たちはせいいっぱいのゴチソウを用意して陶松壽と従者たちをもてなしました。
今後、彼女のことを寧王女と呼ばずに、白縫と呼ぶことにしましょう。白縫は、すこし改まった様子になって、陶松壽にあることを相談しました。
白縫「ところで、今はこの場にいないのだけど、私がここに世話になって以来、ずっとそばに仕えていてくれる二人の少女がいるんです。一人はあかいただき、もう一人はみくまというのですが… とても名残惜しいので、できれば私といっしょに連れて行きたいのだけど、どう思いますか」
陶松壽は、この言葉の意味をすこし考えました。「『あかいただき』… 赤い頂き… これは、鶴のことをいった謎かけだ。『みくま』は、三曲… なるほど、こちらは亀か!」
陶松壽は、この謎を解き、南風原から逃亡した鶴と亀がここに留まっていることを知りました。白縫は、彼らの事情を考え、陶松壽にのみ分かる形でメッセージをよこしたのです。
陶松壽「なるほど、連れて行くことに差し支えはなさそうですが、大臣はいささか疑い深い人ですので、今は連れて行かず、あとで直接、為朝さまのいる大里にお送りすればよいかと」
白縫「ええ、そういたしましょう。ありがとう、松壽(にっこり)」
この後、白縫は島の人々に惜しまれながら佳奇呂麻をあとにし、小祿の港から南風原の城に連れていかれました。利勇は彼女と面会し、その後もいろいろと監視したりして、やがて、本当に寧王女に白縫の霊が乗り移っていることを確認しました。
利勇「へえ、本当にこいつはもう寧王女ではないのだな。なるほど、もうオレの敵と考える必要はないってことだ。あとは、為朝にこいつをくっつけて、恩を着せてやろう」
為朝は、その後も何度か白縫との結婚を断りましたが、利勇が有無を云わせずにこれを押し切ってしまいましたので、ついには断り切れなくなり、二人は公式に結婚式をあげました。やむをえずそうした割には、その後のふたりは、割れた鏡がぴったり合わさるかのごとく仲の良い夫婦となって、ともに大里の領民の手本になりました。
のちに、こっそりと、大里から鶴と亀が送られました。為朝と白縫は、陶松壽が賢く、そして信用できる男であることをこれで確信しました。この兄弟は、利勇に存在がバレないように、平和ながらも深く隠れてこの地で生活しました。
さて、これらのことを、首里の朦雲はどう考えたでしょうか。彼は為朝のことだけはハッキリ分からないのですが、他の人たちがどういう状況にあるのかは、千里眼の術で手に取るように分かるのです。
ちょうど陶松壽が佳奇呂麻に赴こうとしているころ、朦雲は、自分に従う大臣たちに、起こっていることを簡単に説明していました。
大臣「寧王女が戻ってくる! それでは我々はすぐにこれを邪魔しに行かねばなりますまい」
朦雲「いや、相手は陶松壽じゃ。伏兵を用いて我々を返り討ちにする準備くらいはしているじゃろう。あと、例の謎の勇士もいる。無理することはない、放っておけ」
大臣「しかし!」
朦雲「なに、別に計画があるから大丈夫じゃ。まずは利勇を自滅させるための手が打ってある。今から、そうだな、7年もすれば、あいつの命運は勝手に尽きるじゃろう…」