椿説弓張月、読んだことある?

53. 利勇の暴虐

前:52. 為朝、領地をおさめる

利勇(りゆう)の暴虐

朦雲(もううん)が「利勇(りゆう)は7年で滅びる」と予告してからは、表だって戦も起こりません。いつ何が起こるか分からないという不安はあるものの、琉球(りゅうきゅう)には表面的には平穏な時が流れました。

為朝(ためとも)は、その後、大里(おおさと)の領地を非常にうまく治めました。民に仁義をもってあたり、兵の訓練を怠らず、賞罰を公平にしました。彼の妻・白縫(しらぬい)王女(わんにょ)は、養蚕の技術を民にもたらし、彼女もまたたいへん尊敬されました。

これに引きかえ、利勇(りゆう)の治める領地はひどいものでした。領主のまわりにはボスに媚びるような家臣ばかりがはびこっていましたし、利勇(りゆう)自身は海棠(かいどう)ちゃんを愛し、日夜を問わずパーティー三昧の浪費三昧です。当然民は重い税金を搾りとられて、支配層のことを深く恨むようになりました。

陶松壽(とうしょうじゅ)は、このままではいけません、と再三利勇(りゆう)を諫めるのですが、彼は聞く耳を持ちません。

利勇(りゆう)「いいじゃねえか、朦雲(もううん)どももウチを怖れて攻めてこないんだし、今の平和を楽しんで何がいけない。すばらしい酒、すばらしい女、これらを楽しむために人生はある」

利勇(りゆう)「大体、オレは王子の摂政なんだ。激務をこなしているんだ。このくらいの息抜きはさせろ」

陶松壽(とうしょうじゅ)「…」


それから3年たったとき、為朝は、南風原(はえばる)の城を訪れて、そろそろ朦雲(もううん)追討の兵を起こすべき時であると主張しました。今回に限らず、今までも何度か同じ主張をしてきました。

為朝(ためとも)「人も馬もよい状態だ。兵糧も充分に用意することができた。そろそろ戦をすべきだと思うが」

しかし利勇(りゆう)は賛成しません。「兵は凶器である。わざわざ、民の願わぬ戦争はしない。ただただ、守りを固くするのみだ」

為朝(ためとも)「…」

こんな調子で、為朝(ためとも)も、仮にとはいえボスと決めた人物が動かないのでは、仁義の上からはこれ以上どうしようもないのでした。

陶松壽(とうしょうじゅ)は、利勇(りゆう)のこの様子を見て、そろそろ愛想が尽きてきました。それどころか、このまま放っておくと、自分の身にも危害が及びかねません。彼はちょっとした作戦を使って自分の領地に戻ることにしました。

具体的には、東風平(こちびら)の軍民が、城を焼いて、勝手に朦雲(もううん)に降参しようとしているらしい、というウワサを流させました。

利勇(りゆう)は焦ります。「いかん、ずっと放っておいたのがいけなかった。松壽(しょうじゅ)よ、あそこはお前の領地ではないか。すぐに戻り、けしからん奴らをキッチリ締めておけ」

陶松壽(とうしょうじゅ)「わかりました」

こうして陶松壽(とうしょうじゅ)もまんまと南風原(はえばる)を離れ、もう利勇(りゆう)にはめったに連絡をとらなくなりました。小言を言う人物がいなくなりましたので、利勇(りゆう)の好き勝手な行動をとがめる者は完全にいなくなりました。このまま、さらに数年が経ちました。

為朝(ためとも)は、辛抱強く南風原(はえばる)を訪ね、朦雲(もううん)を討たねばいけない、と力説しつづけました。

利勇(りゆう)「しつこいなあ。ようしわかった、弓の訓練でもするかな。オレは弓がうまいんだぞ」

利勇は、年貢を滞らせている農民を捕まえてきて、これを柱に縛りつけると、弓の的として射殺しました。この残酷な所業について住民たちの間ではたちまち利勇の悪評が広がりましたが、利勇はそれもまた厳しく取り締まります。お上の悪口を言う住民は片っ端から捕らえられて、利勇(りゆう)の試し斬りの対象にされました。


ある日、利勇(りゆう)は愛人の海棠(かいどう)と一緒に城のやぐらに登って、たあいのない雑談を楽しんでいました。不意に、利勇(りゆう)は、海棠(かいどう)が思い詰めた表情で泣き出したのに気づきました。

利勇(りゆう)「どうしたんだ。なぜ泣く」
海棠(かいどう)「…」
利勇(りゆう)「どうした」
海棠(かいどう)「二人きりでないとお話できません」

利勇(りゆう)は従者たちを遠ざけ、何を泣いているのか、再度たずねました。

海棠(かいどう)利勇(りゆう)さまはとても賢いのに、お気づきにならないのですね。私たちの破滅が近づいていることを」
利勇「なんだと」
海棠(かいどう)「あの、為朝(ためとも)という男… 彼は自分の領地を栄えさせて力をため、朦雲(もううん)ではなく、ここ南風原(はえばる)を攻めようとしているんです」
利勇「まさか」
海棠(かいどう)「道行く人々をご覧なさいませ。ここから大里(おおさと)方向に向かう人は多く、逆方向は少ない。ここの民たちも、向こうにこっそり切り崩されているのですよ。また、東風平(こちびら)陶松壽(とうしょうじゅ)も、為朝(ためとも)とたくらみを同じにしているのです」

利勇(りゆう)海棠(かいどう)の言葉を信じ、松壽(しょうじゅ)為朝(ためとも)の裏切りに激怒しました。

利勇(りゆう)「おのれ、あの二人め。すぐにも軍を編成して、どちらも滅ぼしてやるわ」
海棠(かいどう)「いいえ、私たちは彼らの領地に囲まれた形。どちらに攻めていっても、もう片方が戻ってきて私たちを後ろから突くわ」
利勇(りゆう)「どうすればいい」
海棠(かいどう)「二人を何かの理由をつけてここに呼び寄せ… そして伏兵を使って殺してしまえばいいわ」
利勇(りゆう)「おお、海棠(かいどう)! お前は可愛いだけでなく、実に賢い。本当にいい女だ」

ちょうどよい行事がありました。例の王子が6歳になったので、袴着(はかまぎ)の儀式をするころなのです。利勇は部下を派遣して、これに必ず出席するように、と利勇(りゆう)陶松壽(とうしょうじゅ)に通知しました。


こちらは、大里(おおさと)為朝(ためとも)です。朦雲(もううん)を討ちにいく軍がなかなか利勇(りゆう)に認められず、いつも白縫(しらぬい)とこのことを話し合って嘆いていました。ある日、利勇の部下が為朝のもとを訪れて、王子の袴着(はかまぎ)の儀式に出席するように、と伝えてまた帰っていきました。

為朝(ためとも)「ふむ、王子はもう6歳になったころだな。この儀式、行かねば」
白縫(しらぬい)「こういう話を聞くと、わが子、舜天丸(すてまる)のことを思い出さずにはおれないわね… 生きていれば、今は12歳になっているはずだわ」
為朝(ためとも)白縫(しらぬい)、お前は、いってみれば今は霊的な存在だろう。何かこう、オレに分からないようなことが、ビビッと分かったりしないのか」
白縫(しらぬい)「だめね。たとえ私が霊でも、親が子を思うのは、煩悩(ぼんのう)の闇なんだわ。これについては普通の人と同じ。何もわからない」
為朝(ためとも)「そうか…」

今は深夜ですが、このとき、こっそりと城の門を単身叩いたものがありました。門番に報告されて為朝(ためとも)が確認すると、なんと、東風平(こちびら)陶松壽(とうしょうじゅ)です。

為朝(ためとも)「どうしたんだ、こんな時間に」
陶松壽(とうしょうじゅ)「…」
為朝(ためとも)「うむ、当然、軽々しく話せることではなさそうだな。ついてこい」

為朝(ためとも)松壽(しょうじゅ)を誰もいない部屋に連れて行きました。そして、かすかな灯りだけを残して、小声で「何があったのか」とたずねました。


陶松壽(とうしょうじゅ)「…我々は、すぐに利勇(りゆう)を殺さなければいけません」


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