53. 利勇の暴虐
■利勇の暴虐
朦雲が「利勇は7年で滅びる」と予告してからは、表だって戦も起こりません。いつ何が起こるか分からないという不安はあるものの、琉球には表面的には平穏な時が流れました。
為朝は、その後、大里の領地を非常にうまく治めました。民に仁義をもってあたり、兵の訓練を怠らず、賞罰を公平にしました。彼の妻・白縫王女は、養蚕の技術を民にもたらし、彼女もまたたいへん尊敬されました。
これに引きかえ、利勇の治める領地はひどいものでした。領主のまわりにはボスに媚びるような家臣ばかりがはびこっていましたし、利勇自身は海棠ちゃんを愛し、日夜を問わずパーティー三昧の浪費三昧です。当然民は重い税金を搾りとられて、支配層のことを深く恨むようになりました。
陶松壽は、このままではいけません、と再三利勇を諫めるのですが、彼は聞く耳を持ちません。
利勇「いいじゃねえか、朦雲どももウチを怖れて攻めてこないんだし、今の平和を楽しんで何がいけない。すばらしい酒、すばらしい女、これらを楽しむために人生はある」
利勇「大体、オレは王子の摂政なんだ。激務をこなしているんだ。このくらいの息抜きはさせろ」
陶松壽「…」
それから3年たったとき、為朝は、南風原の城を訪れて、そろそろ朦雲追討の兵を起こすべき時であると主張しました。今回に限らず、今までも何度か同じ主張をしてきました。
為朝「人も馬もよい状態だ。兵糧も充分に用意することができた。そろそろ戦をすべきだと思うが」
しかし利勇は賛成しません。「兵は凶器である。わざわざ、民の願わぬ戦争はしない。ただただ、守りを固くするのみだ」
為朝「…」
こんな調子で、為朝も、仮にとはいえボスと決めた人物が動かないのでは、仁義の上からはこれ以上どうしようもないのでした。
陶松壽は、利勇のこの様子を見て、そろそろ愛想が尽きてきました。それどころか、このまま放っておくと、自分の身にも危害が及びかねません。彼はちょっとした作戦を使って自分の領地に戻ることにしました。
具体的には、東風平の軍民が、城を焼いて、勝手に朦雲に降参しようとしているらしい、というウワサを流させました。
利勇は焦ります。「いかん、ずっと放っておいたのがいけなかった。松壽よ、あそこはお前の領地ではないか。すぐに戻り、けしからん奴らをキッチリ締めておけ」
陶松壽「わかりました」
こうして陶松壽もまんまと南風原を離れ、もう利勇にはめったに連絡をとらなくなりました。小言を言う人物がいなくなりましたので、利勇の好き勝手な行動をとがめる者は完全にいなくなりました。このまま、さらに数年が経ちました。
為朝は、辛抱強く南風原を訪ね、朦雲を討たねばいけない、と力説しつづけました。
利勇「しつこいなあ。ようしわかった、弓の訓練でもするかな。オレは弓がうまいんだぞ」
利勇は、年貢を滞らせている農民を捕まえてきて、これを柱に縛りつけると、弓の的として射殺しました。この残酷な所業について住民たちの間ではたちまち利勇の悪評が広がりましたが、利勇はそれもまた厳しく取り締まります。お上の悪口を言う住民は片っ端から捕らえられて、利勇の試し斬りの対象にされました。
ある日、利勇は愛人の海棠と一緒に城のやぐらに登って、たあいのない雑談を楽しんでいました。不意に、利勇は、海棠が思い詰めた表情で泣き出したのに気づきました。
利勇「どうしたんだ。なぜ泣く」
海棠「…」
利勇「どうした」
海棠「二人きりでないとお話できません」
利勇は従者たちを遠ざけ、何を泣いているのか、再度たずねました。
海棠「利勇さまはとても賢いのに、お気づきにならないのですね。私たちの破滅が近づいていることを」
利勇「なんだと」
海棠「あの、為朝という男… 彼は自分の領地を栄えさせて力をため、朦雲ではなく、ここ南風原を攻めようとしているんです」
利勇「まさか」
海棠「道行く人々をご覧なさいませ。ここから大里方向に向かう人は多く、逆方向は少ない。ここの民たちも、向こうにこっそり切り崩されているのですよ。また、東風平の陶松壽も、為朝とたくらみを同じにしているのです」
利勇は海棠の言葉を信じ、松壽と為朝の裏切りに激怒しました。
利勇「おのれ、あの二人め。すぐにも軍を編成して、どちらも滅ぼしてやるわ」
海棠「いいえ、私たちは彼らの領地に囲まれた形。どちらに攻めていっても、もう片方が戻ってきて私たちを後ろから突くわ」
利勇「どうすればいい」
海棠「二人を何かの理由をつけてここに呼び寄せ… そして伏兵を使って殺してしまえばいいわ」
利勇「おお、海棠! お前は可愛いだけでなく、実に賢い。本当にいい女だ」
ちょうどよい行事がありました。例の王子が6歳になったので、袴着の儀式をするころなのです。利勇は部下を派遣して、これに必ず出席するように、と利勇や陶松壽に通知しました。
こちらは、大里の為朝です。朦雲を討ちにいく軍がなかなか利勇に認められず、いつも白縫とこのことを話し合って嘆いていました。ある日、利勇の部下が為朝のもとを訪れて、王子の袴着の儀式に出席するように、と伝えてまた帰っていきました。
為朝「ふむ、王子はもう6歳になったころだな。この儀式、行かねば」
白縫「こういう話を聞くと、わが子、舜天丸のことを思い出さずにはおれないわね… 生きていれば、今は12歳になっているはずだわ」
為朝「白縫、お前は、いってみれば今は霊的な存在だろう。何かこう、オレに分からないようなことが、ビビッと分かったりしないのか」
白縫「だめね。たとえ私が霊でも、親が子を思うのは、煩悩の闇なんだわ。これについては普通の人と同じ。何もわからない」
為朝「そうか…」
今は深夜ですが、このとき、こっそりと城の門を単身叩いたものがありました。門番に報告されて為朝が確認すると、なんと、東風平の陶松壽です。
為朝「どうしたんだ、こんな時間に」
陶松壽「…」
為朝「うむ、当然、軽々しく話せることではなさそうだな。ついてこい」
為朝は松壽を誰もいない部屋に連れて行きました。そして、かすかな灯りだけを残して、小声で「何があったのか」とたずねました。
陶松壽「…我々は、すぐに利勇を殺さなければいけません」