55. 朦雲討伐軍、起こる
■朦雲討伐軍、起こる
為朝・陶松壽・鶴と亀たちは、利勇を除き、南風原の城を落とすことに成功しました。しかし、王子を奪取することにだけは失敗しました。阿公がこれを連れて逃げてしまったのです。
為朝「阿公だけが逃げる分には大したことはなかったんだが、王子を確保できないのは非常に痛い。朦雲を倒すための義兵を起こす大義名分がなくなってしまうんだ」
こういうわけで、捜索部隊をたくさん出し、周囲の村々にも広く触れを出して阿公と王子の行方を捜しました。その間、為朝たちは今までの利勇の暴政をすっかり改め、蔵にため込んでいたものを民に返し、囚人を解放し、戦で犠牲になったものの遺族に厚い補償を与えました。民は泣いてよろこび、為朝の徳をたたえました。
すぐには阿公も見つかりそうにないので、為朝はひととおりの戦後処理を終えると、この地を離れてもとの領地の大里に戻ることにしました。南風原を守護するのは鶴と亀に任せました。
このまま年が明けて、次の春になりました。
このころまでには、東風平の陶松壽や南風原の鶴・亀は充分に人馬を整え、朦雲と戦をする準備ができてきました。しかし為朝は、まだ動こうとしません。何度か「戦しましょうよ」という手紙が来ても、それに応えません。白縫もまた、そばで為朝の様子を見ながらやきもきします。
この年の9月になって、やっと為朝は動き始めました。軍議あり、と周辺の領地に触れをだして、陶松壽・鶴・亀・その他の領主たちをみな大里に呼びました。
為朝「よく集まってくれた、みんな。オレはこの地に漂流してきて、不思議な成り行きによって寧王女だった女性と結婚し、みなに幸いに尊敬されて、こんな立場となった。だが、オレはまだここでなすべきことをなしていない。武士の本分を果たしていない」
為朝「今日まで、朦雲を討つための軍を軽々しく起こさなかったのは、決して朦雲を怖れるからじゃない。大義名分がなかったからだ。本来私に命をくだすべき王子もいないのに、大臣の利勇を独断で殺し、そして仮にも王を名乗る人物を殺すとなれば、これはすなわち、流れ者のオッサンが力づくで国を奪おうとしている姿そのものじゃないか」
為朝「しかし、人の命には限りがある。王子の行方を探していつまでも待っているうちに、オレも皆も老いてしまう。そうすれば朦雲を滅ぼせるものはいなくなってしまう。だから、先王・尚寧王のために、オレは義兵をあげてこの国を危機から救うことに決めた」
みんな「うおお、為朝さま、よく決断してくださった!(感涙)」
為朝「義兵をあげる主役は、尚寧王の娘だった、寧王女としたい。まあ、今は白縫なんだけど、これなら少しは格好がつくよね」
みんな「もちろんです!」
白縫「異存ありません。よくぞご決断くださった、為朝さま…(涙)」
さて、ここからは、具体的にどうやって戦うかという話に移ります。主役は、軍師・陶松壽です。
陶松壽「首里の王宮はここから北にあるわけですが、途中をさえぎる山は道も細く険しいし、向こうの守りも堅いでしょう。正直にぶつかったらおおきな損害は避けられません、よって…」
陶松壽「ここには大将の軍のみを残し、残りの大軍は首里を北から攻めるのです。川良をこっそり超えて辨嶽のふもとを巡り、そこから浦添・宜野湾・美里を落とす。そこから首里に迫って朦雲を誘い出したら、そこではじめて、ここに残った大将も一気に北に攻めるのです。これで向こうは一網打尽、朦雲は妖術で何かするヒマもないでしょう」
為朝はこの案に感心しました。「うん、よくできている」
為朝「では、ここに残る者は誰がいいかな」
陶松壽「鶴と亀くんがよいでしょう。重要な仕事を任せられる風格が、今はもうある」
鶴と亀は抗議しました。「我々がみなに遅れを取るのはいやです。最前線で戦いたい」
為朝は笑います。「行くも守るも、仕事の重要度は同じなのだぞ。しかしまあ、気持ちは分かる。勇士の心ばえとはそういうものだもんな。じゃあ… 白縫よ、代わりにやってくれるか」
白縫、にやり。「もちろん、やれるわよ」
みんな「えっ!」
為朝「みんな、白縫はすごいんだぞ。知謀も勇力も、絶対にそこらの男には劣らない。歴史上も、女の将ってのはけっこういたんだぞ」
陶松壽「なるほど、よいでしょう。きっと勝てます!」
これで、決めるべきことがおおむね決まり、軍議は終了しました。
後日、戦力の1300騎のうちの1000騎を為朝・陶松壽・鶴亀たちが伴って城を出て行き、300騎は白縫のもとにとどまりました。予定通り、為朝たちは首里の北に回り込み、浦添の攻略をはじめられる場所に陣取りました。
さて、こちらは朦雲の側です。彼は例の千里眼の術で、利勇が殺されたことも、その後のこともすっかり承知していました。重臣の棟孫、奇律之、全廣を呼び寄せて、今後の計画について語ります。
朦雲「おおむね予想どおりだな。為朝は、9月になるのを待って、兵を起こし始めた。兵糧がじゅうぶんに確保できるのを待っていたのだ。前の年は収穫が乏しかったからな」
全廣「これからどうします」
朦雲「あいつらは、白縫を大里に残して、残った連中が北から攻めてくる計画のようだ。棟孫、奇律之、お前らはそちらの戦線に行き、そこそこに戦ったあと、撤退しろ。わざと敵に深追いさせろ」
棟孫・奇律之「ははっ」
朦雲「全廣は、那覇の港口から小祿を攻めて、南風原の城を抜け。島袋に火が起こるのを確認したら、東風平と大里に軍を向けて、白縫を捕らえよ」
全廣「はっ」
朦雲「あいつらの猿知恵など怖くはないわ。返り討ちにしてくれるまでよ…」
さて、朦雲が指示したとおりに、浦添や宜野湾を守っていた棟孫と奇律之は、やがて為朝たちの軍を迎えて闘いはじめました。先鋒の鶴・亀は武勇にすぐれ、連れている兵たちの士気も最高です。棟孫たちは守っていた城をとっとと捨て、首里に逃げ戻ってしまいました。
為朝「うむ、烏合の衆どもめ。まったく口ほどにもないわ。みんな、首里まではここからどれくらいだ」
鶴・亀「遠くはありません。亀山を越えて、赤平の石虎山を占めてしまえば、あとは目と鼻の先です」
為朝「よし、どんどん行こう」
陶松壽は、あまりに順調すぎることを疑問に思っています。「為朝さま、ここからは充分慎重になる必要があります。朦雲がどんな幻術を使ってくるか、予想ができませんから」
為朝「大丈夫だ、それへの対策として、獣の血と、肥え汁をたくさん積んで運んでいる。これらの汚物をぶっかければ、妖術は破ることができるのだ」
(馬琴センセイの書く話には、妖術を獣血人糞で破るといった記述がたくさんあり、ほとんどはそれが通用しない、という展開につながります。今回も変なフラグをたてるようなこの発言、不安ですね…)