63. 阿公の告白
■阿公の告白
城山のふもとの天孫廟で、81人目の生け贄として捕まったのは、亀でした。これを天井の梁の上、額のウラから隠れて見ていた鶴は驚愕します。思わず声を出しかけましたが、まだ我慢して引き続き様子を見ます。
阿公「おまえは… なんと、毛国鼎の息子のうちのひとり、亀だね。南風原で会った」
亀「覚えていたかよ。こっちだって、忘れようったって忘れはしない。こんなところで出会うとは。母のカタキであるお前を殺すためだけに、今まで生きてきたんだ!」
亀は捕らえられているのも忘れて阿公に駆け寄ろうとし、男たちに地面に押しつけられ、泥にまみれました。阿公はケケケと笑います。「馬鹿な子供だね、私には傷ひとつつけることはできないよ。大体、母のカタキだって? とんだ言いがかりだ」
亀「ちくしょう、兄上さえいれば負けはしないのに…」
王子が思わず口を出しました。「やめてよ、彼を殺さないで。毛国鼎は国の忠臣、その息子を生け贄にするなんて」
阿公「毛国鼎が忠臣などと、誰にお聞きになりました。彼は国に反逆した罪人に他なりませんぞ。ええいもうよい、お前たち、とっととこのガキの首を切り落とせ」
男たちのうち二人が亀の両肘を固定し、もう一人が後ろから刀を振り上げました。
そのとき、「天孫廟」の額の後ろから一本の矢が放たれて、亀を押さえていた男の脇に突き立ち、命を奪いました。間髪を入れずにもう一本の矢が飛んできて、刀を構えていた男の喉を射抜きました。
阿公「おおっ、くせ者」
亀はこの機会を逃さず、落ちた刀を拾い上げて、最後の一人の首を打ち落としました。鶴は天井から飛び降ります。「亀、無事か!」
亀「兄上! いったいどこから」
鶴「話はあとだ。阿公を逃がすな」
亀「おう!」
亀を連れてきた三人の男はみな死に、鶴と亀が刀を構えて阿公の両側から迫る形です。
鶴「さっきから上で様子を見ていたのだ。阿公よ、いよいよお前を討つときがきた。残りの男たちはまだ戻らない。覚悟をせよ、母のカタキ」
阿公「お前たち、天孫氏の末裔の前で、無礼もたいがいにせよ。私がお主らの母のカタキだ? 何を言っているのかさっぱり分からんわ。何の証拠があってそんなバカバカしいことをほざく」
鶴が懐から短刀を取りだし、これに答えます。「互いにあの時顔を見たのだ、疑う余地などあるものか。それでも証拠がいるというなら、見せてやる。この短刀に見覚えがないとは言わせんぞ。お前が逃亡したとき、私に投げつけたものだ。この刀… これこそは、われらが母、新垣が生まれてから一度も肌身から離さなかった短刀だ。殺されたその日に、犯人によって持ち去られた。それはすなわち、阿公よ、お前のことだ」
阿公「ゲエッ…」
阿公は動きが固まり、顔色が青くなったり赤くなったりしたあと、やがて悪鬼のような表情になりました。
阿公「…もはや隠すことはできんということか。ああそうとも、ワシが、この阿公が、あの女を、産み月であったお主らの母を殺した犯人よ! コワッパが私を捕らえられるものか、返り討ちにしてやろう!」
阿公の目は、凶暴さに爛々と輝き出しました。懐剣を抜くと、思わぬスピードで鶴に斬りかかりました。鶴がこれを受け止め、反対側から亀が攻撃をしてくると、阿公はすばやくそちらの刀も弾きます。老女と思えないほどの手練に、鶴と亀は驚きました。
今までこれを見ていた王子が、涙声になって「鶴よ、亀よ、やめてくれ。阿公、逃げるんだ」とわめいて、戦いを止めようとしました。
阿公「王子よ、巻き添えにならぬよう、早くお逃げなさいませ」
王子「でも!」
鶴と亀はこれを見て攻撃の手をすこしゆるめてしまいました。あまり縦横無尽に戦っても、間違って王子を傷つけてしまうかもしれません。
阿公はこのスキをついて、燃え残っていたタイマツを足で踏み消しました。ちょうど月が隠れており、あたりは一瞬、完全な闇に包まれました。鶴と亀は、今まで阿公がいたと思われる場所をあてずっぽうに切りました。
ギャッ、と声がして、阿公の声が「まずはひとり!」と不吉に響きました。鶴と亀は、お互いどちらかが討たれてしまったのかとヒヤリとします。しばらくは誰も動かず、物音がしなくなりました。
月が雲間から現れて、何が起こったのかを兄弟の前に明るく照らし出しました… そこには、致命傷を負って両肩から血を流す阿公がおり、その阿公の刀は、王子の胸を深く刺し貫いていました。王子は絶命しています。
鶴・亀「…!」
なんと、阿公みずから、7年間育んできた王子を刺し殺してしまったのです。
鶴「お… おそるべきことだ。阿公よ、お前は我々の母を殺すだけではなく、誤ってとはいえ、琉球の王子を弑しおった。いよいよもって深き罪、その身に天罰をうけよ」
鶴が刀を振り上げました。阿公は痛みにうめきながら「まて、このワシの最後の懺悔を聞いてくれ」と言いました。
鶴「懺悔だと」
阿公「…(にこり)そうじゃ、鶴よ、亀よ、…わたしの孫たちよ」
鶴・亀「孫? 何が孫だ。最後まで私たちをだまそうとするのか」
阿公「いいや、だましはせん。はじめからお主たちの祖母と名乗れば、お主たちはワシと戦おうとせなんだじゃろう。い、今こそすべてを話す。私の生い立ち、そしてお主らとの関係を…」
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ワシの最後の話じゃ、よく聞け。私の父は阿高といい、琉球国の高官じゃった。しかしあるとき罪を犯し、鬼界島に島流しとなった。母は悲しみに耐えられず早死にし、ワシ自身は3年間孤独に暮らしたあげく、思い詰めて、父のいる鬼界島に渡った。
しかし、父もその島ですでに死んでおった。ワシは天涯孤独となってしまった。そこで、日本の薩摩に渡ることにしたんじゃ。手に職がなければ、食ってはいけん。そこで、日本の神道を学ぼうと思い定めたんじゃ。
そこでの苦労はわざわざ話さんが、二年ののち、ワシはなんとか神道の奥義を極めたと思えるところまで学問を深めた。そのときは、肥後にある阿蘇の神社を訪ねておった。そこで明神の祭りがあったのじゃが、ワシはこの日、一人の若者に言い寄られて、つい恋仲となった。一晩の契りを結んだんじゃ。
二人はあえて名乗りあわなんだが、あの人は、次に会うときまで、と言って、一本の短刀を私にくれた。私のほうからは一巻の巻物をあの人に与えた。そして、それがあの人に会う最初で最後の機会となったんじゃ。私の父が、死後、琉球国王の特赦を受けたんじゃ。だから、その娘である私も呼び戻されることになった。
国に帰ってからは、私はすぐに出世した。日本の神道を学んだ人物は非常に重宝されたんじゃ。私は巫女の長となり、北谷の領地ももらうことができた。私は身を立て、この琉球国で幸せになることができたんじゃ。
しかし、問題があった。あろうことか、私はあの人の子をみごもっておった。巫女が子を持つなど許されぬ。私はその子をこっそり産み、そして捨てた。そのときに、あの人にもらった短刀も襁褓のヒモにゆわえて、これを拾ってくれる人にすべて託したんじゃ。もちろん、あのあと無事に育つことができたのか、ワシには全く知りようがなかった。運が悪ければ、野犬に食われていてもおかしくないからのう。
その悲しみも、じきに薄れた。ワシは、そのうち、生活の安逸さにひたり、心に悪い芽を育てることになった。権力への欲に毒されてきたんじゃ。だから、中婦君や利勇の悪事に手を貸した。そうして王女の命を狙う企みにまで荷担したんじゃ。
ワシは、中婦君が王子を産んだと偽るために、民間から適当な赤子を盗むという役目を与えられた。そうして、たまたま見つけた臨月の女の腹を裂き、赤子を奪った。
証拠隠滅のために女が身につけていた短刀をもいっしょに奪ったのじゃが、あとでこれを確認して、ワシは言葉にできんくらい驚いたわ。その短刀は、ワシが肥後で男にもらったその短刀そのものだったんじゃ。目貫に彫られた鶴と亀、この目印は見間違えようがない。
それが何を意味するのかは、言うまでもない。私が捨てた子は、勇者・毛国鼎に嫁いだ。そして、ワシはわが子を自らの手で殺してしまったのだ。何度悔いても、この過ちを取り戻すことはできん…
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阿公「そして、女の息子たちであるお主らは、この王子と同様、正真正銘、このワシの孫なのじゃ」
阿公「娘の非業の死をつぐなうためには、ワシは、この王子を琉球王とすること以外にはないと考えた。それが、ワシがこの子に執念を持ち続けた理由じゃ。この子が王となった暁には、鶴よ、亀よ、お主らを高官として迎え入れるつもりだったのだぞ」
阿公「しかし、ワシの正体をおぬしらに伝えるチャンスはなかった。私は、南風原で鶴に追われたことがあるが、そのときわざとあの短刀を投げつけた。いつかこれの意味を話す日が来るのではないかと期待してな」
阿公「しかし、何もかもワシの過ちじゃった。ワシはついさっき、今まで自分に悪の欲心がどんなに染みついておったかを、お前らを見て知ったんじゃ。すなわち、死を前にしてなおひるまない亀の勇気、それを救いに来る鶴の知略、そしてこの兄弟を思いやる王子の優しい心。ワシなんかがとうに忘れておった、清い、清い姿じゃ」
阿公「ワシは、みずからの罪を悟り、そして自らを罰することにしたんじゃ。私のゆがんだ欲心の象徴であるこの王子、偽りの王子をみずから殺し、そして我が身はお前たちに討たれようと」
阿公は、最愛の孫をあえて殺した悲しさに、体を震わせて涙を流しています。
阿公「…さあ、ババの話はこれまでじゃ。鶴よ、亀よ、今こそ母のカタキを討つがよい。そして、その忠孝によって名をあげ、再び家を興すのじゃ」
鶴と亀は絶望しました。「たとえ母のカタキでも、実の祖母を討てるはずがない。我々には、善に向かう道がどこにも残されていないのだ。なんという奇怪な巡り合わせ、そしてなんたる不運。もはや我々には、この罪から逃れるために、死ぬという選択しかないようだ」
鶴と亀は、泣きながら互いに刀を抜き、それぞれを刺し殺そうとしました。阿公があわててこれをさえぎります。「やめなさい、あくまで私が望んで死ぬのだ。決して忠孝の道にもとりはしない」
だからといって、祖母と分かった人間を殺せるはずがありません。鶴も亀も、手にしていた刀に力が入らず取り落としてしまい、泣くばかりです。
阿公「お前たちが私を討たなくても、どうせ天は私を許してはくれんのだ。よろしい、ワシが自ら死んでみせる。お前たち、さらばだ」
阿公は例の短刀を手にすると、これを抜いて首の後ろにあて、そのままそれを前方に引くべく、力をこめかけました。
そのとき、廟の中から扉が開かれ、「阿公よ、自殺をしてはならん」と大声で呼ぶ声がありました。
声の主は、為朝です。白縫、舜天丸、紀平治、そして陶松壽もいっしょです。
為朝「阿公の介錯… ここにいる紀平治が行うのがふさわしい」
阿公「!?」
為朝「ほら、紀平治」
紀平治が、フラフラと前に進み出ました。
紀平治「その短刀… それは、私がお前に渡したものなのだ。阿蘇の、明神祭のときに…」