65. ラストバトル
■ラストバトル
ついに、朦雲と再び戦えるだけの兵力を為朝たちは手にいれました。為朝たちは、拠点として阿公が使っていた山中の小屋を使うことにして、そこで4、5日の間、戦いの準備を進めました。猟師や山賊に身をおとしていた元兵士たちも続々と集まってきて、300人近くの大所帯になりました。為朝はそれらに一人ずつ面会し、名前を聞き、食料を分け与えて激励しました。
これからどういう方針で戦うべきか、軍議がはじまりました。はじめに提案したのは紀平治です。
紀平治「兵力は、こちらと向こうで圧倒的な差があります。朦雲はここにいる我々のことにとっくに気づいているでしょうから、ノンビリ構えていられません。速攻あるのみです」
松壽は意見が違います。「速攻だけでは、この兵力差で首里の城を攻め落とすにはなお不十分かと。もし戦いが長引けば、こちらの兵糧が先に尽きますから、その点でも危険です… ここの山にあえて留まり、敵の攻撃をさそい、そのスキに実際の攻撃部隊がこっそりと敵地の城を落とすというのはどうでしょう。浦添の城を落とせば、こことの挟み撃ちという格好にできます」
為朝「なるほど。舜天丸はどう考える」
舜天丸「松壽どのに賛成です。ここには200人の兵を置き、母上と松壽どのが敵をおびき出して、支える。父上をはじめとする残りの勢力が、100人を連れて敵のウラを突きましょう」
この舜天丸の意見によって軍議がまとまりました。為朝たちは平民のような格好に変装し、三々五々に山を降りて、辨嶽の麓に集合、ということになりました。
朦雲は、いつものように千里眼の術でこの成り行きを観察しているのですが…
朦雲「どうも、いろいろハッキリと見えん部分があるのだ。今まで為朝たちがどこにいたのかさえよく分からなんだし、どうも向こうには幻術に対抗できるやつがおるらしい」
朦雲「さらに、向こうには、新たに舜天丸とかいう知恵袋と、紀平治というツブテの名手が加わったらしい。詳細は分からんが、前よりは強敵ぞろいだ。向こうの勢いがつく前に、スピード勝負で叩き潰してしまおう。お前ら、すぐ手配して兵を出せ」
棟孫・奇律之・全廣「ははっ!」
朦雲の命令にもとづき、棟孫と全廣が、1500騎の兵をつれて白縫たちの守る城山に押し寄せました。
白縫「来たわね… よし、ギリギリまで引きつけるのよ」
敵が険しい坂を登って、いよいよ白縫と陶松壽の陣に迫る、というときを待って、味方の兵たちは、準備していた大岩を転がして落としました。たちまち数十人が即死し、他にも大勢のケガ人を出して、敵は山の麓まで後退してしまいました。
全廣「ちくしょう、敵は頭を使ってきやがる」
敵兵たちの間に、為朝側にはおそるべき知略を使いこなす者がいるらしい、というウワサが広がりました。これで兵は士気を失い、その後、全廣たちはなかなか攻撃に踏み切れなくなりました。
この報告を受けた朦雲は怒ります。「こしゃくな。ワシが直接出ていって、敵どもをガツンと叩いてやろう…」
為朝たちは、すでに辨嶽に着いており、残りの兵が集まってくるのを待っている状態でした。
そのとき、彼らの近くを、一騎の早馬がビュンと通り過ぎていきました。通り過ぎるくらいになってやっと気づいたのですが、あれはきっと朦雲から南の領地への使者です。
舜天丸「あっ、あれを捕まえないと! いや、間に合わないか。馬が早すぎる」
為朝「いかんな、ぜひ捕まえておくべきだった…」
紀平治が、任せなされ、と一声あげて、石を拾って全力で騎馬に投げつけました。相手はもう小さく見えるだけだったのですが、見事にツブテは命中して、兵は馬から落ちました。
舜天丸は目をまるくします。「…これが八町ツブテですか。すごい!」
さて、この兵は、浦添の珠鱗という男でした。万一の敵襲に備え、それぞれ城を固く守るように、という指令の文書を運ぶ途中だったのです。情報そのものは大したこともないのですが…
為朝「よし… これは使える。敵のウラをかいてやろう」
為朝は、味方の兵で、この珠鱗に顔が一番似ている男を選んで、珠鱗のヨロイを着せました。そうして残りの兵はこれに従うフリをして、浦添の城門の前まで行きました。
ニセ珠鱗「おおい、門を開けろ。隣の城から、加勢の兵を連れてきたぞー」
門番は珠鱗の顔を認めて門を開けました。すぐさま為朝たちは城内に乱入し、たちまち城主の伯糺の首をとってしまいました。攻めてきたのが大里の領主・為朝だと知ると、城を守っていた残りの兵はたちまち降参してしまいましたので、為朝軍の兵はさらに数を増すことになりました。
紀平治「順調ですな… しかし、ちょっと問題がありそうですぞ。さっき確認させたところ、この城には、ほとんど兵糧が蓄えられておりません。これだけの兵、どうやって食わせましょう」
為朝「うん、計算どおりなら、そろそろ来てくれると思うんだが…」
紀平治「?」
その場に、車いっぱいの食料を積んで駆けつけてくれたのは… 佳奇呂麻の島長、林太夫です。
為朝「ありがとう、でかしたぞ!」
林太夫「いやー、無事でしたか。旗揚げのウワサが聞こえてきましたので、さっそく参りましたぞ。ちょうどよいタイミングでしたな」
為朝「うん、うん。ここまで来るのに苦労はしなかったか」
林太夫「海は荒れていましたし、チョッピリ苦労しましたかな。そうそう、陸に上がってからは、宜野湾の城を守る季蛇という者が、2、300人の兵を連れて私らを襲おうとしました」
為朝「大丈夫だったのか」
林太夫「島民たちは、今までの圧政への怒りに燃えていますからな。佳奇呂麻だけではなく、周辺の由呂、烏奇奴、度姑島、小琉球からも荒くれモノたちが集まってくれたのです。大いに暴れて、敵をバンバン打ち倒しましたとも。季蛇だろうと何だろうと敵ではなかったですぞ、フォフォフォ」
林太夫はこの場に季蛇の首級を提出しました。為朝は思わぬ武勇に驚きます。「おぬしら、すごいな…」
さて、首里の龍宮城から城山にむけて出陣しようとしている朦雲に、今のような事情で、浦添陥落の報告が入ってきました。
朦雲「なんだと、為朝はあっちにいたのか。いつの間に移動しやがった。くそう、ワシには何も見えなんだぞ」
朦雲の千里眼の術は、舜天丸がいると効かないのですね。
朦雲「しかし、多少の計算違いはあったものの、問題ない。もしものときのために、浦添は兵糧の備蓄を禁止していたのだ。為朝どもはすぐに日干しよ。よし、棟孫は引き続き城山を囲め。こちらからは手を出すなよ。奇律之、全廣、お前らはワシと来い。腹ぺこで弱った為朝を叩き潰すのだ」
こうして、朦雲たちは3000の兵を連れ、南の方向に出て、亀山に陣を張りました。そこではじめて、為朝たちが兵糧に困っていないことを知りました。佳奇呂麻からの援軍が到着して、十分な兵糧が行き渡ったというのです。(ついでに、宜野湾の季蛇が討たれたことも。)これを聞いた朦雲は歯ぎしりをして怒りました。
朦雲「おのれ、おのれ!」
悔しがる朦雲のもとに、為朝軍の先鋒が到着しました。300の兵を連れて森から出てきたのは、花やかなヨロイに身を包んだ舜天丸です。その横に控えるのは、白いヒゲを風に揺らす紀平治です。後ろの兵たちは、白く長い旗をいくつもたなびかせています。
舜天丸「八郎為朝の子、舜天丸だ! お前を討ち、今までの悪事を罰してくれる。そして父の恨みを晴らし、民を塗炭から救うのだ」
朦雲は、相手が思ったよりずっと子供であることを知って、大いにあなどりました。「どんなやつが来るかと思えば、コワッパが。お主の父・為朝でさえ、ワシには手も足も出ず、島袋で焼け死ぬ寸前まで追い詰められたのだぞ。者ども、とっととアレを生け捕ってしまえ!」
全廣が先鋒として飛び出し、舜天丸目がけてまっしぐらに駆け寄りました。そこに紀平治が割り込み、火が出るほどに刀で切り結びあいました。紀平治は馬の首をかえして陣に逃げ戻ろうとしました。
全廣「逃がさんぞ」
しかしこれは紀平治の誘いでした。体を後ろにひねりざま、紀平治は全廣の眉間をめがけ、全力のツブテを投げつけました。これが命中し、全廣はもんどり打って落馬しました。
奇律之は、全廣を助けるために、兵を率いて飛び出しました。紀平治はさらにツブテをなげて、奇律之の眉間も粉砕しました。全廣も奇律之も、たちまち首を取られてしまいました。あっという間に二人の将が死んだのです。
これに勢いを得て、舜天丸は先頭に立ち、ワッと全軍を前進させましたから、朦雲の軍は総崩れになりました。朦雲は慌て、何か妖術を使う身振りをしましたが… 何も起きません。
朦雲「おかしい、術が使えん!」
朦雲軍の後陣が騒がしくなりました。後ろから迫った敵に悩まされている気配です。やがて、味方の隊は散り散りになって消え、代わりに陶松壽の隊が土煙をあげて進んできました。
松壽「朦雲よ、お前がおらぬ間に、龍宮城はすでに王女と私が落としたぞ! 棟孫も死んだわ」
朦雲「げえっ!」
朦雲は隊を率いて進路を変え、囲む敵兵たちを切って抜け、廟岡の方向に逃げました。そこにさらに一団の兵が立ちはだかりました。先頭にいるのは…
為朝「ひさしぶりだな、朦雲よ。オレを忘れておらんだろうな!」
朦雲「…うおおっ!」
朦雲はやむなく、為朝たちの横をムリヤリすり抜け、さらに逃げようとします。それを、為朝のもとから飛び出してきた鶴と亀が迎撃します。火が燃え、水が流れるような勢いで攻め立て、朦雲の兵はみるみる減りました。
さらにこの後ろから、白縫の隊も追ってきました。これらが矢の雨をあびせたので、敵兵はみな死ぬか捕らえられるかし、残っているのはついに朦雲だけになりました。
為朝はすこし離れてこれを見ていましたが、やがて、満を持して弓をにぎると、ワシの羽根の矢をつがい、めいっぱいに引き絞って、ブンと放ちました。
矢は、たしかに朦雲の胸板に突き立ったかに見えました。…しかし、矢は彼の体に触るか触らないかというところで、ポッキリと折れて砕けました。
為朝「…なんと。今まで、石だろうと鉄だろうと貫けないことはなかった、このオレの矢だぞ。信じられん!」
為朝は24本持っていた矢をすべて朦雲に打ち込みましたが、すべて同様に砕け散ってしまいました。
為朝「おのれ、こうなれば、肉弾戦だ!」
為朝が怒って朦雲のもとに走っていこうとするのを、鶴と亀が必死に押しとどめました。「待ってください、大将がうかつなことをしてはいけません。まずは我々が行きます!」
鶴と亀が、為朝をその場に残し、隊を率いて朦雲のもとに突入しました。
朦雲「ワシを殺すことはできんぞ!」
朦雲は巨大な金砕棒を取り出し、これをものすごい勢いで振り回し始めました。近づく兵はことごとく頭を粉砕され、または首を胴体にめり込ませて死にました。
鶴・亀「負けはしない! 父と母のカタキ、そして琉球王のカタキ!」
味方が次々と深手を負って倒れていく中、鶴と亀は必死で朦雲と戦いつづけました。ここに王女・陶松壽・そして紀平治も追いつき、それぞれ死に物狂いで加勢します。が、朦雲はますます猛り狂って、もはや人間業と思えないようなすさまじさで全方向の敵と互角に、いや、むしろ優勢に戦い続けます。
このまま続ければ、きっと味方から犠牲者が出そうです。
為朝は、腰の刀をギラリと引き抜いて、全力で朦雲の近くに駆け寄りました。鵜丸あらため、真鶴の太刀と呼ぶことにした宝剣です。
朦雲はこの刀が放つただならぬオーラにひるみました。そして、にわかに風を起こし、雲を呼び寄せて空中に飛ぶと、そのまま逃れようとしました。みなが呆気にとられる中、朦雲はみるみる上空に昇っていきます。
この一瞬を狙っていた者があります。舜天丸です。桃の枝の弓をギリギリまで引き絞り、そしてそこにつがえられた矢は、これまた、姑巴島で毎日祈りを捧げた、三つの神をあらわす破魔の矢です。矢には、八幡太郎義家と記した金の札を結びつけてあります。
舜天丸「南無八幡!」
舜天丸の祈りに応えるかのように、味方の兵の白旗の上に、白いハトが飛来して止まりました。気づけば空は雲一つなく晴れ渡っており、そこに、見えない鶴の鳴き声が響き渡りました。
「ケェーン!」
舜天丸もまた心を澄み渡らせ、そして絞りきった弓の弦をビュンと放ちました。矢は流星のように光の尾を引いて飛び、ドカリという音とともに朦雲のノドに深く突き刺さりました。直後、人間の声ではない何者かの断末魔が、あたり一帯に鳴りわたりました。
そうして朦雲は真っ逆さまにドサリと落ち… そこに駆け寄った為朝が、彼の首を、真鶴の太刀でズンと押し切りました。